「金の流れを追え!」トランプ政権「ロシア疑惑」の糸口--青木冨貴子

議会の事情聴取や公聴会がどれだけ事実に迫ることができるのか興味は尽きないが、トランプとロシアの関係を調べるうえで見逃せない要素は金の流れである。

東部時間夜9時から始まる『ザ・レイチェル・マドウ・ショー』(ケーブルテレビMSNBC、月から金)は毎晩見逃せないニュース番組だと多くのニューヨーカーが声を揃える。

クールで熱い女性人気アンカーがどんな大ネタをぶちかますか、プライムタイムの注目の的なのだ。

3月14日にはドナルド・トランプが未だに公開しようとしない納税申告書のなかの2005年度分を公表するという大スクープを報道した。

全米各都市や地域で開かれるタウンミーティングの様子をつぶさに報道してきたのもマドウ・ショーである。

有権者がいかに医療保険制度改革法(オバマケア)で救われたか、この法案に反対しようとする共和党地元議員にときには涙ながらに訴える姿は真に迫るものがあった。

「あなたは議員として誰のために働いているのですか? 有権者のためではないのでしょうか」

こういって迫る声が共和党議員を代替法案の反対票にまわらせた。そのためにトランプ政権は新制度に置き換えるために必要な過半数の賛成票をまとめきれず、ついには法案を取り下げるという屈辱的な失点を喫したのである。

次々と失点を重ねるトランプ政権

政権の敗北はそればかりでなかった。中東・アフリカのイスラム圏7カ国からの入国を一時禁止する大統領令失敗の後、新たに6カ国からの入国と全ての難民受け入れを一時禁止する大統領令を出したものの、これもまた3月15日、ハワイ州の連邦地裁によって、執行停止を命じる仮処分の決定を受けた。

この仮処分は全米に適用されるため、16日に予定されていた大統領令の発効は阻止された。

国家安全保障担当の大統領補佐官だったマイケル・フリンが辞任に追い込まれたのは、サイバー攻撃によって米大統領選に介入したとされるロシア側との繋がりが明らかになったからである。米情報機関がロシア側とフリンの会話を傍受し、接触していた事実が確認された。

フリンは、米政府による対ロ制裁の解除に関して12月にロシア側と話したことは認めたが、副大統領就任前のマイク・ペンスに対しては制裁について話し合っていないと伝えた。

この矛盾が原因となって、ペンスに誤解を招く説明をしたという理由で、トランプ政権はフリンに辞任を求めたという発表をしたのである。

それにしても、ロシア側とフリンの会話傍受が確認されてから、3週間もそのまま辞任を求めなかった理由は何であったのか、とレイチェルは番組で訴える。

前大統領補佐官は、ロシア政府が支援する公営放送RTや航空貨物会社などロシア企業から数万ドルの報酬を受け取っていたことも明らかになった。

さらに大統領補佐官に選ばれた時にもコンサルタントとしてトルコ政府から年俸53万ドルも受け取っていたことが最近になって発覚した。

掘れば掘るほどいかがわしい顔が出てくるのはこの政権に顕著である。

3月末の民間世論調査会社「ギャラップ」の調査によると、大統領支持率はますます落ち込んでなんと35%にまで低下した。

ロシアとの複雑怪奇な関係

支持率低下をもたらした大きなきっかけは、米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コーミー長官による議会下院公聴会での発言にはじまる。

「トランプ大統領が選挙活動中にロシア政府と連携して選挙を有利に進めたかどうか捜査している」

それまでにFBIは、サイバー攻撃などによってロシアが米大統領選に関与した疑いは明らかにしてきたが、トランプ陣営がロシア側と共謀して選挙を有利に進めたかどうか、本格的に捜査を開始したというのである。

長官の言葉は電撃のようにワシントンを揺さぶった。

選挙キャンペーン中、ロシア政府関係者などに接触していたトランプ陣営のメンバーの名前が明らかになり、なかでも選挙対策本部長を務めたポール・マナフォートという人物が突然注目を集めるようになった。

