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「人手不足」と外国人(6)新聞は絶対書かない「留学生」の「違法新聞配達」

2015年01月31日 02時11分 JST | 更新 2015年03月30日 18時12分 JST
Nayeem Kalam via Getty Images

 介護施設や建設現場、深夜も稼働する工場や宅配便の仕分け作業......。普段の生活では接点の乏しい職場で、外国人労働者が確実に増えている。しかも彼らは「労働者」として日本に入国していない。今や留学生の存在なしでは成り立たくなった「新聞配達」も、そうした職種の1つである。

 午前4時――。静まり返った東京近郊の住宅街に原付スクーターのエンジン音が響いていた。気温は0度近くまで下がり、人通りは全くない。時たま巡回中のパトカーやタクシーとすれ違うくらいだ。

 スクーターのハンドルを握るベトナム人のタン君(20代)は2012年3月の来日以降、日本語学校に通いながら新聞配達を続けてきた。

「新聞配達は楽しいです。早起きもすぐに慣れました」

 タン君の仕事は午前2時に始まる。約350部の朝刊を配った後、午前中は日本語学校で授業を受け、午後から夕方にかけ夕刊を配達する。休みは週1日だけだ。

 来日当初は日本語の表札も読めず、配達先の特徴を図柄で記した「順路帳」が手放せなかった。しかし、現在の仕事ぶりは日本人と全く遜色ない。ヘルメットにマフラー、マスク姿で配達するタン君を見かけても、誰も外国人だとは気づかないだろう。

 新聞配達は今、深刻な人手不足に見舞われている。とりわけ都会ではその傾向が強い。同じく人手不足に悩む建設現場などは、実習生を受け入れて凌いでいる。しかし、新聞配達は「外国人技能実習制度」の対象外だ。そこで急増しているのが留学生のアルバイトである。特に目立つのがベトナム人で、タン君の販売店では十数人の配達員のうち半数以上を占める。都内には、配達員すべてがベトナム人という店もある。

 だが、「新聞配達をする外国人」は新聞などでは全くニュースにならない。それは配達現場で横行する「法律違反」や「未払い残業」といった不都合な現実があるからだ。

「朝日新聞」と「ベトナム人奨学生」

 そもそも、なぜベトナム人留学生の新聞配達が増えたのか。きっかけをつくったのは「朝日新聞」だ。

 朝日新聞の販売店は、1980年代前半から中国人を新聞奨学生として受け入れていた。朝日新聞本社と中国の関係機関が始めた友好事業の一環である。ベトナムからの受け入れは約15年前に始まった。同紙の奨学生採用を担う朝日奨学会東京事務局関係者がベトナムの日本語学校と交渉し、受け入れルートを開拓した。その後、中国の経済成長に伴い、中国人奨学生の来日は減った。代わって増えたのがベトナム人である。販売店で人手不足が進んだからだ。

 ベトナムは今、日本への留学ブームの真っ只中にある。とはいえ、私費留学では多額の借金を背負うことになる。その点、新聞奨学生となれば日本語学校の学費が支払われ、アパートも提供されたうえに月10万円程度の収入も見込める。ベトナムの若者には恵まれた条件だ。朝日新聞販売店関係者が言う。

「ベトナム人奨学生の受け入れは3人からスタートしました。それがこの2~3年で急増し、昨年3月には約100人、今年3月は150人以上が来日する予定です。加えて毎年秋に数十人が来日し、今年からは大阪でも受け入れが始まる」

 ベトナム人奨学生の契約期間は日本語学校に通う2年間だ。「150人」は少なく聞こえるかもしれないが、あくまで奨学会が採用し、販売店に振り分けたベトナム人の数である。他にも販売店は個別に留学生をアルバイトとして雇っている。それを合わせれば、「首都圏の朝日新聞販売店だけで恐らく500人を超す外国人が働いている」(販売店関係者)と見られる。500人が1人350部を受け持てば、配達部数は18万部近くに上る。

 一方、日本人の新聞奨学生は減少に歯止めがかからない。かつては首都圏の朝日新聞だけで毎年400~500人が採用されていたが、現在はベトナム人も下回って100人にも満たない。募集しても希望者が集まらないのだ。社会人も同様で、フルタイムで働こうという人は珍しい。「臨配」と呼ばれるパート配達員の派遣会社もあるが、都内ではアパート代などを含め1人月50万円近くかかる。新聞販売店の経営は購読者の減少で軒並み悪化しているため、臨配を雇うことは避けたい。外国人奨学生の場合は、学費を負担しても月25万~26万円程度で採用できる。私費留学生のアルバイトになると、さらにコストは安い。結果、外国人に頼る状況が生まれている。

「週28時間」を超える労働

 もちろん、外国人が新聞配達を担うこと自体は全く問題ない。事実、朝日奨学会のベトナム人奨学生は、販売店でも評判が良い。日本語学校を卒業した後、日本で大学へと進学する割合も奨学生以外の留学生よりずっと高い。奨学会がベトナムでトップクラスの日本語学校と提携し、優秀な学生を選んで採用してきたからだ。

