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不発に終わった米露「北とウクライナ」の「秘密取引」--名越健郎

結局、プーチン大統領はトランプ大統領との立ち話で、シリア問題を短時間話しただけで、ウクライナや北朝鮮問題には言及できなかった。

2017年11月17日 11時13分 JST | 更新 2017年11月17日 11時13分 JST

ベトナム・ダナンでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合に出席したロシアのプーチン大統領は11月11日の閉幕後、現地で記者会見し、トランプ米大統領との首脳会談が実現しなかったことについて、「われわれの担当者が残念ながらスケジュールを調整できなかった。彼らは処分される」と述べ、強い不快感を表明した。

中国の習近平国家主席がトランプ大統領を盛大に歓待し、「米中枢軸」を世界に見せつける中、プーチン大統領は短時間の米露首脳会談すら設定できなかったことに相当苛立った模様だ。大統領は会見で、その腹いせとばかり、安倍・プーチン時代の平和条約締結を否定するような発言をし、米露関係と日露関係は連動することを指摘した。

APEC欠席も検討

ロシア紙『モスコフスキー・コムソモーレツ』(11月9日)によると、首脳会合の1週間前、クレムリンでは外交成果が期待できないとして、プーチン大統領がAPEC出席を中止し、直後のフィリピンでの東アジアサミット(EAS)に参加するメドベージェフ首相が代理出席することを検討していたという。しかし、米側が米露首脳会談開催に前向きな姿勢を示したことから、往復20時間以上かけて滞在1日だけのベトナム訪問を強行した。

プーチン大統領は滞在中、安倍晋三首相、習国家主席のほか、ベトナムのチャン・ダイ・クアン国家主席、フィリピンのドゥテルテ大統領とも会談したが、最も重視したトランプ大統領とは、事実上立ち話にとどまった。ロシアのラブロフ外相やペスコフ報道官は、事前に会談実現を示唆していただけに、ロシア側が恥をかかされる結果となった。米側は「日程が合わなかった」としているが、一連のロシアゲート疑惑が米国内で高まる中、米露首脳会談は内政上好ましくないとの判断が働いた模様だ。

トランプ、プーチン両首脳は7月のハンブルクでのG20(主要20カ国・地域)首脳会議で長時間会談し、シリアの部分停戦などで合意していた。米側は当初、ダナンでも首脳会談に応じる意向だったが、ロシアゲート疑惑を追及するロバート・モラー特別検察官が10月末、ポール・マナフォート元選対本部長らトランプ陣営元幹部を起訴。さらに、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が開示した「パラダイス文書」で、ウィルバー・ロス米商務長官が役員を務めていた海運会社が、プーチン大統領の娘婿らが保有するロシアの石油化学大手と海運取引を行っていたことが発覚したことから暗雲が漂い、急きょ首脳会談を断念したとみられる。

勢力再分割を画策

大統領府に近いロシアのネットニュース『ブズグリャド』(11月8日)によると、プーチン大統領は米露首脳会談が行われる場合、トランプ大統領に「北朝鮮とウクライナの取引」を持ち掛ける意向だったとされる。

それによると、ロシア側は北朝鮮の核・ミサイル開発中止で圧力をかけ、国連安全保障理事会での追加制裁にも同調する。これに対し、米側はウクライナ問題で、停戦に関するミンスク合意を東部分離派に有利な方向でウクライナ政府に履行させるべく、ポロシェンコ政権に圧力をかけるという取引だ。シリア和平でも米露の協力強化を狙っていたという。

実は、クレムリンは昨年11月の米大統領選で親露派・トランプ氏が当選した後、ユーラシアにまたがる「米露取引」を検討していた節がある。ロシアの軍事専門家パベル・フェルゲンハウエル氏は、米ジェームズタウン財団のHPで、「クレムリンはトランプ氏当選後、米露間で1939年の独ソ不可侵条約秘密議定書や1945年のヤルタ密約のような、ユーラシアの勢力再分割を狙っていたようだ」と指摘した。トランプ氏当選後のロシア指導部の高揚感を見ると、確かにロシアは親露派人脈の多いトランプ陣営との間で、一定の取引を画策した形跡がある。

