北朝鮮「最高人民会議」(下)新味ない「5カ年戦略」と「健康不安」

朴奉珠首相は「国家経済発展5カ年戦略は近いうちに社会主義経済強国を建設できる道を明示した最も科学的で革命的な戦略」としたが、それにしては具体性がなかった。

最高人民会議では党大会で明らかになった「国家経済発展5カ年戦略」の遂行についても討議が行われ、朴奉珠(パク・ポンジュ)首相が報告を行った。

第7回党大会では「国家経済発展5カ年戦略」が示されたが、具体的な数値目標などは出なかった。最高人民会議ではこの戦略の「遂行」に関して討議されるだけに、もう少し、この戦略が具体的に明らかにされるかと期待されたが、そうはならなかった。朴奉珠首相は「国家経済発展5カ年戦略は近いうちに社会主義経済強国を建設できる道を明示した最も科学的で革命的な戦略」としたが、それにしては具体性がなかった。

金正恩(キム・ジョンウン)党委員長は党大会での報告で「党の新たな(経済建設と核武力建設を同時に進める)並進路線を堅持し、エネルギー問題を解決しながら、人民経済の先行部門(電力、石炭、金属、鉄道運輸部門)、基礎工業部門(主に機械工業)を正常軌道に乗せ、農業と軽工業生産を増やし、人民生活を決定的に向上させるべきだ」と述べたが、朴奉珠首相もこれを繰り返したに過ぎなかった。

「200日戦闘」と「万里馬速度」

北朝鮮は党大会まで「70日戦闘」を行ったが、党大会が終わると5月26~28日に平壌で「党・国家・経済・武力機関活動化連席会議」を開催し、「国家経済発展5カ年戦略」を遂行するために「200日戦闘」にまもなく突入すると宣言した。朝鮮中央通信は5月30日に金正恩党委員長が建設中の保健酸素工場の建設現場を指導し「全国千万の軍民が国家経済発展5カ年戦略遂行の突破口を開くための衷情の200日戦闘に進入する」と述べ「建設者たちが保健酸素工場の建設において万里馬速度創造の炎をさらに激しく燃え上がらせることによって共和国建設記念日の9月9日までに立派に完工する」との期待と確信を表明したと報じた。

北朝鮮の労働者は「70日戦闘」に続き、年末まで「200日戦闘」の苦役を課せられることになった。こうした動員型の生産増大運動は過去にも繰り返し行われたが、電気などのエネルギー事情が悪く、原材料などが円滑に供給されていない北朝鮮の現状では、あまり成果は期待できず、住民に長時間労働を強いるだけであろう。

朝鮮には1日に千里を走る「千里馬」伝説がある。朝鮮戦争(1950~53年)後の1956年12月に金日成(キム・イルソン)主席が党全員会議で提唱した生産増大の大衆運動で、その時は大きな成果を生んだとされる。金正恩政権になって、この「千里馬」の上を行く「万里馬速度」が強調されている。しかし、過度な「速度戦」は手抜き工事などを生んでいるとみられる。

金正恩政権は市場経済的な要素を取り入れることで経済を活性化させてきたが、党大会前から動員型経済生産増大運動への傾斜が目立っている。これで労働者の労働意欲が続くかどうか疑問だ。

外交に動き出した金正恩委員長

先月の本サイトで、党大会を終えた北朝鮮が幹部を動員して外交攻勢を掛けていることを報告したが、金正恩党委員長自身も外交活動を始めた。

北朝鮮と深い関係を維持してきたキューバをめぐっては、韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が6月上旬にキューバを訪問し、外相会談をした。尹炳世外相は間接的な表現でキューバに国交樹立の申し入れをした。米国とキューバが国交を正常化したことを受けての働き掛けだが、北朝鮮としては何としても韓国との国交を阻止しなければならない。

こうした中で、キューバのバルデスメサ国家評議会副議長がラウル・カストロ国家評議会議長の特使として、6月28日から30日まで北朝鮮を訪問した。キューバが4月のキューバ共産党大会の結果を報告する形を取った訪朝だったが、これに先立ち、金英哲(キム・ヨンチョル)党統一戦線部長を団長とする朝鮮労働党代表団が5月下旬にキューバを訪問し、第7回党大会の結果を報告している。

北朝鮮側は李洙墉(リ・スヨン)党副委員長(党国際部長)、李昌根(リ・チャングン)党国際部副部長、申紅哲(シン・ホンチョル)外務次官、李光根(リ・グァングン)対外経済省次官らが出席して6月28日に特使一行のための宴会を催した。そして、同日、崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長がキューバ代表団と会談した。キューバ側は同29日に駐平壌キューバ大使館で答礼宴を催した。

