「水爆保有」北朝鮮クライシス(1)まだ完成していない「国家核武力」--平井久志

「水爆保有」北朝鮮クライシス(1)まだ完成していない「国家核武力」--平井久志
KCNA KCNA / Reuters

北朝鮮は7月4日と7月28日に、ICBM(大陸間弾道ミサイル)である「火星14」を発射した。8月10日には、中距離弾道ミサイル「火星12」4発をグアム沖30~40キロの海上に撃ち込むという9日付の計画を発表し、米国を威嚇した。ただ、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長は8月14日に戦略軍司令部を訪問し、「米国の行動をもう少し見守る」として、いったんは発射を留保したが、一方で「米国が朝鮮半島周辺で危険な妄動を続けるなら、既に宣言した通り重大な決断を下す」と威嚇することも忘れなかった。

さらに8月29日には、中距離弾道ミサイル「火星12」を平壌の順安飛行場から発射。ミサイルは日本列島上空を通過し、約2700キロ飛行して、北海道の襟裳岬沖1180キロの太平洋に落下した。

そして、9月3日に6回目の核実験を強行した。これは北朝鮮が、米本土を攻撃できる核兵器を装着したICBMを保有するまで核・ミサイル開発を続ける意思を表明したものだ。国際社会は制裁による圧迫を続けているが、これを阻止する有効な手段を持っていない。日米韓も手詰まり状況で、米朝のチキンレースはさらに煮詰まりつつある。

広島原爆の10倍以上の爆発威力

北朝鮮は9月3日正午(日本時間午後0時半)、同国北東部の咸鏡北道吉州郡豊渓里で6回目の核実験を強行した。韓国の気象庁は地震規模をマグニチュード(M)5.7、日本の気象庁はM6.1と推定した。日韓の測定値はかなり異なったが、爆発規模を小さく推定した韓国の観測値であっても、最大規模であった5回目のM5.0を大きく上回っており、爆発規模は5回目の5~6倍とみられた。韓国政府は爆発規模をTNT(トリニトロトルエン)火薬で50キロトン、日本の気象庁は5回目の約10倍と推定した。

小野寺五典防衛相は当初、核実験の爆発規模をTNT火薬で70キロトンと推定した。しかし、日本政府は包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)による地震規模測定に基づき、爆発威力を70キロトンから120キロトンに、さらに160キロトンに上方修正した。核実験は分厚い岩盤の下に掘られた坑道で行われ、実際の爆発威力は地震規模に反映されるものより大きい可能性があり、爆発規模はさらに大きいものであった可能性を指摘する専門家もいる。

広島に投下された原爆は約16キロトン、長崎は約21キロトンとされているが、今回の爆発規模は広島投下原爆の約10倍以上の規模とみられる。

「2度の地震」と坑道崩壊の可能性

中国の地震局は9月3日午後12時半(日本時間)に、1回目の地震の規模をM6.3と測定した、と発表した。中国地震局はさらにその約8分後に、M4.6の地震を測定した。当初、北朝鮮が連続的に核実験を行った可能性が指摘されたが、結果的には核実験は1回だけだった。このため、この2回目の地震は、核実験で実験場内の坑道が崩壊したための地震ではないか、とみられている。

豊渓里核実験場の第2坑道では、第2回(2009年5月)、第3回(2013年2月)、第4回(2016年1月)の核実験が行われたとされているが、今回の核実験も、第2坑道を使ったとみられている。今回は爆発規模が大きく、過去の核実験で地盤が弱くなっていた坑道が崩壊した可能性があるという。

米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」は9月5日、核実験前後に撮影した豊渓里核実験場の商業衛星写真を比較した。その結果、実験後に多数の地滑りが起きたことを確認した、と明らかにした。 中国では、坑道の崩壊や地滑りで実験場に亀裂が生じて、放射線が外部に漏れるのではという危惧も出た。

