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英国秘密工作員「ジェームズ・ボンド」命名の由来

謎を解く鍵はロンドンの展示会に…

2017年11月15日 16時49分 JST | 更新 2017年11月15日 16時49分 JST

イギリスの秘密工作員「ジェームズ・ボンド」が活躍するスパイ映画は、世界中のファンを魅了してやまない。ジェームズ・ボンドに与えられたID番号が007であることは、あまりにも有名だ。第1作目の『007ドクター・ノオ』が1962年に公開(邦題は『007は殺しの番号』、日本公開は1963年)されて以来、この55年間で007シリーズ映画として24作が公開された。次回作は『ボンド25』のタイトルで、2年後の2019年11月8日にアメリカでの公開が決まっている。

初期の007シリーズ映画は、原作者のイアン・フレミングが執筆した小説を映画化したものだが、なかには小説からヒントを得て脚本が執筆されるなど、小説がそのまま映画化された訳ではない作品もある。

主人公のジェームズ・ボンドや登場人物のキャラクター、さらにはスパイが戦う対決の構図、舞台も、映画製作時点での現実の世界情勢を反映して刻々と変化していった。その中で秘密工作員の名前であるジェームズ・ボンドは変化することなく、使用されている。

ジェームズ・ボンドが勤務するイギリス秘密諜報機関(SIS=Secret Intelligence Service)に、MI6(Military Intelligence 6)の呼称を使い、長官を「M」、装備担当責任者を「Q」、そして長官「M」の秘書を「マネーペニー」と呼ぶことも一貫して同じだ。

逆に言えばイアン・フレミングの原作から変化することなく継承されているのは、主人公ジェームズ・ボンド、MI6、M、Q、マネーペニーなどの名称のみということになる。原作者フレミングがもっともこだわったネーミングが、今でも継承されている。

時代の変化と共に、観客の好みも大きく変わるわけで、『007ジェームズ・ボンド』のメインタイトルは同じでも、同じスパイ映画とは思えないほどコンテンツは多様化し、時代の変化に対応している。だからこそ多くの観客を動員でき、ロングセラーを記録できるのだ。

ロンドンを愛したフレミング

イアン・フレミングは、第2次世界大戦のさなかにスパイ小説の構想を練りはじめ、戦争が終わったら小説家になるとの気持ちを固め、戦前から勤務していた通信社記者の仕事と、小説家の二足の草鞋を履きたいとの願望を密かに抱いていた。

当初から主人公のネーミングには、何らかの工夫が必要であると考えていたという。スパイという裏の世界で職務を遂行するために、名前は短くて平凡、そしてアングロサクソン系の名前が望ましいと考え、最終的にジェームズ・ボンドという平凡な名前にたどり着いた。

フレミングは祖国イギリスを、都市ではロンドンをこよなく愛していたため、ジェームズとボンドの名前の組み合わせは、ロンドン市内の名称に由来するのであろうと、筆者はぼんやりとしたイメージを持っていた。

ジェームズという名は、イギリス王室に敬意を払って、恐らくバッキンガム宮殿に隣接するセント・ジェームズ公園から拝借したもので、ボンドは高級ブランド・ショップが軒を並べるボンド・ストリートであろうと想像していた。

富裕層出身のフレミングは、高級食材店のフォートナム・アンド・メイソン(F&M)、百貨店ハロッズ、かつてウィンストン・チャーチル元首相も通ったサヴィル・ロウ(ストリートの名称)の有名紳士服店に出入りし、ボンド・ストリート周辺を散策していたであろうと推察すると、これ以外の選択肢はありえないとまで考えていた。しかし思い込みとは恐ろしいもので、筆者の仮設は見事に崩壊することになる。

謎を解く鍵はロンドンの展示会

ジェームズ・ボンドの名前の由来は、ロンドンの博物館に展示されていた1冊の本から解明することができた。

イアン・フレミングの生誕100周年を祝して2008年4月から翌09年3月まで、ロンドン市内にある帝国戦争博物館にて、イアン・フレミング特別展示会が開かれていた。この特別展示を見学する目的だけのために、筆者はロンドンを訪れた。

ここにはイギリスが参戦した戦争の歴史を、戦車や戦闘機などの実物の展示を通じて、装備品の視点から戦争を振り返る博物館として知られる。こうした装備品に加えて、インテリジェンス戦争のコーナーも常設されている。

第2次世界大戦でドイツが開発した極秘暗号エニグマを傍受して、いかにしてイギリスが暗号解読に成功したのかも紹介されている。インテリジェンス戦争の視点に立つことで、この博物館でイアン・フレミング特別展の企画も実現した。

フレミングはカリブ海の島ジャマイカに平屋の別荘を構え、毎年、ここで小説を執筆していた。フレミングはこの別荘を「ゴールデンアイ」と命名した。博物館の展示会場では、別荘にあった机や椅子、愛用のタイプライターなどの備品も展示されており、当時の書斎が再現されていた。

タイプライターと共に展示されていたのが、ジェームズ・ボンド著『西インド諸島の鳥――フィールドガイド』(James Bond, Field Guide to Birds of the West Indies, The Macmillan, 1947)という1冊の本であった。

