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習政権の「爆弾」を米国内に匿うオバマ:令完成氏の引き渡し拒否

2015年09月29日 23時57分 JST | 更新 2016年09月28日 18時12分 JST

「キツネ狩り」。海外に逃亡した中国の腐敗幹部を発見して中国に送還する工作のことだ。ホワイトハウスで行われた習近平国家主席とオバマ米大統領との首脳会談では、この問題も議題になった。

 中国側が要求していた胡錦濤前国家主席の元側近、令計画氏(58)の実弟で米国在住の令完成氏(57)の引き渡しをめぐって、双方は火花を散らしてきた。しかし、首脳会談の結果から見ると、オバマ政権は令完成氏の中国への送還を拒否したようだ。

 首脳会談後の発表資料によると、腐敗に対する両国司法当局間の協力について、両首脳は「犯罪捜査、逃亡者の身柄送還、資産の回収の問題で協力を拡大する」ことで一致したとだけ記している。

訪米前に送還を要請

 中国側は習訪米の約2週間前、中国共産党の治安担当、孟建柱政法委員会書記を習氏の特使として米国に急きょ派遣した。日本のメディアは、孟氏がジョンソン国土安全保障長官やコミー連邦捜査局(FBI)長官、ライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)らとサイバー問題で妥協点を探ったと伝えていた。

 しかし、香港の英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、孟氏は米側に対して、令完成氏ともう1人、不動産業の郭文貴氏の送還を要請したという。郭氏は、今年失脚した馬建元国家安全省次官の盟友で、2人は北京市副市長の殺害を企図した疑いがかけられている。

 ワシントンでは、オバマ政権は中国側が対米サイバー攻撃の抑制と引き換えに、2人の送還を認める取引を検討中との憶測も出ていた。だが、令完成氏の情報源としての重要性はまったく別次元の問題だった。

中国が秘密捜索

 令完成氏の身柄確保のため、中国側はなりふり構わず、米国内で異例の捜索活動を行ってきた。これに対し、米政府は「主権侵害」として警告したとみられる。通常は、外国におけるこうした秘密工作は情報機関が行うが、令完成氏の場合、法執行機関である公安省の係官が米国内の立ち回り先などで聞き込みを行ったと伝えられる。

 ウォールストリート・ジャーナル紙によると、今年6月には令完成氏が一緒に生活しているとみられる中国人女性の元夫トミー・ユアン氏のテキサス州アービングの勤務先を2人の男性が訪問、情報提供を求めたという。年長の係官は太っていたが、若い方は屈強そうな男だった。彼らは計3回ユアン氏に接触してきたという。

 彼らは観光ビザないしはビジネス・ビザで米国内に入国した秘密捜査官とみられている。「キツネ狩り」で海外に派遣された秘密捜査官は計数十人、とニューヨーク・タイムズ紙は伝えている。令完成氏自身は、昨年末頃までカリフォルニア州サクラメント郊外ルーミスの3億円と言われる広壮な邸宅に女性と住んでいた。

 米中間に犯罪容疑者の身柄引き渡し条約はないが、今年4月訪中したジョンソン国土安全保障長官が郭声琨公安相と会談、米国に逃亡している中国人の汚職事件容疑者を中国に送還する、強制力のない合意文書を交わしている。この合意に基づき、9月中旬、米移民関税執行局が中国から指名手配されていた8人の容疑者を送還した。

 中国側としては、このシステムを利用して、令完成氏の身柄を確保しようとしたのだろう。

中国内部情報の中身

 令完成氏の兄、令計画氏は共産党の青年組織、共産主義青年団(共青団)幹部を務め、1979年に共青団中央宣伝部幹部に就任。同じ共青団出身の胡錦濤前国家主席に評価され、2007年に党中央弁公庁主任に昇進、胡氏の最側近となった。2012年党統一戦線工作部長に就任。一時は最高指導部入りも取り沙汰されたが、息子が女性2人をフェラーリに乗せて運転中事故を起こし、死亡したことをきっかけに失脚した。

 令完成氏は新華社記者からビジネスマンに転じ、兄から得た公共事業などの情報を基に巨額の富を築いたと言われ、兄の失脚で危険を察知して渡米したともみられる。

 米国内では、令計画氏は2007~12年、党首脳らを含め幹部の人事情報が集中する中央弁公庁主任の時代に収集した情報を弟の令完成氏に渡したとみられている。米メディアは「中央弁公庁主任は大統領首席補佐官に相当する」と伝えている。

 旧ソ連関係で、国家保安委員会(KGB)の文書係だったワシリー・ミトロヒン氏がソ連崩壊後の1992年に英国に持ち出した大量の文書が貴重な情報となったのと似ている。ただ、令計画氏から弟にどれほどの量のどのような内容の文書が引き渡されたかは明らかになっていない。

習ファミリーの蓄財

 それでは、習近平国家主席はどのような情報が米側に引き渡されることを恐れているのか。第1に、習政権内部の勢力関係だろう。これが知られると、米側が政権内の対立を利用した工作を仕掛ける可能性がある。

 第2は、習近平ファミリーの腐敗問題だ。米ブルームバーグ通信は2012年、国家主席自身および妻、娘に蓄財の疑いはないが、姉の斉橋橋(66)とその夫、鄧家貴(64)両氏の名義などで資産が総額3億7600万ドル(約450億円)に上る、と報道した。

 さらに、2014年に国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が行った調査で、鄧家貴氏がタックスヘイブン(租税回避地)のバージン諸島に50%出資した企業があることが分かった。2000年以後、中国から流出した行方不明の資金は総額1兆ドル(約120兆円)~4兆ドル(約480兆円)と推定されている、とICIJは伝えた。その多くがタックスヘイブンに残留しているだろう。

 令計画氏が集めた資料には、これらよりもっと生々しい情報が詰まっている可能性がある。いずれにしても、習国家主席は米国に弱みを握られることを恐れているに違いない。

 米政府内外には令完成氏のような腐敗した中国人を匿うことに批判もある。中国を出国して米国に滞在する中国人犯罪者は2万5000人にも達するといわれる。彼らは順次中国に送還されることになる。しかし、令完成氏を送還すれば、米国に情報提供する中国人はいなくなる、と米関係者は危惧している。

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春名幹男
1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2015年9月29日フォーサイトより転載)