マナフォートは親ロシア派として知られるウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ元大統領の選挙に関わった経歴をもつ。

彼は米欧の政財界に働きかけてプーチン大統領の政府に利益をもたらすことができると、ロシア政府に近い新興財閥の富豪オレグ・デリパスカにもちかけた。その見返りに2006年から年間1000万ドル(約11億円)を受け取っていたと報じられている。

トランプの娘婿であるジャレッド・クシュナーは、大統領上級顧問としてホワイトハウス入りしているが、政権移行期に国営ロシア開発対外経済銀行(VEB)のセルゲイ・ゴルコフ頭取と面会していた。

2014年に発動された対ロ制裁では、ロシア国内の経済活動に関わるVEBの複数の事業や個人も制裁の対象になり、金融上の接触が禁止されていたのにもかかわらず面会していたのである。

クシュナーはまたセルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使とも会っていたことが判明。駐米ロシア大使がトランプタワーを訪ねた昨年12月のことで、マイケル・フリンも同席した。

1981年からロシア大使を務めるキスリャクは米情報機関によると、ロシアのトップレベルのスパイであり、ワシントンにおけるスパイのリクルートも手がけていたという。

もっとも、駐米ロシア大使と会ったこと自体は問題にならないが、その席でロシアに対する制裁について話し合ったとしたらクシュナーもフリン同様、職を追われることになる。

司法長官に就任した強硬右派ジェフ・セッションズも、選挙中にトランプ陣営の顧問を務めていた当時、キスリャク大使と接触していたことが明らかになった。

民主党からは司法長官を辞任すべきだと非難されたが、現職司法長官として大統領選挙に関するいかなる捜査にも関与しないと表明した。

しかし、「ロシア側とコミュニケーションを図ったことはない」と司法長官の指名承認審査で発言していたため、発言の矛盾について説明する書簡を提出すると明言したが、現段階でセッションズが書簡を発表した様子はない。

そんな虚偽の発言をしていたことはどうやって釈明できるというのだろうか。司法長官が偽証罪に問われかねないというのに、セッションズについてさらなる追及の声が上がらないのは理解に苦しむ。

リボロフレフという大富豪

このほか、トランプの選挙戦で外交顧問を務めたカーター・ペイジ、同じくトランプの顧問でもあったロジャー・ストーンなどがロシア側と接触していたと言われる。

彼らは声を揃えて、下院情報委員会による事情聴取に応じ、ロシアとの関係に関する偽りの証言や虚偽に反論すると述べている。

辞任に追い込まれたマイケル・フリンも、FBIと上下両院の情報委員会に対して証言することを提案した。

とは言え、彼の場合は起訴されないことを条件にトランプのことは何でも話そう、トランプとロシアのことはいろいろ話せると言い張ったのである。

いかにも保身のための恥も外聞もない態度がまわりを驚かせたが、いまのところフリンの提案はFBIにも情報委員会にも受け入れられていない。

議会の事情聴取や公聴会がどれだけ事実に迫ることができるのか興味は尽きないが、トランプとロシアの関係を調べるうえで見逃せない要素は金の流れである。

ドミトリー・リボロフレフという男がいる。このロシアの大富豪は、1990年代のロシア混乱期に29歳の若さで巨大なロシア肥料会社の会長に収まり、米誌『フォーブス』の富豪500人リストのなかで59位に数えられるほどの富を手にした。

2011年には22歳の娘のため、10寝室あるセントラルパーク西のアパートを当時の最高額で購入してニューヨークで話題になった。

現在ではモンテカルロに住み、総資産は77億ドルと伝えられるこの人物が、「マール・ア・ラーゴ」に近いフロリダ州パームビーチにある豪邸をドナルド・トランプから購入している。2008年のことだった。

