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悪意あるテレビ報道にどう対処すべきか

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SURGICAL OPERATION
Stephen Simpson via Getty Images
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 メディア、特にテレビでは医療をとり上げることが多くなりました。高齢化が進み、国民の健康に対する関心が高まっているからでしょう。医療現場で奮闘する医師や医療従事者のドキュメンタリー、医師を主人公にしたドラマ、地域における医療施設の新たな取り組み、最新の医療技術の紹介などなど――。挙げればきりがありません。特徴としては、どちらかというと医療関係者を肯定するものが多くなっているように思います。フリーアクセスながら安い医療費の陰で、疲弊する医療現場の苦難を、メディアの人々も感じ取っているからかもしれません。
 しかし、つい最近まで真逆の時代がありました。医療過誤で医師が刑事告訴される事件が相次ぎ、激しい医療バッシングが起こった1990年代後半から2000年代前半の時期です。「医師は犯罪者、患者は被害者」の構図をメディアが好んで報道したせいで、患者側は治療に疑心暗鬼となり、正当な医療行為についても疑いの目を向けるようになりました。
 そんな時代、私もテレビ報道の恐ろしさに震撼した経験があります。ある日、ふとテレビを見ていると、私が執刀した手術の映像が流れているではありませんか。個人の名前こそ出ていませんでしたが、「東大の心臓血管外科で医療事故」とのタイトルで、聞こえてくる術者の声は、確かに私のものでした。名前が出ていなくても、すぐに私が執刀しているとわかります。一体何が起きたのか――。テレビの画面を前に呆然としました。弁明をする機会も与えられず、数分に編集された同様の映像が、数日間のうちに、すべてのキー局で流されました。

 「子供は殺された」と言って、位牌を前にして涙ぐむ男性は、この報道の半年近く前に私が手術をした患者さんの父親でした。患者さんは、幼児だった25年位前に私の先々代の教授が2回も手術し、先天性疾患としては一応治癒していました。しかし、先天性心疾患のせいで、大動脈基部が拡大し、大動脈瘤となり、手術が必要と判断されていました。先天性の心疾患で、辛い運命を背負った我が子を不憫に思ったのでしょう、ご両親は、そのお子さんをたいへん可愛がっていました。

 それまで2度の手術をしたので癒着(本来離れているべき臓器・組織面が接着してしまうこと)もあり、難しい大動脈基部の手術でしたので、教室の責任者として私が手術を執刀することになりました。決して良い状況の手術ではなく、医療バッシングの嵐も吹いていたので、手術前の説明は通常以上に丁寧にしました。

 手術は10時間以上にも及びました。癒着しているので、手術中いろいろな場所から出血しましたが、止血しながらの手術は、それでも成功したのです。けれども術後の経過は予断を許さず、手術をした動脈ではなく、肺からの出血が見られました。なんとか助けたいと肺に連なる気管支動脈にコイル塞栓術(血管内治療)をしたり、気管支動脈、肋間動脈を閉塞するために、下行大動脈にステントグラフトの留置をカテーテルにより施すなど(連載第10回参照)、懸命な処置が続きました。けれども、患者さんと我々医師たちの奮闘虚しく、約1カ月後、その方は亡くなりました。

 ICU(集中治療室)で患者さんの父親に死亡を告げると、彼は激情にかられ、「お前たちが殺した!」と叫びながら、暴れまわりました。肺からの出血は先天性心疾患の影響で肺動脈が異常に増生したためと考えられ、その旨を何度もお父さんに説明しましたが、その説明をきちんと受け止めてくれてはいなかったようです。手術が失敗しての死ではない事実、手を尽くす中で死は避け難かった事実を、いくら話してもお父さんの怒りは、収まりません。
 しかし、私は、我が子を亡くした父親の深い悲しみに触れ、彼を非難する気持ちにはなれませんでした。暴れることで気がすむならば、好きなだけ、暴れさせてあげたいと感じました。
 けれども残念ながら、父親の激情はICU内でとどまらず、弁護士を雇って我々を刑事告訴しようとしました。最初は、警察も動いて関係者の事情聴取が行われたのですが、手術部位とは違うところでの出血と、1カ月は延命していたので、医療事故でないのは明らかでした。相手の弁護士に証拠として、カルテと手術の一部始終を写した映像を提出して、しばらくたつと弁護士も事件性がないと判断したのでしょう、説得しても訴えると主張し続ける父親のもとを去っていきました。
 そして孤立してしまった父親が最後にとった手段が、メディアを味方につけてのバッシングだったわけです。

