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朴槿恵政権の「崔順実ゲート」(上)「メディアvs.青瓦台」3カ月の死闘

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韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権が「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」で、任期を1年4カ月残し、機能不全に陥っている。側近の不正疑惑や経済不況などで苦境にあった朴槿恵大統領は10月24日、国会での施政方針演説で、それまでの姿勢を一変させ、再選を禁止した憲法を改正することを提案した。憲法改正を提案することで、政局の焦点を側近不正疑惑などから改憲に向かわせ、状況を転換する戦術とみられた。

1台のタブレットの破壊力

しかし、1台のタブレットが、朴槿恵大統領の思惑を壊しただけでなく、朴槿恵政権を根元から揺るがせる事態を生み出した。有力紙、中央日報系列のケーブルテレビ総合編成チャンネル(総編)「JTBC」は朴槿恵大統領の改憲提案演説の数時間後、朴槿恵政権の影の実力者といわれてきた女性、崔順実氏のタブレット・パソコンを入手したと報じた。それを分析した結果、崔順実氏が大統領の演説文を事前に入手していただけでなく、それを手直ししていた事実が明らかになったとした。

このタブレットには、約200件の文書が入っており、大統領の演説文も44件入っていた。韓国には「大統領記録物管理法」という法律があり、大統領府(青瓦台)の文書を流出させた者は7年以下の懲役または罰金刑が課せられる可能性がある。

李元鐘(イ・ウォンジョン)青瓦台秘書室長は10月21日、国会の国政監査の場で崔順実氏が大統領の演説文を書き直しているとの疑惑に対し「封建時代にもありえない話」と一蹴したが、封建時代にもあり得ないことが朴槿恵政権下で行われていたことが明らかになった。

1分40秒の謝罪会見

朴槿恵大統領や青瓦台は、これまで崔順実氏ファミリーとの関係に言及することを避けてきた。朴槿恵政権にとって、それはタブーであった。しかし、JTBCの報道で物証が突き付けられ、朴槿恵大統領ももはや逃げ切れなくなり、翌25日、国民への「謝罪会見」をせざるを得なくなった。

朴槿恵大統領は10月25日午後3時45分から青瓦台で国民への謝罪会見を開いた。朴大統領は「崔順実氏は、過去に私が苦しかった時に助けてくれた。その縁で大統領選の際に演説や広報分野で、私の選挙運動が国民にどう伝わっているのか、個人的な意見や感想を聞かせてくれた」と崔順実氏の助けを借りたことを認めた。遂に、朴槿恵大統領自身の口から「崔順実」という名前が出た。

朴槿恵大統領は「一部の演説文などで表現などについて助言を受けたことがある。大統領就任後も一定期間、一部の資料について意見を聞いたことがあったが、大統領府の補佐体制が整った後はやめた」と述べ、崔順実氏の助けを借りたのは青瓦台のシステムが稼働するまでの限定した時期であると強調した。

その上で「私としては、きちんと仕事をしようとの純粋な気持ちで行ったことだが、理由がどうであれ国民に心配を掛け、心を傷つけたことを申し訳なく思い、深くおわびする」と謝罪した。わずか1分40秒の短い謝罪だったが、読み終える時には目に涙をにじませたようにみえた。

朴槿恵大統領や青瓦台は、JTBCが24日に報道した内容が朴槿恵政権スタート時の演説文に関する内容であったために、問題をそこに限定して謝罪することで、この危機を乗り越えようとしたとみられた。

南北関係や外交関係まで流出

しかし、JTBCはこの数時間後にまたしても朴槿恵大統領に痛烈な一撃を放った。大統領に当選した朴槿恵氏は就任前の2012年12月28日、李明博(イ・ミョンバク)大統領と事務引継ぎのための会談をするが、この会談に関する文書も崔順実氏に渡っていたと暴露した。この文書には2012年に韓国軍が北朝鮮の国防委員会と3回にわたって秘密接触をした事実に関する内容も含まれていた。

さらに崔順実氏のタブレットには外交部など他の省庁が発信元の文書まで含まれており、崔順実氏に外交安保や人事案件など幅広い文書が渡り、崔順実氏が国政全般にわたり介入していた可能性が浮上した。

JTBCは10月26日には、朴大統領が大統領に当選した後の2013年1月、額賀福志郎元財務相が安倍晋三首相の特使として朴槿恵氏と会談することに備えた想定問答などのメモが崔順実氏に渡っていたことも明らかにした。