そして、金正恩党委員長が6月30日にバルデスメサ副議長一行と会見した。金正恩氏が党委員長に就任して最初の外国要人との会見だった。外国要人との会見は昨年10月に朝鮮労働党創建70周年で訪朝した中国の劉雲山政治局常務委員と会見して以来だった。朝鮮中央通信によると、金正恩氏は「朝鮮とキューバは地理的に遠く離れているが帝国主義に反対する共同闘争の同じ塹壕の中で闘っており、キューバの党と政府、人民の傍にはいつも朝鮮労働党と政府、人民が立っている」とし、「朝鮮とキューバの両党、両国間の伝統的な友好・協力関係が今後、いっそう拡大、発展する」と述べた。バルデスメサ副議長は「キューバと朝鮮友好・協力関係を絶えず強化発展させることはキューバの党と政府の確固不動の方針」と強調した。

いささか儀礼的なやりとりではあったが、キューバがすぐに韓国と国交を樹立するような状況ではないことを示唆するような光景であった。金正恩党委員長はにこやかに笑い、副議長と熱い抱擁を交わすなどした。

中朝は迅速な祝電交換

もう1つ興味深い動きがあったのは中朝関係だ。金正恩党委員長は6月30日に中国共産党創立95周年に際して習近平党総書記に祝電を送り「われわれは、中国の同志たちと共に長い歴史的根源を有している朝中友好を新世紀の要求に即して発展させることによって、両国の社会主義建設を促し、北東アジア地域の平和と安全を守る用意がある」とし、中朝友好関係を発展させる用意があると強調した。

これに呼応するように習近平国家主席は7月1日に、金正恩党委員長が国務委員長に就任したことへの祝電を送った。習近平主席は「中朝友好は両国の共同の貴重な富である。中国側は朝鮮側と共に両国間の伝統的な友好・協力関係を絶えず発展させることによって両国と両国人民に福利を与える用意がある」と伝統的友好・協力関係を発展させる用意があると強調した。

党機関紙「労働新聞」はこの習近平主席の祝電を7月2日付の1面トップで報じた。北朝鮮はこれまでは中国からの祝電などをラオスなど他の友好国よりも低い扱いで報じていたが、明らかに潮目が変わった感じだ。

これは習近平党総書記が、党大会の報告のために訪中した李洙墉党副委員長に対して、間接的な表現で非核化をもとめながら「中朝友好を守り、強化発展させていこうとする中国の党と政府の方針は不変である」と述べたスタンスとも一致している。中国は北朝鮮の核・ミサイルに反対しながらも、中朝関係をこれ以上、悪化させないという方針を示している。北朝鮮は党大会、最高人民会議という政治的重要行事を終え、世界的に制裁が強化される中で、まずは中国との関係改善が急務である。党と国家の最高職責に就いた金正恩党委員長が自ら対外関係で動き始めたことは注視すべきだ。

体重130キロ、禁煙は続かず

韓国の情報機関、国家情報院は7月1日、国会の情報委員会で、金正恩党委員長が政権スタート時の2012年には体重が90キロだったが、2014年には120キロ、最近では130キロになり、4年間で40キロも増加したと報告した。

報告によると、金正恩党委員長は軍などの動きをチェックし、身辺の危険などでストレスを感じているとし、生来の暴飲暴食のために生活習慣病の可能性もあるという。

また、米紙ワシントン・ポストが5月に金正恩党委員長の母、高英姫(コ・ヨンヒ)さんの妹の高英淑(コ・ヨンスク)さん(米国へ亡命)にインタビューした内容が、絶対に北朝鮮内に入らないように金正恩氏が指示したと指摘した。この報道では、高英淑さんは10代の金正恩氏は「短気で叱ると絶食するなど反抗的だった」などと述べており、報告は、こうした報道内容が北朝鮮へ流入すれば白頭の血統の虚構性が暴露されることを金正恩氏が憂慮しているとした。

北朝鮮では今年に入り、禁煙運動を強化しており、労働新聞や朝鮮中央テレビなどでも禁煙キャンペーンが展開されている。金正恩氏は3月15日に報道された弾道ミサイルの大気圏再突入のシミュレーションを指導した時に灰皿が置かれた机の前に座った写真を最後に、報道から金正恩氏の喫煙を示唆するような写真が消えた。禁煙運動の影響を受けて金正恩氏も禁煙を始めたとみられていた。労働新聞は6月4日付で、万景台少年団キャンプ場の現地指導を報じたが、2面にはたばこを指に挟んだ金正恩氏の写真が掲載されていた。金正恩氏の報道上での「禁煙」はわずか80日余で幕引きとなった。

金正恩氏は党のトップとして党委員長、国家機関のトップとして国務委員長に就任した。軍でも最高司令官の地位にあり、党、軍、国家の最高指導者の地位を固めた。個人独裁のシステムはほぼ完成した。独裁国家では独裁者の健康問題は最重要課題だ。その意味では、金正恩氏の肥満や喫煙は、独裁体制維持への大きな危険信号だ。しかし問題は、金正恩氏が体重や喫煙を自制できず、親族や側近の中にそれを忠告できる人材がいないことであり、それはこの国の危機を意味する。危機は足下にあるようだ。

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2016年7月8日「新潮社フォーサイト」より転載)

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