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深まる「ロシア経済危機」で注目の安倍首相「外交調整力」

2016年01月29日 02時05分 JST | 更新 2017年01月26日 19時12分 JST

NY原油市場が1バレル=26ドル台と12年ぶりの安値を付けた1月下旬、ロシアのグレフ貯蓄銀行総裁(元経済発展相)は「石油の時代は終わった。ロシアは競争に敗れ、負け組に属する」と述べた。クドリン元財務相は「原油価格は1バレル=16ドルまで下落する可能性がある。通貨ルーブルは暴落し、インフレが昂進する」と警告した。

英紙フィナンシャル・タイムズ(1月25日)は、「プーチン政権の最初の2期で自由化推進派だった2人の元閣僚のどちらかを首相に起用することが必要だ」と書いたが、秋に下院選を控えるロシアは「内政の季節」に入りつつある。ロシアの経済苦境は、日露外交にも影響しそうだ。

原油価格10数年周期説

旧ソ連・ロシアの勢いを左右する原油価格は、ほぼ10数年のサイクルで高騰と下落を繰り返した。1973年、イスラエルとの第4次中東戦争が起きると、アラブ産油国は石油輸出規制に着手。原油価格は一気に高騰し、「石油ショック」を招いた。

原油高の時代は10数年続いたが、85年からサウジアラビアが大増産し、下落に転じた。1979年のソ連軍アフガニスタン侵攻を受けて、レーガン米政権はソ連経済に打撃を与えるため、アフガン侵攻に激怒していたサウジと連携。原油価格は下落した。

85年に誕生したゴルバチョフ政権のペレストロイカが失敗し、ソ連邦崩壊につながったのは、原油収入が激減し、国民生活が悪化したからだ。新生ロシアの市場経済改革が混乱したのも、原油収入が少なかったためだ。原油安時代は約15年続き、1バレル=10ドルを切った98年、ロシアはデフォルト(債務返済不能)に陥った。

原油価格は21世紀に入って、中国など新興国の需要増やイラク戦争などの地政学リスクを受けて急上昇し、08年には1バレル=147ドルの最高値を付けた。この原油価格高騰の恩恵を受けたのが2000年に登場したプーチン大統領だった。

プーチン政権はエネルギー産業の国家統制を強め、膨大な石油収入を国庫に集めて給与や年金などバラマキに使用し、ロシアは史上初めて消費社会入りした。原油高騰は「強いロシア」の原動力で、14年のウクライナ介入、15年のシリア空爆につながった。

だが、原油価格は14年秋から再び下落し、16年の年明けに30ドルを割った。原油安に伴いルーブルも1月21日、1ドル=85ルーブルと一時最安値を付けた。ロシア経済はプーチン時代に資源依存体質を一段と強めただけに、今後原油安が長期化すれば、「弱いロシア」に転落することになる。

「悪夢の経済危機」

ロシアの昨年の経済指標を見ると、深刻な景気後退に陥っていることが分かる。15年の成長率は前年比マイナス3.7%(前年はプラス0.6%)で、6年ぶりにマイナス成長に転落。製造業は同5.4%のマイナスだった。実質所得は10%減少した。

 

15年の輸入は前年比36.4%減少し、新車販売も36%減少。モスクワの不動産売買は約30%縮小し、新年前後の海外旅行客は前年より35%減少した。通貨暴落により、2年前1万6500ドルだった1人当たり国内総生産(GDP)は、8000ドルにまで減少した。ロシアの中流層は米ドルで給与を意識するだけに、給与半減となった感覚だ。15年のインフレ率は15%、家庭の支出は9%減で、生活水準が低下した。

15年末時点の貧困層は人口の14%に当たる2030万人で、1年前より230万人増加した。公式の失業率は6.4%と低いが、就業時間短縮や賃金カットで失業を阻止しているためで、中央アジアなどの出稼ぎ労働者は大量解雇された。多くの企業で給与未払いや人員整理がみられ、今年は失業増が予想される。地方都市では政府への抗議集会も起き始めた。

ロシアの歳入の約半分は石油・ガス収入。政府は16年度予算を1バレル=50ドルを前提に策定したが、プーチン大統領は「認識が甘かった」として予算見直しを指示。各部門に歳出の10%カットを命じた。シルアノフ財務相は「財政を見直さなければ、1998-99年のような事態が起こる」と述べ、デフォルト再来の可能性に言及した。

