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「ロシアゲート」疑惑:自ら墓穴を掘ったトランプ政権「悪夢のシナリオ」--渡部恒雄

2017年05月23日 14時07分 JST | 更新 2017年05月23日 14時07分 JST

トランプ政権は就任4カ月で、歴史的ともいえる混乱に直面している。そのきっかけは5月9日、トランプ大統領による突然のコミーFBI長官の解任だった。

その背景には、辞任したマイケル・フリン前国家安全保障担当大統領補佐官をはじめとするトランプ政権とロシアとの不透明な関係を巡る問題、いわゆる「ロシアゲート」疑惑の捜査がある。

「魔女狩りだ」

ホワイトハウスはコミー長官の突然の解任について、昨年の米大統領選の民主党候補、ヒラリー・クリントン元国務長官の私用メール問題に対するFBI長官の対応の誤りを理由として挙げている。

しかし、そのコミー長官の対応により、追い風を受けて選挙戦に勝利したトランプ大統領は、一時はその対応を絶賛しており、ホワイトハウスの発表を額面どおり受けとるものは誰もいない。

解任劇の前の週、コミー長官やローゼンスタイン司法副長官がFBIのロシアゲート疑惑への捜査について、「予算の追加と人員の拡充」を求めていたことにトランプ大統領が危機感を抱いて解任したのではないかというのが、常識的な解釈だろう。

その仮説を裏付けるように、トランプ大統領は、フリン前補佐官とロシアとの関係についての捜査を止めるようコミー長官に圧力をかけた、という政権内部からのリーク情報が報道された。

このような状況の中の5月17日、司法省は議会からの圧力もあり、昨年の大統領選挙にロシアが介入したという疑惑を捜査するため、ロバート・モラー元FBI長官を特別検察官に任命した。

特別検察官は、政権から独立した立場で捜査を行うことができ、刑事訴追などの権限を持つ。かつてウォーターゲート・スキャンダルを捜査するために任命され、弾劾裁判設置に至るまでの情報を集めてニクソン大統領を辞任に追い込んだのもこの職であり、トランプ大統領は、自身の運命を左右するさらに大きな圧力を作り出すことになった。

5月18日、トランプ大統領は記者会見で特別検察官設置について「その動きは尊重するが、すべては魔女狩りだ」と述べて強い不快感を表明している。

「土曜日の夜の虐殺」

トランプ大統領がコミーFBI長官を解任した件は、ニクソン大統領がウォーターゲート事件で調査を行っていたアーチボルド・コックス特別検察官を解任した事件と類似している、という指摘がなされている。

ニクソン大統領が執務室で訪問者との会話を極秘に録音していた、という事実が議会の調査委員会で明らかになると、コックス検察官はテープを証拠品として提出するよう大統領側に求めた。

大統領はこの要求を拒否して、リチャードソン司法長官とラッケルハウズ司法副長官にコックス特別検察官の解任を求め続け、2人とも拒否を続けた。だが1973年10月20日、ニクソン大統領は2人を辞任に追い込み、その日のうちに、代理の司法長官を任命して特別検察官を解任させた。

その日が土曜日だったため、この一連の解任は「土曜日の夜の虐殺」と呼ばれたのだが、それは捜査を収束させるどころか、ニクソン大統領の弾劾に向けての動きを加速させることになった。

トランプ大統領のコミー長官の解任も同様で、事件を収束に向かわせるよりも、スキャンダルを加速させる可能性が高い。しかも、今回のコミー長官解任劇をニクソン大統領のケースと冷静に比較してみると、むしろトランプ大統領の行動の不条理さが見えてくる。

トランプ大統領の行動は、ニクソン大統領のように特別検察官に追い詰められてからの行動ではなく、FBI長官を解任したことで特別検察官を任命させるような状況を自ら作り出しているからだ。

しかもトランプ大統領は5月12日朝、「ジェームズ・コミーはメディアに情報をリークしたが、私との会話を録音した『テープ』が存在しなければ良いのにと願うだろう」とツイッターに投稿した。

これを受けて民主・共和両党の議員は大統領に対して録音テープの保管および引き渡しを要求することになった。これはトランプにとって合理的な行動とは思えない。

その録音テープが存在したと仮定して、その内容はコミー長官に不利なものであるかもしれないが、トランプ大統領にとっても返り血を浴びるようなものである可能性が高いからだ。

ニクソン大統領は議会から録音テープの提出を求められ、それを拒否するために、司法長官と特別検察官を解任した。トランプ大統領はFBI長官を解任することで、特別検察官を設置させる状況を引き起こし、録音テープの存在があえて知られていないのにもかかわらず、あえて自ら録音テープの存在を仄めかしているのである。

