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トランプ外交「最優先」は「IS打倒」:「対中国」にあらず--伊藤俊幸

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トランプ氏が大統領に就任してから1カ月弱。1月27日には、特定7カ国国民の入国を制限する大統領命令(Executive order)に署名したが、このことは米国内外で大きな波紋を巻き起こし、日本のメディアも連日のように取り上げていた。

しかし、筆者には「木を見て森を見ず」の議論になっているように思える。入国制限やメキシコ国境の「壁」の建設だけが、トランプ大統領の外交政策ではないからだ。

では、トランプ外交が解決しようとする最重要課題とは何なのか。

実は、外交・安保に関する2つの文書が署名されている。

ひとつは同日27日に署名された「アメリカ第1の外交政策(America First Foreign policy)」であり、もうひとつは翌日28日に署名された大統領覚書(Presidential Memorandum)の「イラクとシリアの『イスラム国』打倒計画(Plan to Defeat the Islamic State of Iraq and Syria)」である(いずれもホワイトハウスのホームページで閲覧可能)。

因みに「大統領令」と呼ばれるものには、主に「大統領命令」と「大統領覚書」の2種類がある。

前者は既存の法律を変更、強化するためのもので、法律名を明示し、番号を振った上で連邦官報に掲載の義務が生じるのに対し、後者は法律の対象が曖昧でもよいとされている。既存の法律の枠組みを超えた命令と言い換えてもよいのかもしれないが、両者の効力は同じだとされている。

日本の報道は、入国制限措置などといった表層的な現象にとらわれすぎていて、大事なことを見過ごしているように思えてならない。

そこで今回は、この2つの文書を読み解くことで、トランプ外交の本質と日本の対応を探ってみたい。


「力による平和」で「イスラム国打倒」

まず「アメリカ第1の外交政策」から見ていこう。

まず冒頭で、トランプ政権は「アメリカの国益と安全に特化した外交政策(a foreign policy focused on American interests and American national security)」を公約している、とする。そしてその外交政策の中心とは「力による平和(Peace through strength)」だと言う。

その上で、「ISIS(イスラム国)や他のイスラムテロ集団を打倒することは我々の最優先事項である(Defeating ISIS and other radical Islamic terror groups will be our highest priority)」と高らかに宣言している。

そのためには、必要ならば「攻撃的な統合・連合軍事作戦(aggressive joint and coalition military operations)」を行うとともに、他国と協調してテロ資金源の根絶、情報の共有、テロ集団の宣伝と人材確保を妨害するためのサイバー活動を進める、という。

そして次に重視するのが、「軍の再建」だ。

海軍や空軍の規模が四半世紀前に比べると大幅に縮小してしまっていることに触れたうえで、「トランプ大統領はこの流れを反転させる(President Trump is committed to reversing this trend)」。

事実上の軍拡宣言だ。

日本の報道ではこの軍拡の部分だけが報じられ、前半の目的については、ほとんど無視されていると言わざるを得ない。

さらにその後に続く「古い敵を友とし(old enemies become friends)、古い友を同盟国とするとき、われわれは幸せである」という言葉は意味深長である。このことについては後述する。


30日以内に「打倒計画」素案の提出を

翌日1月28日の「大統領覚書」はもっと強烈である。

「イラクとシリアの『イスラム国』打倒計画」と題し、「アメリカ第1の外交政策」で打ち出した「イスラム国打倒最優先」をより具体的に進めるよう指示したものだ。

これによると、「イスラム国」は最も凶悪で攻撃的な存在で、彼らと交渉できる余地はなく、それゆえ「アメリカはISISを打倒するために決定的な行動をとらなければならない(The United States must take decisive action to defeat ISIS)」とする。

そのため国防総省は、ISIS打倒のための「素案(preliminary draft)」を30日以内に大統領に提出することを求められている。

その内容は「包括的な戦略と計画」であることはもちろん、今のアメリカはISISへの武力行使に関して国際法よりも政策上の規制があるため、これを変更することを推奨するなどしている。

つまり、アメリカの厳格な国内ルールを緩和しISISに対する武力行使をやりやすくする方法が求められているのである。


「リバランス」の「リバランス」

以上、2つの文書からわかることは、トランプ政権の外交政策の最優先事項は「イスラム国」の打倒であり、そのために軍備も増強するし武力行使も厭わない、という強硬な姿勢である。

しかもその目標を達成するためには「古い敵を友とする」、という。

「古い敵」とはもちろん旧ソ連、今のロシアだ。

レーガン大統領はかつて、悪の帝国・ソ連の打倒を旗印に強いアメリカを追求する政策を打ち出していった。

トランプ大統領も、「力による平和」を求めるという意味ではレーガン大統領と同じ路線を歩んでいると言えるが、そこで組むべき相手がかつての敵である、というのはなんとも皮肉な話である。

