ペルー大統領選:「フジモリの娘」に立ちはだかる「反フジモリ感情」の壁

ペルーでは4月10日の大統領選挙を前に、日系で初の女性大統領の誕生の可能性がにわかに強まっている。

中南米ではリオデジャネイロ五輪開催を前にしたブラジルの政治的混迷とルセフ政権の命運に注目が集まっているが、ペルーでは4月10日の大統領選挙を前に日系で初の女性大統領の誕生の可能性がにわかに強まっている。

だが、それは同時に国内をフジモリ対反フジモリに二分する分極化(対立)を強める結果となり、予断を許さない状況が続いている。

現状「ケイコ・フジモリ」が優位

フジモリ大統領が失脚した2000年以降のペルー大統領選挙において、決選投票で敗れた大統領は必ず次の大統領選挙で勝利している。2001年のトレド大統領、2006年のガルシア大統領、2011年のウマラ大統領と3代続けて、前大統領選挙での決選投票での敗者がいずれも選出されている。

その"ルール"に従えば、前回2011年の決選投票で、僅差でウマラ候補に敗れたケイコ・フジモリ候補(40歳)が、次期大統領に最も近い候補者ということになる。実際、直前の世論調査では常に30%以上を保持して首位を独走し続けており、2位の候補者にダブルスコアの差をつけ、他の候補者の追随を許さない優位な選挙戦を戦ってきた。

だがフジモリ元大統領の長女ケイコ候補の勝利が決して楽観を許さないのが、根強く存在する反フジモリ感情である。むしろ元大統領の長女が大統領に就任するという現実味を帯びるにつれ、決選投票で敗れた候補者が、次の選挙で大統領に選出されるというポストフジモリの政治構図をくつがえすモメンタムを持ち始めたといっても過言ではない。

14人の候補が乱立する中で、1回目の投票で「人民勢力党」のケイコ候補が過半数を制するという見方はほとんどなく、その点で大きなカギを握るのが1回目の投票で2位に誰がつけるかである。

経済政策は争点にならず

中国の景気減速と輸出鉱産品価格の下落に伴い、新興国ペルーもその影響を大きく受けてGDP(国内総生産)成長率は半減しているが、年率3~4%を保ち、マイナス成長に陥った中南米の中では堅調さを維持している。とくに今年は、ラスバンバス銅山などへの先行投資が実を結び、銅生産の急拡大が見込まれ価格の下落を補填する勢いにあり、またアンチョビー漁の回復などもあり、4%成長の見通しを国家統計局は発表している。

昨年ペルーは、IMF(国際通貨基金)・世界銀行合同総会の開催国となり、今年もAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の開催が首都リマで予定されている。前者が中南米で開かれたのは実に半世紀ぶりであり、ペルーの経済パフォーマンスの高さが国際金融界で高く評価されている証である。

堅実なマクロ経済運営とTPP(環太平洋経済連携協定)をはじめとするグローバル経済との統合に基づく自由市場経済圏の構築など、経済政策において各候補の間に大きなぶれは見られない。

焦点は「2番手」

その中で、5年前の決選投票に敗れてから準備を重ねてきたケイコ候補を除くと、他の候補の顔ぶれはトレド(69歳)、ガルシア(66歳)2人の元大統領に加え、クチンスキー元首相(77歳)など、行政経験が豊かなものの、相変わらず新味に乏しく、政治不信の横溢する中で、実質的にケイコ候補への対抗馬不在が選挙戦を特徴づけてきた。

有権者はケイコ候補に代わる新味のある候補者を探してきたと言っても過言ではなく、その中で存在感を増してきたのが元リベルタ県知事で実業家のアクニャ候補(63歳)であった。

全国に私立大学を設置して地盤を作り、10%台の支持率を広げてきていたが、自身の博士学位論文(スペイン・マドリードのコンプルテンセ大学)に盗作疑惑が持ち上がり失速。次に、2月からフリオ・グスマン候補(45歳)がにわかに浮上し、若者層を中心に急速に支持を拡大し、ケイコ候補に迫る有力候補となった。