 ただし、「法律違反」が横行しているとすれば問題だ。奨学生の多くは、留学生のアルバイトとして法律で定められた「週28時間」以上の仕事を強いられている。

 冒頭で紹介したように、私はベトナム人の新聞配達に丸1日密着したことがある。仕事は朝夕刊の配達の他、広告の折り込み作業などで計7時間に及んだ。何も私が取材した販売店が特別だったわけではない。これまで私は約50人の経験者にインタビューしてきたが、1人の例外もなく「週28時間」以上の仕事をしていた。なかには毎日500部以上を配達し、週40時間以上も働いていた奨学生もいる。

 朝日奨学会も販売店に対し、「週28時間」の規定を守るよう求めている。だが、実態は全く守られていない。ベトナム人奨学生を受け入れている朝日新聞販売店経営者が言う。

「確かに、ベトナム人奨学生は法律で定められた以上の仕事をしています。うちの店に限らず、どこでもそうです。そもそも(奨学会が販売店に求める)1日5時間(で週5日、夕刊のない日曜は3時間で計28時間)では仕事は終わらない。多少でも現場を知っている人なら、誰でもわかることです」

 実は、「週28時間」という労働時間の制限は、販売店にとっては都合が良い。法律を逆手に取って、残業代を払わなくてもすむからだ。

 こうしてベトナムからの新聞奨学生の受け入れが"成功"した結果、各紙の販売店で来日中の留学生をアルバイトとして雇うケースが急増している。最近では、留学生を1人20万~30万円で販売店に仲介する斡旋ブローカーも現れた。人手不足は朝日新聞の販売店に限った話ではない。一方、留学生にとっては、新聞配達には日本語能力も大して問われず、しかも1つのアルバイトでまとまった収入が見込める。もちろん、彼らも「週28時間」のルールは守っていない。

 朝日奨学会のモデルを真似て、ミャンマーの日本語学校と提携し、「留学生」として新聞配達員を日本へ送り込もうとしている会社もある。朝日新聞が「友好事業」で始めた外国人奨学生の受け入れは、やがて法律違反の温床と化し、さらにはブローカーの参入でグレーなビジネスまでも生み出してしまった。

新聞がやるべきこと

「週28時間」という規定が形骸化している実態については、前回の連載(2014年12月2日「『留学生30万人計画』の悲しき実態」)でも触れた。法律の形骸化につけこみ、就労目的の留学生を日本へと送り込む斡旋ビジネスも、すでにベトナムなどでは横行している。

 外務省も問題は認識しているようで、昨年11月には在ベトナム日本大使館のホームページ上で留学希望者に対し、「『仕事をしながら勉強ができる』ということを強調する留学斡旋業者には要注意」と呼びかけた。「『勉強しながらでも、1ヶ月17万円~30万円の給与が貰える。』誤り!」「<週28時間>しかアルバイトを行うことが出来ません」といった具合に釘も刺している。

 だが、政府が「留学生30万人計画」を推進していることもあって、留学生の違法アルバイトは黙認状態だ。留学生が増えれば日本語学校や専門学校は潤い、しかも"3K"職種には安価な労働力が提供される。

 新聞各紙では、このところ実習生をテーマにした記事が増えてきた。来年度から「外国人技能実習制度」が拡大されるのを前にしてのことだ。そうした記事には、未払い残業や長時間労働といった実習生に対する人権侵害を批判したものも目立つ。しかし、同じ問題が自らの配達現場で起きているというのに、各紙とも全く知らんぷりだ。

 新聞には、配達現場を支える外国人の実情に目を向け、留学生の違法アルバイト問題を紙面で取り上げてもらいたい。厳格に法律を適用すべきか、それとも「週28時間」の制限を緩和すべきなのか。もしくは「30万人計画」の旗を降ろすのか。どっちつかずの現状が、様々なかたちで外国人を食い物にする構図を生んでいる。その舞台の1つが、新聞配達の現場なのである。

 問題を取り上げないというのなら、せめて外国人奨学生や留学生には夕刊配達を免除するよう販売店に強く指導すべきだ。そうすれば、彼らの労働時間は法律の範囲内に納まり、未払い残業を強いられることもなくなる。新聞社は販売店で不祥事が起きると、「取引先の問題」として片づけるのが常套手段だ。そんな言い訳だけはもう聞きたくない。

 私が会ったベトナム人の新聞配達経験者は皆、法律違反や未払い残業について認識していた。「配達は楽しい」と言っていたタン君もそうだ。

「日本人と待遇の差があることはわかっています。でも、不満を言えば、ベトナムに送り帰されてしまう」

 この連載では、日本に興味を持って来日しながら次第に幻滅し、やがてこの国から去っていく外国人たちの姿を繰り返し紹介してきた。日本人が敬遠する新聞配達に黙々と励む外国人たちもまた、その予備軍である。(つづく)

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出井康博

1965年岡山県生れ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『THE NIKKEI WEEKLY』記者を経てフリージャーナリストに。月刊誌、週刊誌などで旺盛な執筆活動を行なう。主著に、政界の一大勢力となったグループの本質に迫った『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)、本誌連載に大幅加筆した『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『民主党代議士の作られ方』(新潮新書)がある。最新刊は『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新社)。

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(2014年1月29日フォーサイトより転載)