米国も「現在のところ水爆実験」

北朝鮮は9月3日付の党機関紙『労働新聞』1面で、金正恩党委員長が核兵器研究所を訪問したと報じ、金党委員長はここでICBMの弾頭部に装着する「水爆」を視察した、と伝えた。同紙は1面に金正恩党委員長が「水爆」とされる装置を見る写真も掲載した。これが事実なら、北朝鮮は「水爆」を弾道ミサイルに装着できるまでの小型化、軽量化に成功したことになる。北朝鮮が6回目の核実験で使った核兵器が、金正恩氏が視察した「水爆」と同一のものであるかどうかは明確ではないが、北朝鮮の核・ミサイル開発は新たな段階に入ったと言える。

北朝鮮は9月3日午後3時(日本時間同3時半)に、「核兵器研究所」の声明を発表し、「ICBM装着用水爆実験を成功裏に断行した」とした。

北朝鮮はこれまで5回の核実験を行っている。2013年2月の3回目の核実験では、原爆の「小型化、軽量化」に成功したと発表した。2016年1月の4回目の核実験は「水爆」だと主張した。しかし、この時の爆発規模は7.9キロトン程度とされ、水爆としては爆発規模があまりに小さく、強化型原爆(ブースト型原爆)ではないかという見方が強かった。同年9月の5回目の核実験は「核弾頭の威力判定」を行ったとし、ミサイルに装着できる核兵器の開発に成功した、と主張していた。

北朝鮮の6回目の核実験が強化型原爆なのか、水爆なのかはまだ決定的な判断はできないが、「水爆」の可能性は排除できない。原爆はウランやプルトニウムの核分裂反応を利用するが、水爆は原爆を起爆剤にして核融合反応を起こす。北朝鮮の発表は「水爆1次系の圧縮技術と分裂連鎖反応開始操縦(制御)技術の精密性が再確認され」、「水爆2次系の核融合威力を高める上で核心技術である核装薬に対する対称圧縮と分裂起爆・高温核融合点火、続いて極めて速く展開する分裂-融合反応間の相互強化過程が高い水準で実現されるということが実証された」というものだった。これまでになく実験内容を詳しく公表しており、水爆実験であったことを内外に誇示したいという意図が見える。

水爆としては爆発規模が小さいという見方もあるが、核融合物質を調整するやり方で、爆発規模を減少させる試験をした可能性もあるという。また、起爆に使うブースト型原爆はある程度正常に核分裂を起こしたが、核融合の過程が不十分だったという見方もある。『労働新聞』で公開された装置は2つのパーツに分かれ、1つはひょうたん型だ。これは水爆の一般的な形で、ロシアの場合はこうした形だという。水爆であれば、北朝鮮は今回の実験で4回目と5回目の核実験の成果を踏まえ、ミサイル装着可能な水爆の開発に成功したことになる。

韓国『聯合ニュース』によれば、米国政府関係者は9月7日、今回の核実験について調査中だが、「現在までのところ、今回の核実験が水爆であったという北朝鮮の主張が事実ではないということはない」と述べ、現時点では水爆実験とみているとした。

「国家核武力はまだ完結せず」

興味深いのは、北朝鮮が米国を核攻撃できる核兵器装着ICBMを完成したとは断言していないことだ。核兵器研究所の発表は、「ICBM装着用水爆実験での完全成功は、(中略)、国家核武力完成の完結段階の目標を達成する上で実に意義のある契機となる」ものであり、今回の核実験は、国家核武力の「完結段階」への「意義ある契機」である、という内容だった。つまり北朝鮮は、米国を攻撃できる核武力の完成目前の水準まで到達したが、まだ完結していないと言っているのである。

北朝鮮の「目標」は、核兵器とICBMが結合することだが、ICBMの大気圏再突入技術はまだ完成していない、との見方が優勢だ。北朝鮮の発表が「完結」していないと表現しているのは、まだ獲得しなければならない技術があるということだ。これは「完結」に向けて、北朝鮮の軍事挑発がさらに続くことを意味する。だが、その旅程はあまり残っていない。

予想を超えた核兵器技術の進展

北朝鮮は、昨年1月と9月に2度の核実験を行った。昨年9月の核実験から1年も経っていないため、核兵器の技術的な開発はそれほど進行していないとみられ、6回目の核実験は、技術的な理由よりも政治的な理由で行うのではないかと考えられていた。筆者は、中国はミサイル開発よりは核実験により神経質になっており、中国による石油供給削減などを考えると、すぐに核実験をやる可能性は低いと考えていた。核実験をやるかどうかは「政治的なカード」であり、核実験はいつでもできるが、北朝鮮がそのカードをそんなに早く切る可能性は低いと考えた。しかし、この見方は誤りであった。

