タイガー・ウッズ逮捕「続報」:「社会認識」「司法制度」の「日米差」を考える--舩越園子

ウッズはこれからどうなっていくのか。

タイガー・ウッズが逮捕されてから7週間が経った。うつろな目をした顔写真や呂律の回らない呼気テストの映像は、多くの人々を驚かせ、落胆もさせた。

以後、公の場にもゴルフの世界にもウッズの姿は見られない。だが、記録の話になると「タイガー・ウッズのみ」「タイガー・ウッズ以来」という具合に彼の名前は必ずと言っていいほど上がる。そんな偉大なるゴルファーがこのままゴルフ界から消えてしまうのは、あまりにも惜しい。

ウッズはこれからどうなっていくのか。それを見通す上では、今回の事件に対するゴルフ界、そして何より米国社会での受け止め方を知ることが何より重要だと思う。

「出廷延期」のうえに「刑軽減」も!?

まず、事実関係をおさらいしてみよう。ウッズが4度目の腰の手術を受け、「これで、ようやく痛みのない人生を取り戻すことができる」と喜びと安堵を示したのは4月19日のことだった。

だが、その翌月末5月29日、「ウッズDUIで逮捕」という衝撃のニュースが世界を駆け巡った。さらにいったん釈放された直後に、子供を車に乗せて再び自らハンドルを握り、病院を訪れる姿が米メディアによって撮影され、ウェブ上に載った。

そして6月19日、ウッズは「プロフェッショナルなサポートを得ている」と、薬への対処と睡眠障害に関して入院治療を受けていることをツイッターで公表。7月3日、2週間の治療を終えて退院したこともツイッターで発信した。

当初は、その2日後の7月5日にウッズは裁判所に出廷し、いわゆる罪状認否を行うことになっていた。この日程はウッズが逮捕され、すぐに釈放された段階で決まっていたものだった。だが、いつの間にか、出廷日時は8月9日へ延期されている。

そして、逮捕・拘置された時点では「DUI(Driving Under the Influence=アルコールまたは薬物の影響下での運転)の嫌疑だったが、裁判所での罪状認否より前の現時点で、すでに「DUI」ではなく「Reckless Driving」にダウングレードされ、減点と罰金だけになるであろうという見通しが、複数の米メディアによって報じられている。

「Reckless Driving」とは日本語に直訳すると「危険運転、無謀運転」となるが、Uターン禁止の場所とは知らずにUターンしてしまったとか、車間を詰め過ぎて走行したといった比較的軽度な交通違反が「reckless」とされ、違反チケットを切られることが多く、それゆえ減点や罰金も軽度で済むことが多い。

司法取引の可能性

なぜ、出廷の日時が延びたのか。なぜ、出廷前から「DUI」が「Reckless Driving」へ軽減されることがすでに報じられているのか。そもそも、逮捕され、釈放された直後に入院しなければならなかったのはなぜなのか。

ウッズが受けたと同様の腰部手術に詳しい整形外科医の小塙幸司医師(こばなわ神田整形外科院長)は、「欧米では術後の鎮痛薬はコデイン系が推奨され、痛みの度合いで服薬量と回数は(患者が)自己調整できます。コデイン服用過多のふらつき運転は一般人でも多いのではないでしょうか。慢性難治性の疾患で長期服用ならコデイン依存のリスクもありますが、(ウッズの場合)2週間の入院ということは深刻な依存性ではなく、服薬指導と術後の疼痛コントロール、リハビリなどが行なわれたのではないか。もし術後に睡眠障害になるほど痛みがひどかったのならば、術後の経過があまりよくなかった可能性もあります」と、薬の服用そのものより、むしろ術後の経過を案じる。ちなみに、コデイン系の鎮痛剤とはアヘンから単離された成分だが、米国ではモルヒネから合成されたものが一般的。日本では劇薬に区分される医薬品である。

一方、ゴルフ関連の訴訟に詳しい西村國彦弁護士(さくら共同法律事務所)は、あのピコ太郎を有名にした世界的人気ミュージシャン、ジャスティン・ビーバーの過去のケースを引き合いにこう解説する。

2014年、フロリダ州内でウッズと同じくDUI(飲酒)と、さらに運転免許不携帯(期限切れ)、公務執行妨害で現行犯逮捕されたビーバーは、「司法取引」によってその罪を「Reckless Driving」と公務執行妨害のみに軽減された。しかもその刑は、さらに「アンガー(怒り)・コントロール・セラピー」の一定時間の治療とDUI講習の受講、5万ドルの「寄付」などを条件に、規定の「罰金」のみへと軽減された。「アメリカでは、まず検事と交渉、次に裁判官と交渉という手順で、かなり司法取引がある。ウッズなのだから有力弁護士が司法取引をやっているでしょう」(西村弁護士)

米メディアも、ウッズがわざわざ入院したのは司法取引を有利に運ぶためだったと見ているようで、だからこそ刑の軽減や執行が免除される「diversion program」なる制度が適用され、「DUI」ではなく「Reckless Driving」にダウングレードされる可能性大だと報じているわけだ。

日米社会の温度差

日本には「DUI」という言葉自体が存在しないため、DUIをどう見るか、どう感じるかにおいて、日米社会にはかなり温度差があることを私は今回の件を通じて痛感している。

ウッズ逮捕の日本への第1報は「飲酒運転」だったが、釈放されたウッズから「処方薬の予期せぬ反応だった」という声明が出されたため、それを受けて日本でも「アルコールではなく薬の影響下による運転」と報じられた。

