ティラーソン米国務長官「生殺し」の理由--渡部恒雄

11月ぐらいから、レックス・ティラーソン国務長官更迭の話が浮上してきているが、なかなか動かない。

11月ぐらいから、レックス・ティラーソン国務長官更迭の話が浮上してきているが、なかなか動かない。アジア歴訪前のドナルド・トランプ大統領は、11月2日に放送された『FOXニュース』のインタビューで、大統領の任期中はティラーソン氏を国務長官に留めるつもりかとの質問に対して、「わからない。状況を見守ろう」と応じている。その後、12月になってからもティラーソン更迭の話がワシントンで大きく持ち上がるが、政権側がそれを否定するコメントを出して、現在に至っている。

一方で、ティラーソン氏が今後、長期にわたって国務長官であり続けることはないだろうということは、あきらかである。焦点は、彼の更迭がいつなのかという点だけである。トランプ大統領もその側近も認めているように、トランプ政権の外交は、国務省や国務長官ではなく、トランプ大統領とホワイトハウスによって行われるべきものである。

そもそも国務省は、トランプ大統領が体現する「トランピズム」が嫌悪するエリートでエスタブリッシュメントの巣窟である。これは、かつて日本で外務省バッシングが起こった際にメディアを通じて伝播された「世界中で高いワインを楽しむエリート」への反発のようなものが背後にあるのかもしれない。

基本的意見は一致

日本では、北朝鮮政策をめぐる立場の違いが、トランプ大統領とティラーソン国務長官の確執の原因だとの見方が支配的である。ティラーソン国務長官の北朝鮮との対話重視姿勢が、トランプ大統領の圧力重視方針との軋轢を生んだために更迭説が浮上、という流れで報道され、いかにも、ティラーソン更迭と北朝鮮への軍事攻撃が連動しているような報道、論説をみかけるが、それは物事の一面しかみていないような気がする。

もちろん、トランプ大統領とティラーソン国務長官の北朝鮮への立場は異なり、過去に北朝鮮への対応をめぐって何度も軋轢を起こしている。しかし忘れてはいけないのは、トランプ大統領が信頼を置いているジョン・ケリー大統領首席補佐官、ジェームズ・マティス国防長官、ハーバート・マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官も、北朝鮮政策においては、圧力をかけ、軍事的手段も排除しないが、対話も排除しないという意見であり、ティラーソン国務長官と一致しているという事実だ。

政権内のパワーバランスを考えれば、軍事攻撃を決定する際に邪魔になるのはティラーソン国務長官ではなく、むしろプロゆえに軍事力の使用に慎重な軍人グループだ。レームダックのティラーソン国務長官の抵抗など、ほとんど影響はないだろう。

ティラーソン国務長官は12月12日、ワシントンでの講演後の質疑応答で、北朝鮮との前提条件なしの対話を提案して話題になった。だが、3日後の15日には国連安全保障理事会の閣僚級会合で発言を従前通りに修正しており、日本の河野太郎外相に対しても、12日の発言が誤解を呼んだことを釈明している。12日の「前提条件なし」の意味は、米国が北朝鮮に示している条件ではなく、北朝鮮にとって有利な条件ありきで対話のテーブルに着くことはない、との趣旨だったと説明したようだ。

ティラーソン国務長官も難しい立場に置かれており、その前の苦しい欧州歴訪(12月4~8日の歴訪真っ只中の6日、トランプ大統領がエルサレム首都承認宣言を行った)を考えると、トランプ大統領に対しての不満は大きいはずで、発言のブレにはかなり同情の余地がある。

国務省内でも不評

そのティラーソン国務長官の欧州訪問は、メディアでは「さよなら旅行」といわれており、欧州側も、すでにティラーソン国務長官以外のマティス国防長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官、ケリー首席補佐官らとのコンタクトをヘッジしているということが報道されていた。

12月3日付の『ロイター』は、「U.S. allies fret as 'guillotine' hangs over Tillerson」として、ティラーソン国務長官はギロチンの刃の下で欧州を訪問するという記事を書いている。

ティラーソン国務長官が長続きしないだろうということは、7月にいったん辞任を決意した際にマティス国防長官らに慰留され、その際にトランプ大統領を「モロン(低能)」と呼んだことと本人がそれを公に否定しなかったことで2人の決裂が表面化し、衆目の一致する見方となっていた。

また、ティラーソン国務長官は国務省内からも不評である。そもそもは本人の責任だけではないが、彼が会長兼CEO(最高経営責任者)を務めたエクソンモービル社のような企業流に国務省の人事改革を行おうとしたことが、結局うまくいかず、機能不全と士気低下をもたらしていることはあきらかであり、この点からも、更迭は時間の問題だという事実は変わらない。

