トランプ「アジア歴訪」総決算(中)噛み合わなかった米中「対北」「貿易」問題--井尻秀憲

”28兆円商談”のカラクリ

11月5日のゴルフの際に、ドナルド・トランプ米大統領は安倍晋三首相に次のように話しかけたという。「シンゾー、あのアイデアは素晴らしい。まさにナイスショットだ。中国も北朝鮮問題について考えを変えるだろう」。

プロゴルファーの松山英樹選手が300ヤードを超えるショットを打つ中、トランプ大統領が讃えたのは、安倍首相が提唱する「自由で開かれたインド太平洋戦略」だった。これは、日米とオーストラリア、インドの4カ国を軸に、アジアからインド洋を経て、アフリカに至る地域の安定と成長を目指すというものだ。翌6日の首脳会談で日米共通の外交戦略として合意され、記者会見でも披瀝された(『日本経済新聞』11月7日)。

この戦略は、「一帯一路」の新シルクロード構想によって、中国のインド洋への経済的軍事的進出に懸念を抱くインドのナレンドラ・モディ首相と安倍首相との間で培養されてきた。トランプ大統領が漏らしたように、「南シナ海やインド洋での中国の影響力拡大を抑止するのが最大の狙い」(日本外交筋)と言える。

中国の対応次第

トランプ政権では、ハーバート・マクマスター米国家安全保障担当大統領補佐官、ジェームズ・マティス米国防長官、レックス・ティラーソン米国務長官などの安全保障チームがアジアの同盟国からの信頼を得ており、中国に気を配りすぎたオバマ政権のスーザン・ライス前米大統領補佐官やジョン・ケリー前米国務長官よりも評判が良い。

ホワイトハウスは何カ月も前から、中国に対するより強い対応を謳うアジア戦略の策定に取り組んできた。そこでは「略奪的経済・貿易大国」と中国をとらえている。トランプ大統領は年間5000億ドルにのぼる米国の対中貿易赤字について不満を述べており、この赤字の削減を、最も重要な経済目標の1つに据えると誓ってきた。

ティラーソン国務長官を含む米国政府高官は、安全保障・経済両面での中国に対する防波堤としての「インド太平洋」同盟において、インドと日本が「同盟国」となると述べてきたという(マイケル・グリーン著「トランプのアジア歴訪で中国包囲網を築けるか」『ニューズウィーク日本版』11月2日号)。

高官らは、12カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱したことで、トランプ大統領がアジア地域における米国のリーダーシップを放棄したかに見られることを解消しようとしてきた。ティラーソン国務長官は10月、各国は「一帯一路」構想の一環としての中国からの低利融資に誘惑されており、その結果いずれは、中国が他国における重要な戦略産業資産に対する主権を持つようになる、と警鐘を鳴らした。米国は現在、インドに売却する高度な軍用装備品のメニューについて検討している。

アメリカのアジア政策が具体的な戦略を欠く中、日本などが準備していた対中戦略に乗ってみることは、トランプ政権にとっても有益だったのだろう。マティス国防長官は10月末に東南アジアを歴訪し、中国に対するASEAN(東南アジア諸国連合)諸国の結束を促したうえで、貿易に欠かせない交易路を通る航行の自由と主権の重要性を強調した。中国が南シナ海で物議を醸す軍事施設を備えた人工島を建設していることに、間接的に言及したコメントだった(『フィナンシャル・タイムズ』11月1日)。

ティラーソン国務長官は、「我々は、北朝鮮の政権交代、崩壊、朝鮮半島の早期統一や米軍の派遣を望んでおらず、外交努力で問題を解決したい」と述べていた(『ニューズウィーク』10月16日)。アメリカの『CBSニュース』が報じたトランプ大統領のツイートは、「1つの方法だけが功を奏する」(軍事的手段だけしか残っていない)だったが、それは最後の手段であり、先制攻撃もありえない。北朝鮮の核・ミサイル問題の解決策の結論は、中国の対応の仕方によって変わってくる。