その後、各メディアは一斉に「崔順実疑惑」を報道、崔順実氏をめぐる様々な疑惑がこれでもか、これでもかと報じられた。それまでは大統領官邸の顔色を窺っていたメディアも「水に落ちた犬は打て」とばかりに批判した。有力紙・朝鮮日報の26日の社説は「大韓民国の国民であることが恥ずかしい」、東亜日報社説は「金秀南(キム・スナム)検察総長よ、崔順実氏の送還が先決だ」、中央日報社説は「朴大統領の崔順実国基紊乱釈明、納得できない」、進歩系のハンギョレ新聞社説は「朴大統領は果たして『大統領の資格』があるのか」と一斉に朴槿恵大統領を糾弾した。

3カ月前に出た「財団疑惑」

韓国では7月にゲーム会社「ネクソン」の創業者が検察幹部に賄賂を渡した疑いで検察幹部が逮捕された。それが禹柄宇(ウ・ビョンウ)・青瓦台民情首席秘書官の妻が不動産取引で便宜を図ってもらった疑惑などへと発展した。青瓦台でも各種の機密情報を集約する民情首席秘書官は大きな権力を持つ。その禹柄宇民情首席秘書官の疑惑が関心を集めたが、朴大統領は禹柄宇秘書官を擁護し続けた。

今回の「崔順実ゲート」で最初に火を付けたのは、朝鮮日報系列のケーブルテレビ局「TV朝鮮」だった。TV朝鮮は7月26日、文化支援財団「ミル財団」が設立2カ月で財界などから500億ウォン(約47億円)近い資金を集め、この資金調達の過程に安鍾範(アン・ジョンボム)政策調整首席秘書官が深く関与していると報じた。同じように、スポーツ支援財団「Kスポーツ財団」も青瓦台の介入で財界から資金を集めていたことが問題になった。この時点ではまだ、崔順実氏の名前は出ていなかった。

一方、TV朝鮮の親会社に当たる朝鮮日報は禹柄宇民情首席秘書官をめぐる疑惑を追及し、青瓦台との対立が深まっていた。そうした中で、与党・セヌリ党の議員が8月に2度にわたり記者会見し、朝鮮日報の宋熙永(ソン・ヒヨン)主筆が経営不振の大宇造船海洋から豪華な海外旅行招待を受けたと暴露した。情報の入手経路については明らかにしなかったが、青瓦台から出たのではという見方も出た。宋熙永主筆は8月29日、検察による大宇造船海洋への捜査の過程で自分と関連した疑惑が出ている状況では、主筆の職を正常に遂行できないとして主筆を辞職した。

また、検察当局は同日、朝鮮日報社会部記者の自宅を家宅捜索し、携帯電話を押収した。この記者は禹柄宇民情首席秘書官の妻の実家が所有する土地にまつわる疑惑を最初に報道した記者だった。禹柄宇秘書官の疑惑は大統領直属の特別監察官室が調査を行っていたが、この記者が特別監察官に電話取材した内容が監察内容の流出を禁じた特別監察官法違反になるという容疑だった。青瓦台関係者は8月30日には、朝鮮日報の宋熙永主筆が昨年、青瓦台高官に対して大宇造船海洋の役員再任を求めるロビー活動をしていたと明らかにし、朝鮮日報への攻撃を続けた。

一連の事態は、禹柄宇民情首席秘書官疑惑をめぐる青瓦台と朝鮮日報の熾烈な戦いであった。こういう状況が影響したのかどうか、「財団疑惑」に火を付けたTV朝鮮から有力な続報は出なくなった。

しかし、保守紙・朝鮮日報やその子会社のTV朝鮮と青瓦台との戦いを継承したのが、左派のハンギョレ新聞だった。

ハンギョレはTV朝鮮の報道内容を引き継ぎ、「ミル財団」と「Kスポーツ財団」の「財団疑惑」の取材を続け、9月20日に、崔順実氏の行きつけのスポーツマッサージセンターの院長が両財団の理事長に就任していることを暴露し、両財団と崔順実氏が密接な関係にあることを報じた。