鳥類学者ジェームズ・ボンド

キューバを真正面に見据え、カリブ海に面した別荘には庭があり、この庭に飛来する野鳥の種類を確認するために、フレミングはアメリカ人鳥類学者ジェームズ・ボンドが執筆した本を愛読した。フレミングは無類の鳥好きで知られ、海と庭に囲まれた居間の椅子に腰かけて、この愛読書を終生手放すことがなかった。

フレミングが所蔵していた本は1947年に出版された初版本で、現在、初版本にはオークション価格で約815ドルの値段がついている。念のために断っておくが、フレミングが愛読した本はジャマイカの別荘に保管されており、オークションには出品されていない。

フレミングは、この鳥類学者とまったく面識はなかったが、いざ小説を執筆して出版する準備が整ったときに、秘密工作員の名前として愛読書の著者名を採用することに決めたという経緯がある(初の長編小説は『カジノ・ロワイヤル』、1953年出版)。いままで空気のように身近にあった1冊の本が、ネーミングで大きな意味を持つことになった。

007シリーズ映画で40周年、20作目を記念する作品『ダイ・アナザー・デイ』(2002年公開)では、ボンド役の男優ピアース・ブロスナンが工作活動でキューバに潜入した際、本棚から『西インド諸島の鳥』を抜き出して、小脇に抱えて立ち去るシーンがある。ほんの一瞬だが「ジェームズ・ボンド著」の名前を確認でき、本書に特別の意味があることがこのシーンからもわかる。

実在した鳥類学者ジェームズ・ボンド(1900~89年)は、英ケンブリッジ大学を卒業した後に、生まれ故郷の米フィラデルフィアに戻り、自然科学アカデミーの学芸員(鳥類担当)に就任した。

1925年に南米アマゾン流域でのフィールドワークを手始めに、翌26年からカリブ海の島々を訪れて、野鳥の研究を重ね、カリブ海で棲息する鳥は北米大陸から飛来したことを突き止めた。南米から飛来した鳥であると信じられていた通説を覆したのは、ほかでもない学芸員ボンドであった。

イアン・フレミング著のスパイ小説がベストセラーとなり、1962年から映画化されたことで、ジェームズ・ボンドの名前は世界の隅々まで知れ渡ることになった。学芸員ボンドは1964年に、1度だけイアン・フレミングと面会したことがある。

野鳥の調査でジャマイカを訪れた際に、事前通告せずに別荘を訪れてフレミングと面会し、ジェームズ・ボンドであることを名乗った。両者は打ち解けたようで、後にボンドはフレミングに1通の手紙を送り、その中で「ジェームズ・ボンドという名前を無制限に使用して結構です」とのメッセージを送っている。

学芸員ボンドが1989年に89歳で他界した時、『ニューヨーク・タイムズ』紙は2月17日付紙面で、「フレミングが007に採用した名前」との見出しで、学芸員ボンドの追悼記事を掲載した。名前の由来はこれでほぼ明らかになったが、これだけでは納得しないのが、世界中のジェームズ・ボンド愛好家たちだ。

諸説あるネーミング

たしかに1冊の本が決定的な影響力を持っていたにせよ、フレミングの深層心理に迫る説が3つほどある。第1の説は、中高一貫校のパブリックスクール時代の学友が語ったエピソードだ。

生徒名簿に記載されていた1番目の生徒(ジェームズ・アトキン)と、2番目の生徒(ハリー・ボンド)の名前を組み合わせるとの発想で、2つの名前の組み合わせがジェームズ・ボンドとハリー・アトキンで、フレミングは前者を気に入っていたという回想だ。

第2は、イアン・フレミングの兄ピーターが、スパイの主人公には「ボンド」という名前が相応しいと助言したとする説。

1歳年上の兄ピーター・フレミングが第2次世界大戦中のギリシャで、英秘密諜報機関(SIS)の将校ロドニー・ボンドに救助されて命拾いしたことから、弟のイアンに主人公の名前のアイデアを聞かれた時に、恩人であるボンドという名前を推奨したという逸話がある。

第3は、英作家アガサ・クリスティの短編小説『ラジャのエメラルド』(日本では『リスタデール卿の謎』早川文庫、2003年)に登場するジェームズ・ボンドが、フレミングの脳裏に残っていて、命名に影響を与えたとする説。クリスティの著作を読むことが楽しみであったことから、フレミングはこの本に影響されたとする。

このようにボンド命名説は複数あり、どれも真実味に溢れており、それぞれに捨て難い。やはり本人が認めているように、鳥類学者ジェームズ・ボンドから拝借したというのが真相であろうが、「諸説が語られる」ということにも、007シリーズの長寿の秘密がありそうだ。


竹田いさみ 獨協大学外国語学部教授。1952年生れ。上智大学大学院国際関係論専攻修了。シドニー大学・ロンドン大学留学。Ph.D.(国際政治史)取得。著書に『移民・難民・援助の政治学』(勁草書房、アジア・太平洋賞受賞)、『物語 オーストラリアの歴史』(中公新書)、『国際テロネットワーク』(講談社現代新書)、『世界史をつくった海賊』(ちくま新書)、『世界を動かす海賊』(ちくま新書)など。
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