立場の違い

11月8日に北京に飛び込んだトランプ大統領を、中国が「国賓以上」の厚遇で迎えたことに世界は注目した。共産党第19回党大会で、毛沢東に近づく権力を得て「強国」路線を掲げる習近平中国国家主席は、明・清時代の王宮だった故宮(紫禁城)を貸し切りにして、トランプ大統領を接遇した。故宮に招いたのは初めてで、トランプ夫妻は京劇を鑑賞したのち、夕食会に臨んだ。習主席は中国の歴史と文化をアピールし、「現代の皇帝」としての威信を示す狙いをこめていた、と言えよう(『時事通信』11月8日、『読売新聞』11月9日)。

翌9日、米中両首脳は北京の人民大会堂で会談した。北朝鮮の核・ミサイル開発の問題に関して、共に解決を目指すことで一致したものの、「残された時間が少ない」として迅速な行動を主張するトランプ大統領と、「対話による解決」の重要性を訴える習主席との立場の違いが浮き彫りになった。

トランプ大統領は記者会見で、「すべての責任ある国家は連携し、残忍な北朝鮮への武器供給、金融取引、貿易をやめなければならない」とし、北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止するため、中国やロシアへの一層の圧力強化を促した。これに対し習主席は、「米中両国は、国連安全保障理事会が採択したすべての制裁決議を全面的に厳格に履行していくことで一致した」と語った。

習主席はさらに「双方が引き続き安保理制裁決議を全面的、厳格に履行を続ける。同時に、対話と交渉を通じて、朝鮮半島の核問題の解決に尽力する」と述べたが、圧力強化の具体策は示さなかった(『NHK NEWS WEB』11月9日)。

「28兆円」のカラクリ

両首脳はまた、貿易不均衡の解消に向けた動きの一環として、米中両国企業が総額約2500億ドル(約28兆円)の商談を成立させ、政府間で覚書に署名したことを明らかにした。中国メディアは「世界の経済貿易協力の史上最高記録だ」と報じたが、『ブルームバーグ通信』(11月9日)はこの覚書について、拘束力がほとんどなく、すべての合意事項を実現させるには数年かかる、との見方を伝えた。

ただこれにはカラクリがあり、覚書の中には過去から存在した案件もあれば、新たに登場した案件のすべてが署名されるとも限らない。中国商務省は9日午前の記者会見で、米中企業がそれまで覚書に署名したのは、総額82億ドル(約9200億円)と公表した(『NHK NEWS WEB』11月9日)。つまり会見の内容は、米中両首脳が2500億ドルの商談が成立したという「演出効果を狙った」ことは間違いない。

一方、トランプ大統領に随行していたティラーソン米国務長官は、「海洋問題での米国の立場は変わっていない」と話し、トランプ大統領が国際法の尊重や航行の自由、人工島の非軍事拠点化を求めたことを明らかにした。

これに対し習主席は、「太平洋は米中両国を受け入れるのに十分な大きさがある」と語り、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋戦略」を念頭に、中国の影響力拡大に対抗する動きを牽制した(『読売』11月10日、『NHK NEWS WEB』11月9日)。これに対しトランプ大統領は無言だった(『日経』11月10日)。直接的な「中国批判を避けた」ようだ。

中国の国営メディアは、「米中首脳は両国関係での新たな青写真を描きつつある」と評価し、共産党機関紙『人民日報』傘下の『環球時報』は、論説で「中国は北朝鮮との関係を犠牲にして、最大限の努力をした。......(トランプ大統領は)これ以上要求することはできない」と報じた(『ロイター通信』北京電、11月10日)。北朝鮮問題の解決はこれから正念場を迎えるのだが、中国メディアは相変わらず自国に都合の良い報道で終わっている。(つづく)

井尻秀憲 1951年、福岡県生まれ。東京外国語大学名誉教授。同大学中国語科卒業。同大学大学院を経て、カリフォルニア大学バークレー校政治学部大学院博士課程修了。政治学博士(Ph.D.)。神戸市外国語大学助教授、外務省在北京大使館専門調査員、筑波大学助教授、東京外国語大学教授、同大学大学院教授などを歴任。著書に『アメリカ人の中国観』 (文春新書)、『李登輝の実践哲学―五十時間の対話』(ミネルヴァ書房)、『迫りくる米中衝突の真実』(PHP研究所)、『中国・韓国・北朝鮮でこれから起こる本当のこと』 (扶桑社BOOKS)、『アジアの命運を握る日本』(海竜社)などがある。

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(2017年11月20日
より転載)

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