崔順実氏の娘の不正入学疑惑へ飛び火

進歩的な色彩の強い京郷新聞がこれに加勢した。京郷新聞は9月23日、財閥・サムスングループが崔順実氏の娘・鄭(チョン)ユラ氏のためにドイツに乗馬場を購入して提供するなどの便宜を図った疑惑を報道した。この疑惑は鄭ユラ氏の梨花女子大入学不正疑惑へと発展していった。

鄭ユラ氏は崔順実氏と離婚した夫・鄭允会(チョン・ユンフェ)氏の間の娘である。鄭允会氏は朴槿恵氏が1998年に政界入りした際に秘書として朴槿恵氏を補佐した人物だ。鄭允会氏も一時は朴槿恵政権の影の実力者といわれた。

韓国の名門女子大・梨花女子大では7月末から生涯教育を目的とする単科大学(日本では学部に相当)の設立をめぐり、学内紛争が続いていた。学生が学内で籠城を続け、卒業生なども参加し、この単科大学の設置に反対するデモや集会が続いていた。そこに疑惑の渦中にある鄭ユラ氏の不正入学疑惑が持ち上がり、梨花女子大はさらに混乱を深めた。

乗馬の韓国代表だった鄭ユラ氏は、昨年3月に梨花女子大体育学科に乗馬特待生として入学した。梨花女子大では体育学科の特待生の選抜対象は11項目で、その中に乗馬は含まれていなかった。ところが鄭ユラ氏が入学した時に、選抜対象が23項目に増やされ、増やされた項目で入学したのは鄭ユラ氏1人だった。鄭ユラ氏の特待生入学を実現するために選抜対象の拡大が行われたのではないかという疑惑が出た。また、鄭ユラ氏が、国際大会出場などで授業に出ていないのに単位を取得していることも学内で問題になった。

さらに、こうした中で、鄭ユラ氏が特待生として梨花女子大に合格した時に、自身の特権的な立場を自慢するかのように、フェイスブックに「おまえの親を恨め」「カネも実力だ」などと書き込みをしていたことが分かり、批判を受けた。また、今年4月に、鄭ユラ氏に除籍を警告した指導教授に対して「教授とも言えないようなやつ」と暴言を吐いていたことなども明らかになった。

鄭ユラ氏は不正入学疑惑が提起されると9月下旬に語学留学のためとして休学し、ドイツに渡った。梨花女子大の崔ギョンヒ総長は10月19日、混乱の責任を取るとして総長を辞任した。名門・梨花女子大130年の歴史で、こうした理由で総長が辞任するのは初めてのことだった。

「誰であれ処罰」と正面突破試みるが

韓国メディアでは崔順実氏と鄭ユラ氏親子の様々な疑惑が報じられた。両財団への財界からの資金集めに青瓦台が介入しているのではないかという疑惑も提起された。両財団には800億ウォン以上の財閥系企業の資金が投入されており、崔順実親子が所有する企業がドイツに設立され、資金がその会社に流れるような仕組みになっていることも報じられた。さらに日本の経団連に当たる全国経済人連合会が、財閥企業に両財団の関係書類を処分するよう指示した事実なども報じられた。各メディアのこうした報道で朴槿恵大統領の支持率は低下の傾向を見せた。

しかし、朴槿恵大統領は10月20日に青瓦台で首席秘書官会議を開き、初めて財団問題に言及した。朴大統領は「文化・体育分野を集中支援し、われわれの文化を知らせ、育成が困難なスポーツ人材を育て、海外市場を開拓し、収益創出を拡大しようと企業たちが思いを集めてつくったのが財団の性格と承知している」と財団設立を正当化した。朴大統領はその上で「もし、誰であろうと財団と関連し、資金流用など違法行為があれば、厳重に処罰する」とも述べた。

朴大統領は疑惑の温床のように報じられてきた両財団の設立趣旨を国民に訴えると同時に、政権の支持率にまで影響の出始めている崔順実疑惑に対して司法的な対応を取るという姿勢を示し、事態の正面突破を図ろうとしたとみられた。冒頭で記したように、朴槿恵大統領はその後、憲法改正という提案までして政局の焦点を・移そうと試みた。

だが、状況は朴大統領が考えるほど甘くなかった。そこに「タブレット爆弾」が炸裂した。青瓦台は「影の実力者」など存在しないと主張し続けてきたが、朴槿恵大統領自身が崔順実氏の存在を認め「苦しかった時に助けてくれた」として、自身の演説への修正助言も認めざるを得なくなった。

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平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2016年11月2日「新潮社フォーサイト」より転載)