筆者は9月3日朝にサイトに上がった党機関紙『労働新聞』の1面を見て、「見方を誤っていた」と自覚した。その記事は先述のように、金正恩党委員長が核兵器研究所を訪問し、兵器事業を指導したという内容だった。金委員長は「新しく製作した大陸間弾道ロケット戦闘部(弾頭部)に装着する水爆を見た」(カッコ内は筆者補足)とし、新たに開発された水爆の写真が掲載されていた。

記事は「われわれの核科学者、技術者は初の水爆実験(4回目核実験)で得た貴重な成果に基づいて、核戦闘部としての水爆の技術的能力を最先端水準でより更新した」とし、「核爆弾の威力を打撃対象によって数十キロトン級から数百キロトン級に至るまで任意に調整できるわれわれの水爆」と報じた。

北朝鮮が「水爆」を公表した以上、金正恩党委員長はまもなく6回目の核実験を強行するだろうと考えた。だが、核実験は予想を超えるスピードで強行された。核実験は、北朝鮮の『朝鮮中央通信』が金党委員長の現地指導を報じた約6時間後に強行された。

北朝鮮はミサイル部門だけでなく、核兵器開発の分野でもわずか1年で「ICBM装着用水爆」の製造に成功した可能性を排除できない。予想を超えた核兵器技術の発展だった。

洪承武、李ホンソプが説明

金正恩党委員長の「水爆」視察で注目されたのは、洪承武(ホン・スンム)党軍需工業部副部長と李ホンソプ核兵器研究所所長だった。北朝鮮の報道では、金党委員長の現地指導に同行したのは「党軍需工業部核心幹部と核兵器研究所学者たち」と、具体的な固有名詞を報じなかったが、北朝鮮が公表した写真で2人が「水爆」を金正恩党委員長に説明する姿が確認された。

洪承武副部長は、核兵器研究部門の責任者とみられている。北朝鮮は2013年2月12日に3回目の核実験を行ったが、これに先だって核実験実施を決定したとされる同年1月末の「国家安全・対外部門の幹部協議会」に、党副部長ながら出席していた人物だ。昨年5月の第7回党大会では党中央委員に選出された。今年に入ってほとんど北朝鮮メディアに登場することがなかったが、6回目の核実験直前の金正恩党委員長の「水爆」現地指導部に登場し、依然として核兵器開発の中心にいることが確認された。

李ホンソプ所長は前寧辺研究所所長で、原子力総局の顧問も務め、核兵器研究所の所長として核兵器開発の中心にいる人物だ。2010年9月の第3回党代表者会で党中央委員候補に選出されている。2人とも国連の制裁対象人物でもある。

各国関係当局は予測か?

今回の核実験を、日米韓当局は予測していたのだろうか。

韓国の情報機関、国家情報院は8月28日、非公開の国会情報委員会で、豊渓里核実験場の第2坑道、第3坑道で「核実験の準備が完了した状態だ」と報告していた。

また、韓国国防部の徐柱錫(ソ・ジュソク)次官は8月31日の国会国防委員会での答弁で、北朝鮮は「常時(核実験を)やる準備ができている」とし、北朝鮮が6回目の核実験をやるなら「今回は北韓(北朝鮮)が主張する水素爆弾か増幅核分裂弾(ブースト型原爆)で、相当に強力な威力を見せるとみられる」と正確に予測していた。

韓国の気象庁は、過去5回は、核実験の30分以上後にメディアに核実験とみられる人工地震を発表していたが、今回は実験のわずか7分後に発表した。気象庁は5回目の核実験で発表が遅いと批判を受けたので、青瓦台などに報告すると同時にメディアに発表するようにシステムを変えたためとしているが、手際のよい発表に、かなり事前準備をしていたのではないかという見方も出た。