ロシアとの協調については、実名こそ挙げていないものの、「イラクとシリアの『イスラム国』打倒計画」の中でもISISと戦う「新しい連合パートナーの識別(identification of new coalition partners)」と「権限を付与する政策(policies to empower)」という表現で言及している。

シリアにおける反アサド政権か親アサド政権かにこだわらず、共通の敵であるISIS打倒のために手を組もうというのが、トランプ政権の本音なのである。因みにこの政策により、今後ヨーロッパにおいて、これまで以上に重大な局面を迎えることは間違いない。

オバマ政権当時、アメリカは外交安保戦略の力点を中東からアジア太平洋に移すという「リバランス」を実行した。

だがトランプ政権は、再び中東に力点を置くというさらなる「リバランス」を行おうとしているとみるべきだろう。

この「中東へのリバランス」はトランプ氏当選後、新政権の人事が取りざたされていたころから予想されていた。

元軍人3名の人選である。マティス国防長官は、退役海兵隊大将で、その勤務のほとんどを中東における戦争の指揮官として勤務し、最後は中東担当の地域統合軍である中央軍司令官を務めた。

ケリー国土安全保障長官は退役海兵隊大将、先日辞任したフリン国家安全保障問題担当大統領補佐官は退役陸軍中将で、いずれも湾岸戦争やイラク戦争に従軍した経験を持つ。

つまりこの3名は中東の専門家というべき存在であり、彼らの名前が挙がった昨年末頃、防衛省関係者の間では、「アメリカは中東にシフトする」という見方が既に出ていたのである。

その意味では、「アメリカ第1の外交政策」も「イラクとシリアの『イスラム国』打倒計画」も決して唐突に出てきたものではなく、むしろ当然として捉えるべきことなのである。


同盟国として日本が求められること

こうしたトランプ政権の外交姿勢は、日本にどういった影響を及ぼすのであろうか。

まず、最初に考えておかなければならないのは、アメリカの国防戦略である。

かつてアメリカは軍の兵力整備に関して、2正面の大規模戦争で敵を打倒することができる戦力を保持するという「2正面」戦略を取っていた。ところがブッシュ(Jr.)政権以降は、「米軍は、大規模かつ多面にわたる作戦で第1の地域的な敵を打破するとともに、他の地域における第2の敵の目的を挫き、あるいは(第2の)敵に受容できないコストを課す」。

つまり、1正面の大規模戦争では敵を打倒することができるが、もう1正面は現状が維持できる拒否的抑止力としての戦力を保持するという「1 正面プラス」戦略へと変更し、この方針はオバマ政権に至るまでずっと維持されてきている。

その「1正面」での勝利が、トランプ政権では中東、つまりISIS打倒だというのである。

「軍の再建」、いわゆる軍備増強をトランプ政権は標榜しているが、こちらは一朝一夕でできることではない。政権は減税策を打ち出すとされており、その中で軍備増強にどれだけの財政支出ができるのかは不透明だ。

つまりアメリカの本音は、「中東でISIS打倒のため全力を挙げて戦う。その間ヨーロッパの同盟国は直接手伝ってくれ、アジア太平洋は同盟国が現状を維持する努力を担ってほしい」ということになるのだ。

トランプ大統領は選挙戦中、在外米軍の駐留経費負担問題を槍玉にあげ、日本にもさらなる負担増を要求してくるのではないか、との観測があった。が、マティス国防長官の訪日や日米首脳会談では、経費負担は問題にならず、逆に日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用など、日本にとって「満額回答」だったと報じられている。

だが、本当にそうなのであろうか。

彼らの本音である「同盟国による地域の現状維持」のため、日本に対しては「敵基地攻撃能力の保有など米軍の打撃力の一部負担」や「新しいミサイル防衛システムの導入などによる防衛費の増額」といった自助努力を期待していると予測できる。

実際2月16日、ドイツで行われたNATO国防相理事会の席でマティス国防長官は、「NATO加盟国の負担増がなければ米国は関与を弱める」と、2014年に決定された「GDP2%に増強」に言及し、まだ達成していない国に対する応分の負担を求めた。

日米首脳会談での共同声明では、「アジア太平洋地域の安全保障環境が厳しさを増す中で、同地域における平和、繁栄及び自由の礎である日米同盟の取組を一層強化する強い決意を確認」したわけだが、以上述べてきた視点でこの共同声明を再考するならば、「日米同盟の取組を一層強化する強い決意」とは、アメリカに「おんぶにだっこ」ということには決してならないということだ。

2月末には「イスラム国打倒計画の素案」が大統領に提出される。

アメリカからの要求というよりも、アジア太平洋地域の厳しい安全保障環境に対し、日本が主体的に対応策を提示することこそ喫緊の課題と捉えるべきであろう。

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伊藤俊幸
元海将、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。1958年生まれ。防衛大学校機械工学科卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第二潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監を最後に2015年8月退官。

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(2017年2月21日フォーサイトより転載)