「不適切会計」に揺れる「東芝」を蝕む歴代トップの「財界総理病」

連結売上高6兆8500億円(2015年3月期予想)の巨大企業『東芝』が、28年前の「ココム(対共産圏輸出統制委員会)」違反事件」以来の深刻な危機に直面している。
YOSHIKAZU TSUNO via Getty Images

連結売上高6兆8500億円(2015年3月期予想)の巨大企業『東芝』が、28年前の「ココム(対共産圏輸出統制委員会)」違反事件」以来の深刻な危機に直面している。証券取引等監視委員会(SESC)への内部通報で発覚したインフラや半導体分野の「不適切な会計処理」で、一時は上場廃止の観測も飛び交い、例によって財務当局と東京証券取引所の"お目こぼし"で最悪の事態を免れたのも束の間、今度は海の向こう米国で株価急落に対する損害賠償訴訟の準備が始まった。非常事態に際して、2年前の就任以来、存在感のなさを指摘され続けてきた社長の田中久雄(64)は右往左往するばかり。4代前の西室泰三(79)以後の歴代社長が未だに「わが物顏」で社内を闊歩する旧態依然の序列意識が、「無責任」の経営風土を醸成してきたといえる。

詳細な「内部告発」で発覚

「隠し続けてきた"会社の劣化"が一気に露見してしまった」

東芝の電力・社会インフラ部門のある中堅幹部は、「不適切会計」発覚の第一報を耳にした時、こう思ったという。

関係者によると、SESCへの内部通報があったのは今年1月。「前社長(佐々木則夫=66)時代に手がけていたインフラ関連事業の会計処理に不正行為があった」という内容の電話が、情報提供窓口(いわゆるホットライン)に掛かってきたとされる。通報者の情報はかなり精度の高いものだったようで、ここからSESCの調査が始まり、この手の告発では「かなりテンポの良い運び」(ビジネス法務に強い弁護士)で事態は進展。「不適切会計」の疑いを突きつけられた東芝があたふたと公表したのが4月3日だった。

「不適切な会計」とは、一口でいえば「粉飾決算」のこと。企業が故意に業績内容を操作して実際より経営実態を良く見せる行為で、2004年に実際には債務超過だったのに「資産超過」に見せかけたカネボウのように、悪質な場合は上場廃止になる。今回東芝のケースでは、電力関連のインフラ工事での工事進行基準(工事の進捗状況に合わせて各期末に収益を計上する制度)の逸脱行為や半導体、テレビ事業での在庫の過大評価などが取り沙汰されている。

「当社(単独)の2013年度における一部インフラ関連の工事進行基準に係る会計処理について、調査を必要とする事項が判明いたしました」

これが、今回の不祥事について東芝が発した第一声である。

この時点では、不適切会計の対象を「2013年度」の「インフラ関連工事」と限定し、調査期間も「1カ月程度」とタカをくくっていた。何よりニュースリリースの中で、調査に当たるのは会長の室町正志(65)を委員長に社外取締役や法務・監査担当執行役らで構成する特別調査委員会であり、日本弁護士連合会のガイドラインに基づく「第三者委員会の形態は採用せず」とわざわざ言及していたのである。

ところが、周知のように、内輪のメンバーによる特別調査が始まると「不適切会計」が湧くように噴出。5月8日に同社は2015年3月期業績予想の取り下げと期末無配を発表し、13日には修正期間が2012年3月期から14年3月期までの3年間にわたり、営業損益ベースで合計500億円強の過年度修正が見込まれることになったことを情報開示。さらに15日夜、社長の田中は緊急会見を開いて不適切会計の件数が9件に及んだと公表、元東京高検検事長で弁護士の上田広一(71)を委員長とする第三者委員会の設置を決めたことを明らかにした。

その後も事態はエスカレート。田中の緊急会見から1週間後の22日には期間が2011年3月期から5年間に、対象事業がほぼ全事業にそれぞれ拡大することを発表。29日に田中は再び会見を開き、金融商品取引法が定める有価証券報告書の提出期限の2カ月延長を関東財務局に申請し、決算報告などを行う臨時株主総会を9月下旬に開催する方針を表明したのである。

歴代首脳に株主訴訟か

「不適切会計」問題が明るみに出て以来、当然のことながら東芝の株価は急落した。問題公表前日(4月2日)終値は513円だったが、無配発表の4日後の5月12日には一時375円にまで下落。このころは「上場廃止」のウワサも飛び交っていた。ただ、29日の田中の会見で、有報提出期限の2カ月延長と9月下旬の決算総会という「極めて異例の手順」(市場関係者)を財務当局と東証が承認したことで、ひとまず「上場維持」の流れとなり、株価下落には歯止めが掛かった。6月5日現在、449円にまで持ち直している。