ペルーは2年前まで平均6%の成長率を維持し、中間層の台頭が社会経済構造に大きな変化をもたらしている。その中でさほど豊かでない家庭環境から身を起こし、ペルー最難関のカトリカ大を卒業後は、欧米の名門大学(ジョージタウン大学、オクスフォード大学)で学び、米州開発銀行で働いたテクノクラートで清新なイメージをもつ若きグスマン候補に、経済発展を背景に成長した青年層の支持が集まったのである。

世論調査では、決選投票で、互角の戦いをするとみられるところまで急速に浮上していた。

有力対抗馬「立候補取り消し」の波紋

ところが、2番手となるべき候補者が、いずれも立候補できなくなる事態が生じたのである。アクニャ候補が現金を支持者に配っていることが判明、またグスマン候補が「ペルーのための全て(TPP)」の政党内の候補者擁立の手続きに瑕疵があることから、全国選挙管理委員会が3月9日、候補者リストから外す最終決定を下したのである。

選挙行政において独立の権限を有するとは言え、この全国選管の決定は、急速に支持を集めた有力な候補者の立候補を阻止し、1回目の投票で2位に食い込むことを戦術とするガルシア元大統領など既存政党の働きかけや関与があったのではないかと取りざたされ、大きな政治的波紋を投げかけた。選挙プロセスの正当性自体への疑義を強めたとも言える。

そしてアクニャ、グスマン両候補の立候補取り消しは、必ずしもケイコ候補に有利に働いているとはいえない。両候補の票は、クチンスキー元首相など他の候補者に向かうとみられている。むしろ直接的には、ケイコ陣営も支持者に現金を配っている疑いがあるということから、2人の立候補が取り消された直後の3月11日には、フジモリ候補の立候補取り下げを請求する数千人規模の反フジモリ抗議行動がリマ中心部で展開された。

現時点では実際、ケイコ候補の立候補取り消しの可能性もないとは言えず、選挙10日前までには判断が示されることになる。

「35歳女性候補」急浮上も

両候補の立候補取り消しは、フジモリ支持か反フジモリかの国を二分する動きを強める結果となり、再びフジモリ元大統領の功罪が選挙戦における重要なカギとなるに至ったと言えよう。3月14日の調査結果では、クチンスキーとの決選投票ではケイコ候補の勝利は危ういとの結果となっている。

とくにメンドサ候補はフランスとの2重国籍をもつ国会議員で、前回選挙でケイコ候補が立候補したのと同年齢で、左派系の女性候補という点からも、急浮上する可能性を秘めている。

「腐敗した独裁者」

他方、1990年選挙の決選投票でフジモリ元大統領に逆転で敗れたノーベル文学賞作家のバルガスリョサは、前回2011年のケイコ候補とウマラ候補の決選投票の際に見せた「反フジモリ戦線」の最前線に、今回も立とうとしている。ケイコ候補が大統領となれば「腐敗した独裁者を正当化するもの」で、ペルーにとって「悲惨」とも「破局的」とも訴え、その阻止に向けた動きを再び強めている。

行政経験の乏しさを指摘されるケイコ候補としては、当選するには6月5日に予定される決選投票に向け、誰が2番手に付けようとも、人権侵害と腐敗で25年の実刑に服する父親とその周辺幹部との違いを強調して、反フジモリ感情を薄めることが重要である。斬新な政権運営チームを構成し、若手・女性の有権者に訴えることができるかにかかっている。大統領に当選した際に、父親の恩赦にふれることだけは避けなくてはならないだろう。

フジモリ政権が崩壊して16年、テロの鎮圧と経済改革とに剛腕を振るい今日のペルーの社会経済の基礎を築いた大統領の評価が、未だ現実政治に大きな影を落としている。

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遅野井茂雄

筑波大学大学院教授、人文社会系長。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(編著)。

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(2015年3月24日フォーサイトより転載)

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