「恥をかかせようとしている」

むしろ最近のメディアでは、ティラーソン氏がここまで国務長官職に留まってきた理由が取りざたされている。たとえば『CNN』は12月1日付の「White House wanted to publicly shame Tillerson, source says」という記事で、ティラーソン氏を上記のようなレームダックの影響力のない国務長官に留めておくことで、「彼に恥をかかせようとしている」というホワイトハウス筋のオフレコ発言を掲載している。ホワイトハウスのスタッフだけでなくトランプ大統領までもがかかわって、ティラーソン氏をしばらく国務長官に留め、決定的にノックアウトする機会を狙っているというのだ。

また、11月30日付の『CNN』は「Corker: State Department needs Tillerson」と題して、ティラーソン氏は国務長官に留まるべきだとのボブ・コーカー上院外交委員長のインタビュー記事を掲載しているが、12月2日に上院で税制改革法案の採決が行われた際、共和党で唯一の反対票を投じるなど、トランプ大統領個人と確執があるコーカー氏からの擁護は、当然のことながら焼け石に水といえる。

さらに、現実的な人事上の制約もある。現在、すでに国務長官の後任にはマイク・ポンペオCIA(米中央情報局)長官が想定されており、ポンペオ長官も国務省関係者のブリーフィングを受けているという報道もある。

しかし制約要因は、ポンペオCIA長官の後任である。前出の『CNN』記事「White House wanted to publicly shame Tillerson, source says」によれば、トランプ大統領自身は、アーカンソー州出身のトム・コットン上院議員が意中にあるようだ。しかし、12月12日、共和党の金城湯池であるアラバマ州の上院議員補選で、共和党のロイ・ムーア候補が民主党に敗れたために、来年からは、上院で共和党51対民主党49の、2票差だけの薄氷の過半数になった。

もしコットン上院議員がCIA長官に就任した場合、後任のアーカンソー州の補選で、アラバマ州のような誤算があれば、共和党は上院で過半数を失ってしまうという状況となる。

このあたりの調整を考えれば、ティラーソンを早々に切って後任で難航するよりは、ある程度時間をかけて後任人事を進め、レームダック化したティラーソン国務長官に「恥をかかせる」方が、さまざまな意味で合理的なのかもしれない。

人事は来年から

たとえば、トランプ大統領は12月6日、エルサレムの首都承認宣言と同時に、米国の駐イスラエル大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移す手続きを正式に行うように指示すると演説した(ただしその直後に、歴代大統領と同様、1995年に議会が可決した「エルサレム大使館法」の適用を6カ月免除する大統領令にも署名。そのため、実際には当面は移転されない)。これにより、パレスチナやアラブ諸国で反米デモが起こり、テロのリスクも上がっている。

12月6日の大統領の宣言の数時間前、ブリュッセルのNATO(北大西洋条約機構)外相会議に参加していたティラーソン国務長官は、宣言を知らされた後の記者会見の席で、中東和平は可能である、という苦しい言い訳をしている。

その後も、欧州で同盟国から大使館移転への懸念への聞き役という難しい立場に置かれた。まさにトランプ大統領に梯子を外されたのである。しかも、そもそも中東和平の責任は、本来であれば外交責任者であるべき国務長官のティラーソン氏には与えられず、トランプ大統領の女婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問がその任に就いている。それでいて、中東で危険にさらされる国務省職員の安全の責任はティラーソン氏にあるのである。

ティラーソン国務長官が、トランプ大統領個人の信任を失ったことは間違いない。しかし、クビを切るだけが不信任の表明とは限らない、というのがトランプ大統領側の理屈なのだろう。その分、米国外交への信頼は傷つくことになるのだが、そもそも、トランプ大統領はそのようなことは気にしていないはずだ。彼は、あくまでも「自分ファースト」であり、そのあたりの大統領の特殊なメンタリティーが、不自然な国務省人事の背後にあるような気がする。

そもそもジェフ・セッションズ司法長官とトランプ大統領の関係も悪化しているが、だからといって、後任人事も含め、簡単には動いていない。現在のところ、優先順位はあきらかに議会での税制改革法案の成立であり、これが一段落する来年から、人事が動くのかもしれない。(渡部 恒雄)

渡部恒雄 わたなべ・つねお 笹川平和財団特任研究員。1963年生れ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』など。

(2017年12月20日フォーサイトより転載)

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