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台湾新内閣の顔ぶれは「李登輝内閣」?

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5月20日に発足する台湾の蔡英文・民進党新内閣の顔ぶれがほぼすべて発表された。正直なところ、なかなか論評が難しい地味な顔ぶれである。「目玉」となるような人物がほとんど見当たらない。そのあたりにも、自分も実務家で派手さを嫌う蔡英文の統治スタイルが表れていると見るべきだろう。

「目玉」のない内閣


台湾では、直接選挙で選ばれた総統が、行政のトップである行政院長を指名し、行政院長が閣僚を任命する仕組みだ。総統は、安全保障や外交、中台関係などの重要案件を預かり、その他の行政課題は行政院長が担当する。企業でいえば、総統は会長、行政院長は CEO(最高経営責任者)のような役割である。

ただ、台湾総統の権限は曖昧なところがあり、どこまでが総統の所管か分かりにくい。そして、何か大きな問題が起きれば、批判されるのは行政院長ではなく、総統である。2009年の大水害の対応のまずさで批判を浴びて支持率を下げたのは結局、馬英九総統だったことは印象深い。

また、深刻な失点があったときは行政院長を交代させることで政治責任を取る形が常態化している。2014年の統一地方選で国民党が大敗したときは、行政院長だった江宜樺氏が辞任をして責任を取った。

台湾では、陳水扁政権や馬英九政権の発足のときは、内閣のメンバーはそれなりに注目され、「目玉」と呼ばれるような人材が何人かいた。しかし、今回の閣僚のなかで、メディアが記事で取り上げたくなるような人物は皆無であると言っていいだろう。行政院長に選ばれた林全氏からして、有能な経済学者であり、蔡英文のブレーンを務めていたこと以外の情報はほとんど伝わってこない。

「代わり映えしない顔ぶれ」


この状況について、現地紙『自由時報』のベテラン記者である鄒景雯記者は、「来頭大、年齢長、面孔老(かしこまっていて、年齢ばかり高く、代わり映えしない顔ぶれ)」と評した。まことに言い得て妙な評価である。別の言い方では、実務型の経済・安定重視内閣となるのだが、掘り下げて特徴を挙げるとすれば、(1)李登輝人脈(2)学者・経験者重視(3)党内の長老排除、ということになる。

総統の番頭役である総統府秘書長に起用された林碧炤は学者出身で、李登輝政権下では国家安全会議の副秘書長を務め、蔡英文と一緒に「二国論」を固める作業を受け持った人物だ。1990年代の中台対話にも参画している。

蔡英文の下で司令塔となる国家安全会議の秘書長に就いた吳釗燮も学者出身で、もともと民進党の駐米大使を務めており、中台関係にも通じている。

台湾において学者が政治に参画するのは珍しくないが、この2人は、どちらも政治大学の国際関係研究センター出身。蔡英文も政治大学で教鞭を取った経験があり、内閣のなかには、ほかにも政治大学の関係者が含まれている。蔡英文の李登輝政権時代の同僚や、政治大学時代の同僚や知人も含まれている。実際のところ、この内閣の主要な面々は、蔡英文自身も含め、李登輝総統時代に育成された人材が一群を成しているとも言えるだろう。

長老たちの影響力を排除できるか


一方、伝えられるところでは、内閣の人員を決めるにあたって、多くの人材に起用を打診しても断られた、とされる。現在、台湾で閣僚を務めることはあまり人気がない。立法院では厳しい立法委員の罵詈雑言にさらされ、パパラッチ化した台湾のメディアに私生活を細かくチェックされる。そのわりに待遇はそこまで良くはなく、うまくいっている仕事や教職を放り出してまであえて政治に関わりたくない気持ちは分からないではない。蔡英文もどうしても、昔の知人や同僚などの人脈に頼らざるを得なかったのかもしれない。

学者や知人らを中心とする内閣というスタイルは、馬英九政権の発足当初と似ていることは確かだ。馬政権では、社会とのコミュニケーション能力の不足や学者的な教条主義的対応が社会の不満を招いた部分があった。もちろん蔡英文はその教訓は百も承知だろうが、「政治」の力量によって処理しなければならない案件にぶつかったとき、新内閣が適切に対応できるかは注視が必要だろう。

このほか、派閥のトップである長老たちの影響力をどのように排除しながら、世代交代が見て取れる政治を行うかが蔡英文の掲げる目標の1つで、うるさ型の謝長廷元行政院長や蘇貞昌元行政院長をどう処遇するかは注目されざるを得ない。謝長廷氏は駐日代表に内定したが、蘇貞昌氏はシンガポール代表、呂秀蓮前副総統はパナマ大使に出すなどの人事が決まったという観測情報が流れている。彼らを台北から遠ざけることの意味は小さくないと思うが、本人も希望していたとされる日本留学組の謝長廷を除き、彼らを過去の経歴からすれば格下にあたる在外公館の代表に置くことは、本人たちの説得を含めて骨が折れそうである。(野嶋 剛)

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野嶋剛

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2016年4月22日フォーサイトより転載)

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