エネルギー収入をため込んだ基金総額は現在約3500億ドルとされるが、通貨買い支えや財政補てんで減少しており、中央銀行は、現状のままでは18年末までに基金が枯渇すると警告した。デフォルトに陥るなら、プーチン大統領は国際通貨基金(IMF)や西側首脳に頭を下げて支援を請うことになり、彼の政治哲学から見て、退陣を選ぶだろう。こうして、ロシアは「悪夢の経済危機」(ベドモスチ紙)に直面した。

権力バランスに変化も

プーチン政権は14年はウクライナ介入、15年はシリア空爆と対外冒険主義で愛国主義を高揚し、高い支持率を得てきた。しかし、経済危機の中で手を広げすぎたオーバーリーチ状態にあり、下院選を控える今年は国内経済対策に目を向けざるを得ない。9月の下院選は前回の比例代表制と違って、比例と小選挙区で半数ずつ議員が選ばれる。クレムリンだけに目が向いていた議員は、今後は地方指導者や有権者を意識せざるを得ず、権力分散につながりかねない。

評論家のニコライ・ペトロフ氏は、「過去2年の対外戦争で強硬派・シロビキや軍産複合体の影響力が政権内で著しく高まったが、資源依存経済の崩壊や欧米の経済制裁、その結果発生した資産の再評価により、指導部の権力バランスに重要な変化が起こりつつある」と指摘する。

プーチン大統領は独誌ビルト(1月5日)との会見で、「原油安は経済を多様化させるチャンスだ。オイルマネーが大量に入れば、外国から何でも買えるが、それは国の発展を妨げる」と述べ、経済苦境をバネに経済改革や産業多角化を図る意向を示唆した。その場合、経済無策のメドベージェフ首相が更迭され、クドリン、グレフ両氏ら改革派の起用が考えられる。だが、政治的刷新はリスクがあり、大統領が大胆な人事を行う可能性は低いだろう。

むしろ同大統領は、欧米の経済制裁緩和を図っている。ウクライナ問題特使のグリズロフ前下院議長を1月にキエフに派遣し、東部の停戦徹底や捕虜交換で合意。ウクライナ問題をめぐる米露高官協議も行われた。シリアでは、アサド政権と反政府勢力の接触を画策。アサド大統領に退陣を迫ったと英紙が報じた。ウクライナ、シリア両問題で欧米に歩み寄り、制裁緩和を狙っているのは明らかだ。

注目の日露非公式首脳会談

欧米の対露経済制裁は7月で期限切れとなるが、延長問題は5月26、27日の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)で協議されよう。「イスラム国」(IS)攻撃でロシアと連携するフランスのマクロン経済相は1月24日訪露し、「ウクライナ東部の停戦履行を経て夏にも制裁が解除されるよう望む」と述べた。しかし、米国務省はロシア反体制派リトビネンコ氏の暗殺事件をめぐる英調査報告を受けて追加制裁の可能性を示唆した。大統領選さ中にオバマ大統領が、弱腰と映る制裁緩和に踏み切るとも思えない。

オバマ大統領はこのところ、「ロシアの経済危機に注目すべきだ」「ロシアは石油のみに依存するが、米国は石油やiPhone、映画などあらゆるものに依存する」と米露の経済格差を強調する。宿敵・プーチン大統領の弱点であるロシア経済を締め上げる構えだ。

プーチン大統領が昨年11月トルコでの安倍晋三首相との会談で、ロシアの地方都市での会談を唐突に呼び掛けたのは、G7サミット議長の安倍首相の調整力に期待したともとれる。サミット議長国は議事運営や声明採択で大きな権限を持ち、首相は今年1年G7議長を務める。両首脳は1月22日に40分間電話協議を行い、今春安倍首相がロシアの地方都市を訪れることを決めた。

伊勢志摩サミットでは、シリア、ウクライナ、IS対策、原油安など、G8から外されたロシアが「影の主役」となる議題が少なくない。苦境に立つプーチン大統領は北方領土問題をエサに、制裁緩和へ向けた指導力発揮を首相に打診するかもしれない。サンクトペテルブルクでの開催が予想される非公式首脳会談は、俄然見どころの多い会談となりそうだ。

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名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2016年1月27日フォーサイトより転載)