17寝室をもつ6万2000スクエア・フィート(約5770平方メートル)の豪邸は4年前にトランプが購入したものだが、トランプが支払ったのは40万ドル。

それをリボロブレフは100万ドルで買い取ったのである。差額の60万ドルは当時財政トラブルに見舞われていたトランプを危機から救ったと言われる。

納税証明書を決して発表しようとしないトランプの真意は、税金の流れが彼とロシアの関係を明らかにしてしまうのを恐れているのではないかと思わせる。

「その男には会ったことがない」

とトランプはリボロフレフについて語っているが、トランプがノースカロライナ州コンコードへ選挙演説に行った昨年の11月3日、リボロフレフのエアバスA319ビジネスジェット機がコンコードに近いシャーロット空港に静かに着陸した。

以前にはラスベガスでも同様のことが起こった。また、トランプがパームビーチの「マール・ア・ラーゴ」で静養していると、リボロフレフのエアバスがスイスから飛んできたことも目撃されている。

金の流れを見て行くと、ニューヨーク南部地区連邦地検のプリート・バララ検事正が3月に突然、罷免されたことはさらなる疑惑を呼んでいるようだ。

ウォール街の詐欺師や国際テロリスト、郊外のサイバー犯罪者などを相手に辣腕を振るったこの検事は、昨年12月にトランプタワーで次期大統領から留任を保証されていた。

にもかかわらず、突然辞職を求められ、それを拒否したために罷免されたのは、彼の調査がトランプの足下に及んで来たことをにおわせる。

ドイツ銀行を巻き込んだスキャンダルも

レイチェル・マドウは、トランプ自身の巨大な負債を支えているドイツ銀行へ捜査が及んだのかもしれないと言及した。

ドイツ最大の商業銀行は相次ぐスキャンダルによって経営破綻がささやかれており、トランプ個人の信用で融資した6億4000万ドルも焦げ付き、債務不履行でトランプを訴えている。

米司法省は住宅ローンの不正販売をめぐり140億ドルの支払いによる和解をドイツ銀行に提案した。

さらに、ドイツ銀行がロシアのマネーロンダリングに関連していることも伝えられるため、ここにもロシアとの疑惑を解く鍵が隠されているように見える。

間違いなくFBIはトランプのロシアへの投資やビジネス、不可解な金の流れを詳しく捜査していることだろう。

トランプはロシアとの関係をまったく否定しているが、疑惑を追いつめているのはFBIばかりでなく、下院情報委員会や上院情報委員会、そして『ニューヨーク・タイムズ』紙や『ワシントン・ポスト』紙、レイチェル・マドウなどのニュース番組やウェブマガジンなどのメディアが総力をあげて追跡している。それはまさにトランプ政権との四つに組んだ攻防戦である。

これに対してトランプは「偽ニュースだ」と各メディアの報道について言い捨て、「(大統領選)勝利の直前、オバマがトランプタワーの私の電話を盗聴させていたことが発覚した」と言って下院情報委員会での審議を滞らせた。

あまりにも子供じみた対応にうんざりする声はマスメディアばかりでなく、共和党内にも広がっている。

シリア攻撃でロシアとの関係は?

ここまで書いてきたところで緊急ニュースが入ってきた。米軍がシリア西部ホムスの空軍基地にトマホーク巡航ミサイル59発を発射したという。

3日前、イドリブ県で化学兵器が使用され、80名以上の市民が殺された。市民のなかには子供や赤ん坊も多く、彼らが苦しむニュースを見た大統領は、それまでのシリアへの対応を180度転換したのである。

米軍は化学兵器を搭載した航空機が飛び立ったとされる空軍基地を攻撃した。

米軍の迅速な攻撃がアサド大統領による化学兵器使用をエスカレートさせるのか、米軍の攻撃がこれからも続くのか。

シリアと同盟関係にあるロシアが米国の対応をどう受け止めるか、トランプ政権にとって初めての試練と思われるこの対外政策は、トランプとロシアの関係をまったく違ったものにしていくのか。事態はますます流動化している。

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青木冨貴子

あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。

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(2017年4月11日フォーサイトより転載)

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