その際、米国の人々は「お酒であれ薬であれ、どっちにしてもDUIだ」という理解だったが、日本では「お酒じゃなくて良かった」「痛み止めの薬のせいなら仕方ない」「ウッズは何も悪くない」という反応がSNS上で多かった。

だが、少なくとも米国においては、アルコールか薬かにかかわらず、DUIで逮捕・拘留されたとなれば、それだけで社会的地位を損ない、信頼を失墜しかねない重大な過ちと認識されている。以前、ゴルフ番組の女性人気キャスターが飲酒運転で逮捕・拘留された事件があったが、彼女は即降板となり、その後に退職を余儀なくされた。社会的地位や責任、知名度が高くなればなるほど、DUIで逮捕された事実が人々に与える衝撃も失うものも大きくなる。

ウッズが発見された際、「車内で眠っていただけで、ハンドルは握っていなかった」という本人の弁が報道され、それを受けて日本では「だから(ウッズは)悪くない」という意見すらSNS上では見受けられた。

とは言え、ウッズ自身がハンドルを握って発見場所まで辿り着き、なんとか道の右端に車を寄せたところで眠りに落ちたことは、エンジンがかかったまま、ウインカーも出たままで、2本もタイヤがパンクし、ボディも傷だらけになっていたメルセデス・ベンツが物語っている。警察の即時の尋問、そして「とんでもないことをした」とウッズ自身が記した声明を考え合わせれば、尋常ではないことが起こったことは明白だ。

ウッズが声明で明かした「処方された薬の予期せぬ反応」に対しても、日本では「手術後の痛み止めの薬なら仕方ない」「日ごろからとんでもないプレッシャーにさらされているんだから仕方ない」といった擁護の声もあった。

しかし、ドラッグ中毒がはびこり、そして圧倒的な車社会である米国では、だからこそDUIという規定が存在しており、アルコールか薬か、いずれであっても、その影響下でハンドルを握っては絶対にいけない。「DUIはアウト」は米国では子供でも知る常識なのである。

「DUIを未然に防ぐための相談は〇〇法律事務所へ」といった看板は、米国のフリーウェイ沿いには数えきれないほど立っており、アルコールや薬の依存症は絶対に治すべきものと広く認識されている。だからこそ憧れのスターがDUIで逮捕されたとなれば、「大好きだったのに、DUIだなんて......」とファンは落胆し、裏切られた気持ちになる。

たとえそれが処方薬だったとしても、依存症ではなく予期せぬ反応だったとしても、である。市販の風邪薬にだって「飲んだら運転するな」という注意書きはある。強い薬を摂取していた際にハンドルを握ったという時点で、プロ意識を欠いたウッズの行為はトップアスリートしてはあまりにも残念。運転中に誰かを死傷させなかったことは不幸中の最大の幸い――米国の人々のほとんどはそう感じているというのが、とりわけこの7週間、私が米国で最も痛感したことだ。

「過去の人」になるのか

では、米ゴルフ界はウッズをどう見ているのか。帝王ジャック・ニクラスは、こう言った。

「今、タイガーが直面しているプロブレム(問題)は、ゴルフ・プロブレムではなく、ライフ・プロブレムだ」

「ゴルファーとしてではなく、まず人間として、社会復帰することに集中してほしい」

「そのためのサポートは惜しまない。タイガーは大勢の人々の助けを必要としている」

ニクラスの言葉は、もはや「優勝」とか「メジャー何勝」といったゴルフ界の偉大な勇者に対するものとは縁遠く、社会的な弱者に手を差し伸べよう、温かく長い目で見守ってあげようというニュアンスだった。

かつてのツアー選手仲間で、現在はTV解説者として活躍しているポール・エイジンガーは、全米オープン(6月15~18日)前週に『FOXテレビ』のスポーツ番組に出演した際、「タイガーと親しい友達は少数だが、その中には『タイガーは以前から薬の問題がある』と言っている選手たちがいる」と語り、さらに意見も述べた。

「知っていて口をつぐむことも、それぞれの判断だが、薬の中毒は大きな問題。タイガーがそうであるならば、誰かが介入して(止めて、治して)あげたほうがいい」

米国のゴルフファンの声はもちろん様々だが、たとえば全米オープンでボランティアを務めていたウィスコンシン州内の高校ゴルフ部の学生たちは、こんな具合だった。

「タイガーがドラッグをやっていてDUIで逮捕されたと聞いて、とてもがっかりした」

「僕らの憧れは、以前はタイガーだったけど、今はリッキー・ファウラー。もう、タイガーに憧れることはない」

「僕らの中で、もうタイガーは過去の人だ」

8月9日、裁判所に出廷するウッズの姿はまた大きく報じられることになるだろう。だが、偉大なるゴルファー、タイガー・ウッズがゴルフの世界に戻ってくる姿を果たして私たちはもう1度、見ることはできるのだろうか。

帝王ニクラスは、「いろんな問題と向き合うタイガーが、こういう状況になってから復帰することは、かなり難しい」と言う。だが、それでも一縷の望みを、こんな言葉に込めた。

「彼なら、もしかしたら戻ってきてプレーするかもしれない」――。

そう、ウッズがこのまま過去の人になってしまうとしたら、それはあまりにも残念でならない。

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舩越園子

在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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(2017年7月18日フォーサイトより転載)

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