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トランプに「好感」を抱く中国人の心象風景を読む

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トランプ大統領の誕生について、世界は悲喜こもごもだが、総じていえば、中国人はかなり喜んでいるように見える。その理由は2つありそうだ。1つは、トランプがオバマやヒラリーのように、リバランス(戦力の再配置)政策やTPP(環太平洋経済連携協定)などによる中国封じ込め政策によって中国を苛めなさそうであること。

そしてもう1つは、トランプという人間を本質的に中国人は好きなのではないか、好感を抱けるキャラなのではないか、という気がすること。

中国では、この米大統領選期間中、ネットユーザーは選挙の行方に強い関心を払い、開票速報を追いかけた。中国版ツイッター『微博』では常に米大統領選関連の話題のつぶやきがトップにランクされた。

そして、中国人の多くは感情的にトランプを応援していたようだ。

中国人は自分たちで民主主義を楽しむことができない分、かなり外国の選挙を詳細に観察して娯楽としているクセがある。日本の選挙や台湾の選挙も大好きである。しかしそれにしても今回の米大統領選に対する好奇心の大きさは、過去にあまりないものだったように見えた。

「我々は、米大統領選のこの日、とうとう全国民が選挙に参加できた」

そんなネットユーザーの皮肉たっぷりのつぶやきが『微博』に流れ、大量のリツイートをされたりもした。

ある種の愛嬌があるニックネーム


ところで、中国語では、トランプのことは「特朗普」と書く。発音は「te-lang-pu」である。一方、台湾や香港では同じ中国語でも「川普」である。こちらの発音は「chuan-pu」である。日本語的には、トランプは「特朗普」に近いが、英語の発音からすれば「川普」のほうがより正確である。

外国人の人名は、中国と台湾・香港との間で違うこと意外と少なくない。例えば、香港で使っている広東語の発音に基づいて命名されてしまうと、余計にややこしくなる。さらに、中国と台湾は同じ標準語(普通語、北京語)の発音で命名するのだが、それぞれがすりあわせてやっているわけではないので、時々、中国、台湾、香港などで3種類の名前が出てくることになる。

英国首相だったサッチャーなどは中国では「撒切尔」だったが、香港で「戴卓爾」になり、「台湾では「柴契爾」と三者三様になってしまって本当にややこしい。

今回、中国のネットユーザーたちの間では、トランプのことを「特朗普」でも「川普」でもなく、「床破」(chuan-po)と呼ぶことが流行った。これは「床破」の発音が「川普」に近いことで当て字をしたものだが、「床が破れる」という表現がどことなくユーモラスで、女性関係の豊富さを連想させるところがある出来のいいあだ名で、かなり広く用いられている。語感としては決して批判的なニュアンスはなく、ある種の愛嬌を感じさせるニックネームである。

力への崇拝


中国人にとっては、トランプが圧倒的な成功者であることは、大きな加点である。多くの不動産を所有し、航空会社を運営し、プライベートジェットで世界を飛び回っている。

サッカーチームまで保有し、目もくらむような豪邸に住んでいる。中国人のすべてではないけれど、総じていえば、こういう派手な成功者に対しては、日本人ほどネガティブな受けとめ方はせず、素直にすごい、羨ましいと考えるところが中国人にはある。中国の書店で並んでいる本を見れば、成功者のストーリーが大好きなのは一目で分かる。だから成功者としてのトランプを中国人は好きである。

また、歴史的に前政権を完全に否定する「易性革命」を繰り返してきた中国人は、本能的に、権力に立ち向かう人物を応援するところがある。毛沢東のスローガン「造反有理」(謀反にこそ理がある)に大衆が熱狂したことも記憶に新しい。いわゆる東海岸の権威や常識に真っ向から挑戦するようなトランプの言動に、中国人は「不虚偽(嘘くさくない)」と拍手喝采を送っているのである。

同時に、トランプ自身の価値観としての実力主義的、あるいはパワー優先の発想に中国人は共感するところが大きい。

例えば、トランプはロシアのプーチン大統領に対して賛辞を惜しまないが、いま中国で最も人気がある海外の政治家はやはりプーチンだ。ちなみに安倍晋三首相も、政府系のメディアからはかなり批判されがちだが、庶民レベルでは実は結構好かれている節がある。それは、安倍首相が日本政治のなかでいま圧倒的に強いからである。

力への崇拝。そんな感性が、中国人を引きつけるのだ。プーチン、習近平、そしてトランプ。力の信奉者である3人の顔ぶれによるフレンドリーな米中ロ3者首脳会談が実現したらどうなるだろうか。想像するだけで恐ろしいが、ワクワクもする。

1989年の天安門事件についても、1990年に『プレイボーイ』誌の取材を受けた時、トランプはこんな風に語っている。

「学生が過激になったとき、力によって押さえつけた。これはパワーの強大さを示すものだ。我が国家は現在のところ軟弱であり、世界の国々からつばをはきかけられるようになってしまっている」

この発言の真意を今回の大統領選挙キャンペーンのなかで突かれたトランプは、「(学生の鎮圧に)賛同したのではなく、シンプルに状況を描写したに過ぎない」と述べているが、そこは本音が出たという部分ではないだろうか。中国に対して、トランプは、ヒラリーやオバマのように人権や民主化をタテに取って攻め込んでくることは考えにくい。トランプ自身が人権というテーマに対しては冷淡な姿勢を取ってくる可能性が高いからだ。この点は、中国政府にとっては、かなり安心して付き合いやすい部分になるだろう。

思いもつかない「返し手」


そもそも、トランプが中国について「雇用を奪われている」「為替レートを不正に操作している」などと経済問題を中心に厳しい批判をしてきているので、中国を嫌いかと思われがちだが、実際はそうは見えない。

「中国のリーダーはタフで、狡い(狡さを肯定するトランプとしては褒め言葉として使われている)」

「中国人のやることは効率がよく、無駄な話はしない。世界最大の銀行である中国の銀行がヘッドクォーターをトランプタワーで借りているのだが、『今日の天気はいいですね』のような無駄話はしないで、『ミスター・トランプ、賃貸契約を延長したい』とすっぱりと切り出してくる。主題だけ話して、しかも、ちゃんと期限通り金も払う」

「(メキシコとのボーダーに壁を作る話について)中国は2000年前に1万3000マイルの長城を築いた。いま我々はメキシコとの間に1000マイルの壁を作ればいいだけだ。しかし、米国人はこれを無理なことだと考えてしまう。2000年前の中国人にも及ばないじゃないか」

ロジックはなかなか大雑把ではあるが、要するに、仕事ができる人間や実力がある相手を、トランプは好むということだ。中国がもしもこのトランプの性格を正確に把握したならば、中国にとってはフィリピンのドゥテルテ大統領に大判振る舞いの支援を表明したように、相手の望むものを与えて歓心を買って関係を構築する作戦に出るだろう。

経験不足の政治家ならばまんまと中国の手の平で転がされそうだが、ビジネスマンとしては百戦錬磨のトランプなので、そんな中国の作戦には思いもつかない「返し手」を用意しているかもしれない。

トランプという新しいキャラクターを得たことで、ここ何年か、競合的かつ対立的な局面が目立った米中関係は、まったく新しい、しかも予想もつかない局面に入っていく。面白くなりそうだ。

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野嶋剛

1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2016年11月14日フォーサイトより転載)