だが、その後トランプ氏とロシアの不適切な癒着やロシアによる米大統領選へのサイバー攻撃が発覚。ロシアゲート疑惑が進行する中で、トランプ大統領自身が上下両院の採択した対露経済制裁強化法案に署名した。米露関係改善機運が完全に遠のいたことは、クレムリンには裏目と出た。

ロシアゲート疑惑を全面否定

ダナンでの記者会見でプーチン大統領は、米露首脳会談を実施できなかったことに恨み節を繰り返した。

大統領は会議の合間にトランプ大統領と言葉を交わし、「望んだすべての問題を協議した。会談見送りの影響はなかった」と指摘。シリア問題で両国外相の事前協議を基に、イスラム国(IS)の完全掃討などをうたった共同声明を出したことを強調した。一方で、「米露関係はなお危機的状態にあり、両国民の関心事を話し合うべきだ。米企業はロシアのエネルギー産業に投資できなくなっている。経済協力は実質的に停止された。安保関係の対話も途絶えている」とし、「われわれは両国関係をめぐるあらゆる問題を、座ってじっくり討議すべきだ」と本音を語った。

自らの娘婿と米商務長官の取引をめぐる疑惑については、「昨日、側近から聞かされたが、一切何も知らない。全くナンセンスだ」と全面否定した。起訴されたマナフォート氏についても、「ヤヌコビッチ元大統領らとウクライナで働いていたようだが、それがロシアとどうつながりがあるのだ。われわれには何らの問題もない」と無関係だと強調した。

結局、プーチン大統領はトランプ大統領との立ち話で、シリア問題を短時間話しただけで、ウクライナや北朝鮮問題には言及できなかった。今後、米国内でロシアゲート疑惑の追及が深まることからみて、トランプ大統領の側が米露首脳会談の開催を避けるだろう。両首脳の相互訪問も実現しそうにない。米中接近の裏で、ロシアが孤立する構図が深まりそうだ。

「中国シフト」へ転換か

安倍、プーチン両首脳の20回目の顔合わせとなったダナンでの日露首脳会談は、メディアでは「対北で連携確認」「共同経済活動、具体化へ検討」などと報じられたが、プーチン大統領は記者会見で、平和条約交渉の前途に悲観的な発言をしている。

大統領は「平和条約については、多くの挑戦がある。われわれは平和条約分野で日本がパートナーに負う義務を注視せざるを得ない。ロシアはそれが対日関係にどのような影響を及ぼすのか明らかにする必要がある。多くの作業を要し、1年では終わらないだろう」と述べた。

元島民の墓参簡素化や北方4島での共同経済活動には前向きな発言をしたが、「(平和条約問題は)誰が政権の座にあるかに左右されない。安倍かプーチンかといったことは重要ではない。歴史的な関係発展に向け、長期的に取り組む姿勢が重要だ」と述べた。安倍首相や自らの在任中の解決を暗に否定したもので、「私とウラジーミルの手で......」と何度も訴えた安倍首相の意欲に水をかけた形だ。

大統領は昨年12月の訪日で、領土問題で事実上の「ゼロ回答」だったが、その後も「(2島を)日本に引き渡したら、そこに米軍基地が作られる恐れがある」などと日米安全保障条約を口実に返還反対発言を繰り返した。米露関係の悪化が、日露平和条約交渉に悪影響を及ぼしているとの認識である。

今後の日露首脳交渉は、来年3月のロシア大統領選、5月の就任式までしばらく凍結状態になるが、今回の発言は、プーチン大統領の最後の任期中も平和条約交渉を動かすことが困難であることをうかがわせた。日本側もそのことを察知しているかもしれない。安倍首相がダナンとマニラで習主席、李克強首相と連続会談したのは、「ロシアシフト」から「中国シフト」への、安倍外交の微妙な軌道修正を予感させた。(名越 健郎)


名越健郎 1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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