メルケル4選を脅かす「SPDシュルツ」の強みは「低学歴」「中央政界経験なし」--佐藤伸行

「首相を狙えるSPDの候補がようやく出て来た」

首相メルケルの4選がかかる今年9月のドイツ総選挙(連邦議会選挙)に向け、強烈な旋風が巻き起こっている。

12年ぶりに首相の座の奪回を目指す中道左派の社会民主党(SPD)が擁立した首相候補マルティン・シュルツ前欧州議会議長(61)が期待以上の人気を集め、メルケル再選を阻むかもしれない手ごわいライバルとして浮上してきたのだ。

メルケルは、仮に次の総選挙で勝利して任期を全うすれば、在任16年となり、政治的師父であるドイツ統一宰相ヘルムート・コールの戦後最長記録に並ぶ。しかし、その道のりはやはり平坦ではなかった。

メルケルの衰え

側頭部と後頭部を除いてきれいに禿げ上がった頭。もみあげからほほとあごに白髪交じりの無精なひげが続く。ぎょろりとした、それでいて愛嬌のある眼差しが印象的だ。

シュルツの演説は情熱的でパンチが効いており、「情念なき平板な演説」と酷評されるメルケルとは好対照をなす。

「首相を狙えるSPDの候補がようやく出て来た」――。

メルケル与党キリスト教民主同盟(CDU)との大連立によって政権与党の座にあるとはいえ、メルケルの陰で存在感が低下しているSPDの支持者は今、シュルツに大きなチャンスを感じ取り、心躍らせている。

SPDがシュルツを首相候補に選出したのは今年1月下旬のこと。それまでSPDは大連立政権下で支持率が低迷し、20%台前半の低空飛行を続けてきたが、シュルツの登場で人気が急上昇し、約30%とCDUとほぼ横並びになった。

それどころか、一部調査では一時、SPDの支持率が20年ぶりにCDUをやや上回るような結果も出た。

こうした世論の動向は、首相候補選出後の「御祝儀相場」の要素もあり、シュルツ人気も御多分に漏れずやがて衰えていくとの見方はある。

しかし、2005年以来、首相の座に君臨するメルケルにとっては、長期政権に飽きつつある民心こそが最大の難敵となっている。

2009年、2013年の過去2回にわたる「防衛戦」のようにSPD候補が失速するというシナリオは楽観的すぎるかもしれない。

それに、2015年夏にメルケルが決断した多数の難民の受け入れは、大きな政治的後遺症をもたらしている。

その年の大みそかにケルンで起きた難民絡みとされる大量痴漢事件やその後のテロ事件によって、危機管理に強いとされたメルケルの神通力の衰えは覆いきれなくなった。

高卒資格もない「アウトサイダー」

今の時代、政治の世界ではアウトサイダーが人気を博す。欧州議会議長を務めたとはいえ、シュルツもまた「ベルリン政治のアウトサイダー」を自任し、エスタブリッシュメント(既得権益層)を自在に攻撃できるのが武器になっている。

シュルツは欧州議会議員としての経歴が長く、ドイツ国内では出身州である西部ノルトライン・ウェストファーレン州の人口4万人の小都市ヴュルゼレンの市長を務めたのが唯一の公職歴だ。

メルケルが物理学の博士という高学歴であるのに対して、シュルツは成績不振のため高校卒業資格も認定されなかった。

ギムナジウム(国立の中等教育機関)を去った後、シュルツは書店員として働き、やがて自分の店を持った。書店経営のかたわら、独学で万巻の書を読破し、猛然と知識を吸収していった。

一時期はアルコール依存症だったが、ついにそれを克服したという話も民衆の心の琴線に触れる。

高卒資格もない人物がドイツ宰相になれるのか、という指摘に対しては、シュルツはこう切り返している。

「高学歴のエリートの発想には興味はありません」

父親が労働者階級出身の警察官だったシュルツは「懸命に働き、社会を支えている勤労者のための首相になります」と叫び、「労働者の皆さんが何を思い、どう生きているのかが私の最大の関心事なのです」と言って庶民の喝采を浴びた。

労働者階層の出身で低学歴、中央政界の経験なし、という半生がそのまま強みになっている。

右派AfDからの乗り換えも

ドイツでは、1998年から2005年までのシュレーダーSPD主導政権が新自由主義的改革の大ナタを振るい、後を引き継いだメルケルがドイツの競争力向上という果実を手にしたが、シュルツは国民の社会保障充実策としてシュレーダー改革の修正を公約した。

メルケルは構造改革論者であり、改革の後退を拒んでいる。つまり、保守側がSPD政権時代の改革維持を支持し、SPDの首相候補がその修正を唱える皮肉な図式となっているわけである。

シュルツはまた、経済格差の問題も争点にしている。

メルケル陣営は、格差の拡大を否定しようとし、シュルツを「ポピュリスト」呼ばわりして対抗しようとしているが、シュルツは熱心な欧州統合論者であり、難民・移民政策でも、欧州連合(EU)加盟各国への割り当てを前提に難民を受け入れようという立場であって、欧州の反移民・反難民ポピュリスト政党とは異なる。

シュルツをポピュリストと決めつけたのは、メルケル政権の大番頭とも言えるショイブレ財務相だが、それほどまでにシュルツに脅威を覚えているということであろう。

ドイツで台頭する反移民・反欧州の右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持者からもシュルツ支持に乗り換える者が多いとも報じられるほどである。AfD支持者も、置き去りにされた低所得者層が多く、不満のはけ口をどこかに求めているにすぎないということだ。

アメリカにトランプ大統領が誕生し、世界が急速に不安定化する中で、慎重な政治的気質で知られるドイツ有権者が未知数の多いシュルツを次期首相に選択するとは思えず、やはり経験豊かなメルケルに引き続き国の運命を託すと考えるのが常識的なのかもしれない。

シュルツ旋風が本物かどうか、間もなく実施される地方選挙の展開を注視する必要があるが、ただ、メルケルの足場がもはや盤石ではなくなったことだけは確かだ。

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佐藤伸行

追手門学院大学経済学部教授。1960年山形県生れ。85年早稲田大学卒業後、時事通信社入社。90年代はハンブルク支局、ベルリン支局でドイツ統一プロセスとその後のドイツ情勢をカバー。98年から2003年までウィーン支局で旧ユーゴスラビア民族紛争など東欧問題を取材した。06年から09年までワシントン支局勤務を経て編集委員を務め退職。15年より現職。著書に『世界最強の女帝 メルケルの謎』(文春新書)。

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(2017年3月8日フォーサイトより転載)

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