「台湾料理」は入らなかった「中台トップ会談」夕食会メニュー

さまざまなシグナルとメッセージが飛び交った食事会に…

中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統がシンガポールでもった、1949年の中台分断以降初めてとなる首脳会談。相手を「先生(~さん)」と呼び、双方が舞台の両袖から歩み寄って中央で握手し、会談の費用も折半と、徹底した対等・平等が演出された。引き続く夕食会も対等・平等がキーワードだったが、さまざまなシグナルとメッセージが飛び交った食事会でもあった。

席の配置は中国式

会談前、台湾で対中政策を主管する行政院大陸委員会の呉美紅・副主任委員は、

「会談後の食事は割り勘で、誰が誰をもてなすということではなく、皆が一緒に食事をとる。食費もそれぞれ自分たちの分を払う。あえて誰が主人かと言えば、両首脳が主人だ」

と述べた。

しかし席順、料理内容、飲物と、こと細かに中台双方で詰めが行われたことは想像に難くない。

円卓になったのは主賓とホストの区別はないから、どちらが上席かを詮索しなくてすむようにだ。両首脳は入口から最も遠い上座に並んで座り、中台の幹部12人は交互に座るように配置された。外交饗宴での首脳同士の座り方は、中国式は並んで座り、台湾式は対面するから、ここは台湾が譲ったと言えるかも知れない。もっとも両首脳が並ぶようにしたのは、2人でヒソヒソ話ができるようにするため、との見方が台湾紙で報じられた。

夕食会は会談に引き続いて午後5時半からもたれ、会場は同じシャングリラホテルの別棟の奥まったところにある「ステート・ルーム(State Room)」が充てられた。

料理はホテルが準備したが、中国側がメニューを決め、台湾側に事前に了解をとった。両首脳はその夜、帰国の途に就くため、早めの軽い食事とすることでも一致した。メニュー表記も対等・平等で、中国の簡体字(省略した漢字)と台湾の繁体字(昔ながらの漢字)で記された。

指導者ゆかりの地方料理

次のような内容だった(ここでは繁体字に拠った)。

涼菜 金箔片皮猪、風味醬鮑片脆瓜

熱菜 湘式青蒜爆龍蝦、竹葉東星斑XO糯米飯、杭式東坡肉、百合炒蘆筍

主食 四川擔擔麺

甜品 桂花糖雪蛤湯圓、水果拼盤

冷菜は2品。子豚の丸焼きのカリカリ皮と、鮑とウリの醤油風味の料理。

温菜は4品。茎ニンニクと伊勢海老の唐辛子入りの炒め物(湖南省風)、ハタ科の高級魚(東星斑)が入ったXO醤(えっくすおーじゃん)風味の竹の葉包みのもち米ちまき(広東省風)、豚の角煮(浙江省風)、それにユリ根とアスパラガスの炒め物。

主菜は四川省風の坦々麺。

デザートは、蛙の卵管を乾燥させた薬膳食材と白玉団子を蜜水に入れたもの。この薬膳食材はプルンプルンの舌触りで美容効果にもいいと言われている。これにフレッシュ・フルーツの盛り合わせである。

興味深いのは、それぞれの地方料理が連想させる人物だ。湖南省は毛沢東の出身地で、馬総統の先祖の故郷でもある。ここの料理は激辛で知られるが、首脳の食事ということで辛みは控えただろう。

広東省は中国革命の父と呼ばれる孫文の出身地で、辛亥革命(1911年)後に孫文が政府を樹立したゆかりの地。馬総統の生地でもある(香港の九龍とも言われるが、いずれにせよ広東省とは目と鼻の先)。浙江省は毛沢東の共産党軍に敗れ、国民党軍を率いて台湾に渡った蔣介石の生まれ故郷。四川の坦々麺は故鄧小平の好物だ。

中国人は故郷や祖先の出身地といった地縁血縁に強い思い入れがある。それから考えれば、中台双方につながる指導者を念頭に、ゆかりの地方料理が選ばれたとしてもさほど不思議ではない。

ただ対等・平等を旨としながら、台湾料理が入っておらず、すべて大陸中国の料理でまとめられているのは示唆的である。馬総統は台湾独立に反対し、「1つの中国論」を堅持する。台湾の固有性を象徴する台湾料理が入ることに馬総統としても否定的だったはずである。

中国ルーツの酒

では飲物はどうか。習主席は貴州省特産の茅台酒を持参したが、馬総統は中国・福建省の目と鼻の先にある台湾の離島である馬祖列島の紹興酒の古酒「老酒」と、金門島の高粱酒を持ち込んだ。これも極めて意味深である。

中台分断以降の冷戦時代、馬祖、金門島は要塞化され、上陸戦や砲撃戦の最前線だった。中台平和の象徴として馬総統はこの酒を選んだとも言えるし、習主席が長年、島と指呼の間にある福建省で勤務したことも念頭にあっただろう。

たださらに穿った見方をするなら、紹興酒も高粱酒も元はといえば、本家の中国の紹興のお酒や東北地方の高粱酒を真似て造るようになったもので、台湾固有のお酒ではない。つまり中国にルーツをもつ酒であることが持ち込んだ馬総統の念頭になかったかどうか。

ちなみにアルコール度数が57度の金門島の高粱酒は1990年もの。この年に金門島で両岸の赤十字会の初協議が行われ、密航者、刑事容疑者などの引渡しに関する協定が結ばれ、両岸協議の先例となった。これに重ねたのだろうが、この高粱酒は現在は生産を停止していて、オークションで5万元(約970万円)の値がついている。

上機嫌で顔も赤く

食事中、馬総統が馬祖産の紹興酒の由来を説明しようとすると、習主席は、

「福建省にいたのでよく知ってますよ。落下した砲弾の破片で刃物を作っていることも」

と笑ったという。現在は観光地となっている金門島のお土産は包丁や小刀などの刃物で、これは中国側から撃ち込まれる砲弾の破片利用から始まった。

抗日戦争も話題に上り、日本が無条件降伏した後、ミズーリ号艦上で署名した日本側代表の名前を習主席は思い出せず、馬総統が、

「重光葵外相ですよ」

と教えたという。

食事中、贈り物の交換も行われ、習主席へのお土産は国鳥の台湾藍鵲(アオイカササギ)を型どった陶器製の工芸品。馬総統へのお土産は中国の著名な書家の作品だった。

夕食会は1時間半続き、午後7時にお開きとなった。帰国する特別機の機内の中で馬総統は同行記者団と懇談したが、上機嫌で、顔はやや赤みがかっていた。

「酔われたのですか」

と聞かれた馬総統は、

「酔っていない、酔ってない」

と繰り返した。

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西川恵

毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)が発売中。

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(2015年11月13日フォーサイトより転載)

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