とはいえ、東芝経営陣が枕を高くして眠れるようになったわけではない。6月に入り、『ワクテル・リプトン・ローゼン&カッツ』や『ポメランツ・グロスマン・ハッフォード・ダールストロム&グロス』といった米有力法律事務所が、今回の「不適切会計」問題発覚後の株価下落で損害を被った株主に損害賠償訴訟への参加を呼びかけているというニューヨーク発の通信社電が流れた。問題公表から2カ月間で東芝が失った株式時価総額は約2700億円。今後の成り行き次第で株価が再び下降線をたどるようになれば、室町、田中以下の現経営陣だけでなく、前社長で取締役副会長の佐々木、さらに佐々木の前任社長で2014年6月まで取締役会長だった西田厚聰(71)も株主訴訟の脅威にさらされることになるのだ。

歴代首脳間の軋轢

前述した「会社の劣化」を指摘した中堅幹部によると、巷間いわれているように、今回の「不適切会計」問題の背景には西田、佐々木の歴代社長同士の軋轢があった。

西田は社長在任中の2005年に54億ドル(当時の為替レートで6210億円)を投じて米原子力大手ウエスチングハウスを買収したのに続き、2006年にはNAND型フラッシュメモリーの新工場建設へ5000億〜6000億円を投じる計画をぶち上げた。一方で東芝セラミックスや東芝EMI、東芝不動産といった子会社を売却して「選択と集中」を進めたものの、2008年のリーマン・ショック、さらに2011年の東京電力・福島第1原子力発電所事故により、西田の戦略はことごとく裏目に出る。2009年3月期にライバルの日立製作所が7873億円の最終赤字を計上して注目を集めたが、東芝も同期に3436億円の赤字に転落している。

2009年に西田は佐々木に社長の座を譲ったが、その後も実力会長として君臨。原子力畑一筋の佐々木が西田のプレッシャーのためか、「稟議書を何度も突き返す」(同社首脳)といった部下へのパワハラが社内で問題化すると、西田は社長留任を望む佐々木に三行半を突きつけ、2013年6月に副会長に棚上げする。そして後任社長に調達部門出身で腹心の部下だった田中を抜擢、自らは会長に留任するという変則人事を断行した。

佐々木の社長時代、業績をめぐる西田との暗闘は語り草になっている。田中の社長昇格と佐々木の副会長就任を発表した2013年2月26日の記者会見では、「東芝を成長軌道に乗せた」「乗せてない」で佐々木と西田が言い合いになり、それから3カ月後には西田が週刊誌の夜回り取材を受けて、「彼(佐々木)は年度の初めに立てた売上目標を1度も達成したことがない」などと痛烈に批判し、それが暴露記事として掲載されたことまであった(「週刊現代」2013年6月1日号)。

今回の「不適切会計」問題に火をつけたSESCへの内部通報が、「前社長時代に手がけていたインフラ関連事業の会計処理」を名指ししていたのは、会長の西田が社長の佐々木に業績向上を厳命し、社長がこれまた各部門長に圧力をかけていたという当時の東芝社内の状況を彷彿とさせる。

「財界総理」になりたいがため

2013年6月の首脳人事で西田が会長に留任したのには、もう1つ重要な理由があるといわれている。石坂泰三(1886〜1975年)、土光敏夫(1896〜1988年)以来、東芝から3人目となる経団連会長への就任を目論んでいたのだ。

2014年6月に退任が予定されていた前経団連会長の米倉弘昌(78)は首相の安倍晋三(60)との不仲で有名だったが、財界でも極めて不人気だった。その米倉が後任候補として唯一人、白羽の矢を立てた日立製作所会長(当時、現相談役)の川村隆(75)が早い段階から頑なに就任を固辞していたことは広く知れ渡っており、孤立していた米倉に次の一手がないことが、経団連関係者の間でしばしば懸念されていた。

そんな中、自らの知性と決断力に自信を持つ西田が、4年前に逃した「財界総理」の座に強い未練があったことを東芝の役員フロアで知らないものはおらず、2013年6月の人事が現役の会長または社長が資格者となる次期経団連会長レースを意識したものであることは、暗黙の了解事項だった。キヤノン会長兼社長の御手洗冨士夫(79)が退いた2010年5月の経団連会長人事で、西田は有力候補の1人だったが、その西田の前任社長だった岡村正(76)が当時、日本商工会議所会頭を務めており、有力ポストを同じ企業から出すことに財界内に強い拒否反応があったため、東芝からの3人目の「財界総理」は実現しなかったという経緯がある(2011年1月19日「東芝『選択と集中』の立役者・西田会長の孤独」参照)。

「最もふさわしくない人物」

ただ、その後の東芝首脳の動向を注視していると、現役の経営陣の求心力を失わせる複雑な権力の構図が浮き彫りになってくる。確かに佐々木を事実上更迭した後の田中体制は西田の「院政」といわれているが、その西田でさえ、逆らえない存在がいまだに東芝には控えている。1996~2000年に社長を務めた西室である。

今年12月に80歳となる西室は、現在も日本郵政社長の要職にある。2000~2005年に東芝会長を務めた後、2005~2010年には東京証券取引所会長(2005年12月にジェイコム株の大量発注ミス事件で当時の鶴島琢夫社長が引責辞任した後、2007年まで社長を兼務)などを歴任。権力に逆らわず、ひたすら恭順の姿勢を貫くため、永田町や霞が関の評判はすこぶる良い。

