「トランプ」がBREXITにつながった:暴かれたロシアの「スパイ大作戦」--春名幹男

ロシアがウクライナなどで展開する戦いは、「ハイブリッド戦争」と呼ばれる。
Sergei Karpukhin / Reuters

大統領選挙中のトランプ陣営とロシアの「共謀」の有無を捜査するロバート・モラー特別検察官。これまで4人を起訴、このうち陣営の元外交顧問ジョージ・パパドプロスと前大統領補佐官マイケル・フリンの両被告(以下肩書き略)は司法取引に応じており、「ロシア疑惑」の全貌が徐々に解明されつつある。

中でも注目されるのは、ロシア情報機関がトランプ陣営幹部らを抱き込んで「スパイ大作戦」を展開していた事実だ。しかも、その人脈は欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国のBREXIT支持派にまでつながっていることが明らかになった。

プーチンの姪?

これまでに特別検察官事務所が公表した文書の中で、最も興味深いのは、パパドプロスの自供内容をまとめた「犯罪事実供述調書」だろう。得体の知れない「教授」や偽者の「プーチンロシア大統領の姪」が登場し、スパイ戦争の想像をかき立てる。

パパドプロス被告が今年1月27日に連邦捜査局(FBI)の取り調べを受けた際の証言内容が事実に反し偽証にあたることを証明した文書だ。もちろんトランプ大統領のロシア疑惑への関与の可能性などには全く触れていない。しかし、ロシア情報機関、恐らく連邦保安局(FSB)の暗躍ぶりを示す内容となっている。

パパドプロスの供述内容でいきなり出てくるのは「教授」だ。この文書では、最後まで教授が誰のことか明記していないが、FSB工作員である可能性が大で、英政界にも食い込んでいるナゾの人物であることが判明した。

レポ役のリクルートか

2016年3月14日ごろ、ロンドンに在住していたパパドプロスは「イタリアに旅行した際、ロンドンに本拠を置く教授に会った」。パパドプロスは自分がトランプ選対に入ったことを知らせると、教授は強い関心を示した。パパドプロスも、教授がロシア政府と「コネ」があると言ったので、自分の陣営内での重要性が増すと考えて、関心を持ち、これ以後接触が続いた。

パパドプロスは当時29歳。元ハドソン研究所研究員を名乗っていたが、実際は無給のインターン。契約ベースで研究助手をしていた。その程度の若者がトランプ選対の外交顧問になれたのは、トランプ陣営に専門家がおらずコネもない中、急造の外交顧問団を形成したためだ。

FSBはそうした人物を狙っていたに違いない。もう1人の外交顧問で疑惑の人物、カーター・ページ氏も同じように、ロシアとの「レポ役」としてリクルートされたようだ。

ただ、教授がどのようにしてパパドプロスに接近したか明らかにされていない。

その後パパドプロスは教授から「プーチン大統領の姪」とされる人物(後に別人と判明)や、駐英ロシア大使、ロシア外務省高官らを紹介された。同年4月には、教授から、モスクワに行った際「ロシアがヒラリー・クリントン候補の"醜聞"を得た」ことを知ったと伝えられた。また、トランプ候補とプーチン大統領との会談の計画があることも聞いた。

以上、パパドプロスは教授から聞いた話をトランプ選対幹部に連絡し、接触を続けるよう指示されていた。ただ調書は、クリントン候補の数千点と教授が言うeメールの「醜聞情報」がその後どのように扱われたかについては明らかにしていない。

ジョンソン英外相と接触

パパドプロスの犯罪事実供述調書が公表された直後すぐ、ロンドンで「教授」の身元が割れた。英紙『ガーディアン』によると、マルタ出身で元「ロンドン外交アカデミー」の代表ジョセフ・ミフスド氏だ。同アカデミーはすでに存在せず、現在はローマのリンクキャンパス大学役員といわれるが、専門領域は不明。この大学はイタリア情報機関と緊密な関係があると伝えられている。

注目すべきは、「パパドプロスとミフスド氏が英国政府の心臓部分と近い関係を持っていた」(英紙『ガーディアン』)ということだろう。ミフスド氏はアロク・シャーマ英外務政務次官と数回にわたって会談していたことが確認されている。また今年10月には、ミフスド氏は政治資金パーティにボリス・ジョンソン英外相とともに出席、その際「ジョンソン氏と夕食をともにしてBREXITについて話し合うため」ローマからロンドンに戻って来た、と話していたという。

また、トビアス・エルウッド英外務政務官がパパドプロスと昨年9月の国連総会の際、ニューヨークで会ったことも確認されている。

ジョンソン外相はEU離脱派の運動を先頭に立って進めた人物。このようにして英外務省のトップ3人が三者三様の形でミフスド氏、パパドプロスの2人と会っていた事実は見逃せない。

ロシアの秘密工作員とみられるミフスド氏は、英国ではBREXITの成功、米国ではトランプ大統領当選に向けて暗躍していた、というわけだ。

ハイブリッド情報戦争

米中央情報局(CIA)長官と国家安全保障局(NSA)局長の経験があるマイケル・ヘイデン氏は、パパドプロスの動きは事件解明に向けて「大きい」と指摘。さらにクリントン候補の醜聞情報を持ち込もうとした際に、トランプ陣営がどれほど「クレムリンとの共謀」に期待したかが分かる、と『ニューズウィーク』誌に語っている。

また、ロシア側のスパイとみられる人物からの話を「クラシックな敵のわな」と認識できず、トランプ陣営幹部に持ち込むパパドプロスらについては、「何と間抜けなことか」とあきれている。

クリントン候補の醜聞情報のことを指す英語は、元々「ゴミ」を意味する「dirt」だった。大統領の長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏に対しても、パパドプロスに対しても、ロシア側は同じ言葉を使っており、ロシアの情報工作が一体となって進められたことが明らかだ。

ロシアがウクライナなどで展開する戦いは、軍事力と情報工作を組み合わせた「ハイブリッド戦争」と呼ばれる。米大統領やBREXITで展開した工作は各陣営へのテコ入れやネット上のフェイク情報で投票結果を有利に運ぶ「ハイブリッド情報戦争」と呼べるかもしれない。

春名幹男 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

(2017年12月19日
より転載)
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