「テフロン大統領」

トランプ大統領の一連の不条理な行動を理解することが、今後の展開を予想するカギとなろう。米シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」のウェブサイトで、『CBSテレビ』のキャスターとしてニクソン政権時代からワシントンの取材をしてきたボブ・シーファーと、CSISのメディア責任者アンドリュー・シュワルツが、『ワシントン・ポスト』でクリントン大統領の弾劾裁判所設置につながるインターンとのスキャンダルを報じた現『ニューヨーク・タイムズ』のピーター・ベイカーと行った鼎談が参考になる(「魔女狩り:『ニューヨーク・タイムズ』のピーター・ベイカーとホワイトハウスの混乱について語る」=Witch Hunt: NYT's Peter Baker on WH turmoil)。

録音テープを巡るニクソンとトランプの対応の違いについて、トランプ大統領の周辺には、適切な対応をアドバイスする人物がいないか、彼がアドバイスを聞かないかのどちらかであり、彼がきわめて孤独な状況に置かれている、と2人は想像している。そのような中で9日間にもわたる外遊に出ることは、自分のベッド以外で寝ることを好まないトランプ大統領の精神にとって、かなりのダメージとなるのではないかと示唆している。

トランプ大統領の今後の対応については、過去の似たケースから2つの異なるモデルをたどる可能性を挙げている。1つは、ウォーターゲート事件をめぐるニクソン大統領の対応で、これらは弾劾裁判につながる道筋であり、その前に大統領は辞任した。もう1つは、イラン・コントラ事件を巡るレーガン大統領の対応だ。イラン・コントラ事件とは、ポインデクスター国家安全保障担当補佐官(当時)とそのスタッフのオリバー・ノース中佐(同)が、イラン政府に武器を売却し、その代金をニカラグア内戦でアメリカが支援していた反共産主義傭兵軍コントラに流していた、という違法行為だった。

偶然だが、レーガン大統領はコントラ事件の解決のために、CSISの共同創設者で、当時NATO(北大西洋条約機構)大使だったデイビッド・アブシャイアーを帰任させて事件の解明に当てた(この件については特にシーファーたちの鼎談では語られていない)。筆者がかつて研究員として仕えたアブシャイアーの回顧によれば、レーガンは真摯に非を認め、彼を閣僚級の特別担当官に任命して事件の全容の解明にあたらせた。レーガン大統領は、この事件で部下が有罪となったにもかかわらず、まったく傷つかなかったため、傷のつきにくい鍋にたとえて「テフロン大統領」と称されたほどだ。

レーガン大統領のように素直に非を認めることができる性格かどうか、そしてトランプに、レーガンにおけるアブシャイアーのような信頼できる腹心がいるかどうか、という点で、トランプ大統領の今後の対応は困難が予想される。鼎談の中でピーター・ベイカーは、トランプ大統領がこれまで自分の非を直に認めたことは稀であることを指摘している。

「歪んだ自意識」がリスクに

5月16日付『ワシントン・ポスト』電子版には、かつてトランプ氏の自伝を書いたライターのトニー・シュワルツが「私がトランプ自伝を書いた。彼の自己破壊的行動は彼の過去に原因がある」(I wrote 'The Art of the Deal' with Trump. His self-sabotage is rooted in his past)と題した一文を寄稿し、少年期から形成された歪んだ自意識の強さが、今回の事件での自己破壊的な行動のルーツであり、今後もリスク要因であることを指摘している。

米国の仕組みからいえば、大統領が弾劾裁判によって罷免されるまでは容易な道ではなく、今回の混乱が直接にトランプ大統領の進退にかかわる状況にはない。しかしトランプ大統領のホワイトハウス内での孤立や、屈折した彼の自我と、政治経験の欠如を考えると、これから冷静な対応ができるとは思えない。想定できるいくつかのシナリオのうち、トランプ大統領が苦痛に耐えられずに辞任するというような安易なシナリオには落ち着かず、むしろ今後も政権の迷走が継続し、米国と世界が振り回されるという悪夢のシナリオが見えてくる。(渡部 恒雄)

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渡部恒雄

わたなべ・つねお 笹川平和財団特任研究員。東京財団上席研究員(非常勤)。1963年生れ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチで政治学修士号を取得。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政党政治、外交政策、日米関係などの研究に携わる。05年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団上席研究員。2016年10月より現職。著書に『「今のアメリカ」がわかる本』など。

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(2017年5月23日フォーサイトより転載)