官邸の主である安倍や官房長官の菅義偉(66)と昵懇の間柄であることはつとに有名で、2012年末の自民党の政権奪取後に菅が当時の日本郵政社長、坂篤郎(68)を解任して西室を後任に担ぎ出したことは、政財界関係者の間に強い印象を残した。昨今では今年2月、今夏に政府が発表する戦後70年談話に関する有識者会議の座長に西室が指名されたことも記憶に新しい。

そんな西室に危惧を覚える財界人は少なくない。ある大手証券会社幹部は、西室が東証社長時代の2006年、ライブドアによるニッポン放送株の大量取得問題に際して、時間外取引などの奇策を繰り出した東証マザーズ上場(当時)のライブドアを見せしめ的に市場から追放した一方、翌07年に起きた日興コーディアル証券の粉飾決算事件では、「西武鉄道やカネボウに比べて悪質の度合いが小さい」(当時の西室のコメント)として上場維持を決めたことなどを例に挙げ、「市場の番人として最もふさわしくない人物だった」と批判する。

ポストにしがみつく理由

現在、西室は日本郵政のトップとして、持ち株会社である日本郵政と子会社のゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社同時上場の実現に向けて邁進している。だが、外資系証券の有力アナリストは、ゆうちょとかんぽの2社が日本郵政のもう1つの子会社である日本郵便に合計で年約1兆円の代理業務手数料を支払っていることを示しながら、「この巨額の手数料が親会社の日本郵政に恣意的に決められた場合、支払う側の2社の少数株主の利益が損なわれる」として、日本郵政の親子上場に「利益相反」の恐れがあると説明する。

ほかにも、「親子上場は子会社の経営や財務の自由度が、親会社の意向で制限されかねないという懸念がある」(2015年4月4日付日本経済新聞社社説「郵政上場の不透明感はまだ消えない」)といった指摘が相次いでいる。前出の大手商社幹部は、「東証会長、社長を5年も務めた人が『利益相反』を理解できないというのは日本のマーケットの後進性を改めて強調しているようで恥ずかしい」と酷評する。そして、ここに至っての東芝の「不適切会計」問題である。

「『老害』と陰口を叩かれていることを承知で、それでも西室さんがポストにしがみつくのは、"財界総理"になりたいという思いがいまだに強いからだろう」

日本郵政社長に西室が就任した2年前、東芝の元役員はこんな感想を吐露していた。

東芝の歴代社長は、1992年に就任した佐藤文夫(86)以降ほとんど任期4年で交代しているが、唯一2000年に就任した岡村だけが5年在任した。本来の交代期である2004年当時、パソコン部門などが不振で、岡村は「リストラをやり遂げる」ことを留任の理由としたが、実際は2001年から経団連副会長を務めていた西室が、「相談役になれば次期経団連会長候補の資格を失うのを嫌がって岡村さんを留任させた」(前出の元役員)といわれている。

すでに触れたように、2010年のポスト御手洗の経団連会長選びで西田が有力候補として取り沙汰された際、岡村がもう1つの財界有力ポストである日商会頭の座にあったことが西田の落選理由になった。本来なら「財界総理」は東芝が総力を挙げて取りに行くべきものであり、西室と岡村、西田の間で「いざという時は岡村が日商から引き揚げる」という合意がなされているともいわれていた。ところが、その「いざという時」に肝心の西室が動かなかった。「東芝から3人目の財界総理」は西田でなく自分だという自負がそうさせたとの見方は、東証や日本郵政などその後の財界ポストへの執着の強さを目の当たりにすれば説得力がある。

現場と経営中枢の乖離

「3.11後の電力インフラ市場で最も潤ったのは東芝」というのが重電業界の定説になっている。福島第1原発の事故後に設置された汚染水浄化装置「ALPS(Advanced Liquid Processing System)」や、東京電力が導入しつつあるスマートメーター(次世代電力計)をことごとく東芝が受注。「経産省は"官製談合"スレスレの手法で東芝に便宜をはかっている」(外資系重電メーカー関係者)との声も上がっているが、こうした霞が関の「東芝贔屓」も、元をたどれば西室の国内外の政財界人脈に行き着くといわれている。

だが、周知のように、ALPSは当初から故障続きで稼働に難があり、スマートメーターも「不具合だらけでほとんど機能していない」(関係者)と評判は散々だ。

今回の「不適切会計」問題では、過年度の利益計上で修正が必要な部門として、電力インフラ事業が真っ先にやり玉に上がっている。"会社の劣化"を自覚していた現場の社員に対し、担当部門長らは目先の損益ばかりに意識が行っていた。東芝を蝕んだのは現場と経営中枢の乖離であり、その土壌は「財界総理病」に冒された歴代社長が育んできたのである。(敬称略)

杜耕次

ジャーナリスト

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(2015年6月10日フォーサイトより転載)

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