 テレビで流された映像は、10時間に及ぶものを数分に編集していました。
 映像とともに流される私の声は、「穴があいているから」というものでした。手術の最中は、全神経が手術に集中しているので、発する言葉は意味不明な場合も多いです。
 誤解される可能性のある「穴があいているから引け」という言葉について説明します。血液を吸引しているときに吸引管の先端がどこかの壁にくっついてしまうと吸引ができません。そこで、吸引ラインに針で穴をあけ、吸引管の先端が壁にくっついても、その穴から空気が入ることにより陰圧がなくなり、再び吸引管の先端が壁から離れて、吸引が正常に行われるようになります。ですから、「穴があいているから」というのは、吸引ラインに穴が開いているから、吸引は心配なくやっても大丈夫だという意味だったのです。
 しかし、テレビでは、その音声と別の場面の映像が組み合わされて編集され、まるで心臓に穴があいてしまったと言わんばかりの内容になっていました。視聴者の誰もが、医師が誤って心臓に穴をあけてしまい、大量の出血が起こり、患者を死亡させたという印象を持ったでしょう。しかし、手術のビデオでは大出血した状況は全く写っていませんでした。

 さらに悪意を感じたのは、私が冗談めいたことを言って、周囲のスタッフが笑う音声が編集されて流され、コメンテーターとして登場している医師が、「手術中に笑うなど、許せません」と解説をしていた点です。手術が10時間以上にもなると、張り詰めた緊張感を和らげるようにしないと、強いストレスでミスが起きやすくなります。そこで、リラックスした雰囲気をつくるために世間話をしたり、冗談を言ったりする外科医はたくさんいます。
 そうした状況は、同じ医師であれば、理解しているはずなのに、「笑うのはおかしい」とコメンテーターの医師は断言していた。私は、父親の行動がいくら常軌を逸したものであっても、悲しさがなせることと心のどこかで許したいと感じていましたが、医療の専門家が、テレビの医療バッシングの意図に同調して、信じられない発言をしているのには、怒りを覚えずにはいられませんでした。

 私は、周囲に名誉棄損で訴えないのかとアドバイスされたりもしましたが、ことを大きくすれば父親の立場が悪くなるに違いないので、沈黙を守りました。
 それに、結果的には、テレビの報道は2、3日で下火になり、テレビ局も、父親による勢い余っての行動であったことに気づいたのでしょう、何もなかったように、この事件の報道は途切れました。しかし、まったくひどいテレビ局の編集でした。
 心臓血管外科の友人には、「これからは、テレビには気をつけろよ」と耳打ちされました。
 以降、東大病院では、手術中、映像は撮っても、音声は録音しないようになりました。音声の編集で、ありもしない医療事故があったかのように放映されたからです。音声は教育的材料としても不要でしたし、悪意ある改ざんを許さないために録音は取りやめられました。これを機に、音声を録音していた医療施設が次々と映像の撮影だけに切り替えていきました。

 報道の自由と言われますが、メディアは、ありもしないことでも、あったかのように見せられます。関係する方々には、ぜひ話題性や風潮に流されず、真実を報道してほしいと願います。今は、医師にとって理不尽な見方は少なくなってきたように感じますが、いつ、なんどき、なにかをきっかけにして、またバッシングが始まるかわかりません。ただ、ひどい報道をされた私ですが、それでもメディア嫌いにはなっていません。確かに、どんなメディアも諸刃の剣であり、その報道が社会の役に立つこともあれば、悪影響を及ぼすこともあります。また、医療においては、最終的にはすべて人が行っていることで、絶対はないのです。そうした医療の本質に対して、医療者も患者さんも、きちんと理解を深めれば、メディアがどんな非合理的な報道をしようとも、振り回されたりはしないでしょう。
 メディアも何のために報道をするのでしょうか。真実を伝え、それによって社会をよくする事が報道の使命でしょうが、ビデオを悪意でもって編集し、「特ダネ」として自分の業績だけを上げる事を考えたのではないでしょうか。正義と真実を伝えるために頑張るメディアの原点を忘れないで欲しいものです。(構成・及川佐知枝)

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髙本眞一

1947年兵庫県宝塚市生れ、愛媛県松山市育ち。73年東京大学医学部医学科卒業。78年ハーバード大学医学部、マサチューセッツ総合病院外科研究員、80年埼玉医科大学第1外科講師、87年昭和病院心臓血管外科主任医長、93年国立循環器病センター第2病棟部長、97年東京大学医学部胸部外科教授、98年東京大学大学院医学系研究科心臓外科・呼吸器外科教授、2000年東京大学医学部教務委員長兼任(~2005年)、2009年より三井記念病院院長、東京大学名誉教授に就任し現在に至る。この間、日本胸部外科学会、日本心臓病学会、アジア心臓血管胸部外科学会各会長。アメリカ胸部外科医会(STS)理事、日本心臓血管外科学会理事長、東京都公安委員を歴任。 手術中に超低温下で体部を灌流した酸素飽和度の高い静脈血を脳へ逆行性に自然循環させることで脳の虚血を防ぐ「髙本式逆行性脳灌流法」を開発、弓部大動脈瘤の手術の成功率を飛躍的に向上させたトップクラスの心臓血管外科医。

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(2014年2月14日フォーサイトより転載)

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