安倍首相とトランプ大統領が2日連続で電話会談をしたのも異例だ。電話会談の内容は公表されていないが、核実験が切迫しているとの情報があり、これへの対応協議もあった可能性もある。なお安倍首相は、ミサイル発射のあった8月26日、29日の前日は公邸に泊まっていたが、9月2日は富ケ谷の自宅に帰っていた。

韓国側の今回の比較的迅速な対応は、事前に「3日強行」を予想していたというよりは、「何時あっても不思議はない」と警戒を強めていたためであろうか。

電磁パルス攻撃まで計画

北朝鮮の脅威は拡大するばかりだが、金正恩党委員長の核兵器研究所への現地指導では新たな「脅威」にも言及した。

『労働新聞』は「数十キロトン級から数百キロトン級に至るまで任意で調整することが可能なわれわれの水爆は、巨大な殺傷・破壊力を発揮するだけでなく、戦略的目的に応じて高空で爆発させ、広大な地域に対する超強力EMP(電磁パルス)攻撃まで加えることのできる多機能化された熱核戦闘部である」と威嚇した。

小型の核爆弾が上空で爆発した場合でも、広範囲に電磁パルスが発生し、電子機器を無力化させる可能性がある。軍の兵器運用に支障が出るだけなく、航空機や医療など民生分野での情報システムが破壊される危険性もある。

韓国の『聯合ニュース』は、「ソウルの100キロ上空で10キロトンの核爆弾が爆発した場合には、電磁パルス被害は半径約250キロに及ぶという分析もある」と伝えている。

「火星14」に水爆装着の図面

『労働新聞』1面に掲載された、「水爆」の説明を受ける金正恩党委員長の写真では、「『火星14』型核弾頭(水素弾)」というタイトルと、ミサイルの弾頭部分とみられる図面が掛かっていた。金党委員長が見ている「水爆」が、ICBMである「火星14」の弾頭部分に装着される計画であることを示唆しているとみられる。

同紙によると、金正恩党委員長は「われわれの核兵器の兵器化水準を党の提示した完結段階へと引き上げるために血潮たぎる闘争を展開してきた原子力部門の科学者、技術者、労働者、軍人と幹部らは、党の並進路線を最強の核爆弾で奉じていくわが党の頼もしい『核戦闘員』」と称えた。

ここでも、金党委員長は「核兵器の兵器化水準」を「完結段階」に引き上げるとしており、現在の状況はまだ「完結段階」ではないとの認識を示している。「核兵器の兵器化水準」とは、核兵器をICBMに装着して米本土に到達させる状況を作り出すことであろう。その意味では、ICBMの大気圏再突入の技術などが、まだ完成していないことを認識しているのかも知れない。

核実験を組織決定

9月3日午後3時の核兵器研究所の発表に先立ち、北朝鮮は、9月3日午前に党中央委員会政治局常任委員会を開催し、決定書「国家核武力完成の完結段階の目標を達成するための一環として大陸間弾道ロケット装着用水爆実験を行うことについて」を採択した、と報じた。さらにこの決定書に基づき、金正恩党委員長が核実験を行う命令書に署名したとして、その命令書を映像で報じた。

党政治局常務委員会には金正恩党委員長のほか、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長、朴奉珠(パク・ポンジュ)首相、崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長の党政治局常務委員の5人全員が参加した。北朝鮮が、核実験実施を党政治局常務委員会で決定するのは初めてだ。

核実験を党政治局常務委員会の機関決定という形で行ったことは、それだけ今回の核実験を重視していること示すものだが、やや形式主義的なものも感じる。

公表された映像では、会議のテーブルの上で資料を置いてあるのは金正恩党委員長の前だけで、他の4人の常務委員長はメモを取るだけである。

常務委員会で協議をするのであれば、当然地位の低い者が資料に基づいて報告をし、その上で討論が行われるだろう。しかし、この常務委員会のスタイルは、金党委員長が、別の担当者が準備した資料に基づいて、核実験実施を他の常務委員に「通告」し、他のメンバーは金党委員長の「お言葉」をメモする、という形で会議が進行したことを物語っている。

報道では核実験実施の決定に先立ち、「現在の国際政治情勢と朝鮮半島につくり出された軍事的緊張状態が分析、評価された」とされているが、この会議で十分な「分析、評価」が行われたのだろうか。(つづく)

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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