「トランプ・習近平会談」の意味を改めて考える--宮本雄二

現在の協力が功を奏すれば、米中関係は大きく前進する。わが国も、そのことを念頭に日中、日韓関係をしっかりと考えておく必要がある。

さすがに米国は超大国だなとしみじみ思う。いかに理不尽と感じようと、トランプ大統領の言葉に世界中が一喜一憂し、引っ張り回されている。面と向かって反対する国も指導者もいない。中国も例外ではない。

強化された米中対話のメカニズム

4月6-7日に開かれた米中首脳会談は、今後の世界の動きにどのような影響を及ぼすのであろうか。名実ともに世界第1と第2の大国の指導者同士の会談であり、世界中が注視していた。しかも、超型破りなトランプ大統領と、経済、軍事面での存在感を強めているだけではなく、世界の秩序形成に対する発言権を強めようとしている中国の習近平主席との対話である。当然、世界の関心は高まる。

結果は、想像通りと言おうか、トランプ流の"不確実性"の高い会談となった。ちなみに中国は「首脳会談」と呼ばずに「元首面会(面晤)」と呼んでいる。国家元首同士が会ったということであり、中身よりも会ったこと自体が重要だということを示したかったのだろう。それほど中国にとっても予測の難しい首脳会談だった。

結論を先に言えば、基本的にはすべての問題を先送りしている。しかし、首脳同士の気持ちの交流はできたようであり、これは重要だ。トランプの良い資質でもあり、豹変する可能性があることを予知しながらも、相手をしばらくはまじめに付き合っていこうという気にさせる。この点ではオバマ前大統領より遙かに優れている。しかも、いくつかの重要な合意をしており、米中の対話のメカニズムはさらに強化された。

3つのポイント

今回の対話のポイントを整理してみよう。

第1に、4つの部門でハイレベルの対話のメカニズムを作った。①外交・安全対話、②経済対話、③サイバーセキュリティー対話(法執行を含む)および④社会・人文(教育、文化、民間交流などを含む)対話、の4つだ。

オバマ政権時代、年に1回開催されてきた「米中戦略・経済対話」に代わるものであり、それを大幅に拡大し強化したものだ。もう1つ、今後、作られる「合同参謀部門対話メカニズム」がある。直接指揮命令する軍の中枢同士の対話であり、注目される。

第2に、米国の対中貿易赤字削減に向けた「100日計画」の策定に合意した。この合意に関し、米側はすぐに発表したが、中国側の公表は少し遅れたことから見ても、これが米側の考える「成果」であったことが分かる。

7月7-8日にドイツでG20首脳会議が開催されるので、その前に結果を出さなければならないという仕掛けになっている。これから米中の厳しい折衝が始まるということだ。

第3に、シリアへの爆撃があり、北朝鮮情勢に関する話し合いが行われている。北朝鮮に関しては次項で述べる。だが日本が関心を持ってきた南シナ海情勢は触れられた形跡がない。米中の間に南シナ海に関し、一定の了解が出来上がっていると見ておくべきであろう。

つまり中国がこれ以上軍事化を進めず、米国の自由航行の権利を実質上認めるならば、米国もこれ以上中国を刺激することはしないということだ。すなわち中国がこれまで得たものは、米国も内々認めるということのようだ。

また中国とASEAN(東南アジア諸国連合)の関係も対立一辺倒ではなく、話し合いによる解決の方向に大きく転換している。ちなみに5月14日から始まる「"一帯一路"国際協力サミットフォーラム」に参加する28名の国家指導者の内、ASEANからは7カ国(インドネシア、ラオス、フィリピン、ベトナム、カンボジア、マレーシア、ミャンマー)が参加する。

南シナ海において別の動きが出てきていることに注意しておかないと、日本はハシゴを外される。

北朝鮮問題で米中の協力は進むのか?

4月6日夜、トランプは晩餐会でシリア爆撃開始を習近平に伝えたようだ。習近平は笑顔を絶やさなかったものの、内心は「なぜ私が米国を離れてからにしてくれなかったのか」と思っていただろう。爆撃は国連安全保障理事会の決議を必要とするというのが本来、あるべき中国の立場だからだ。

だが中国は、少なくとも米国に反対はしない、という方向に舵を切った可能性はある。それが今回の首脳会談の雰囲気であり、方向性だったからだろう。トランプがその方向性を見失わないかぎり中国も付き合うということのようだ。

北朝鮮についてどこまで話し合われたかはよく分からない。しかし4月21日になって中国外交部の陸慷報道局長は定例記者会見において、首脳会談で双方が「突っ込んで話し合った」と強調している。そのことは、その後のトランプの反応や中国側の動きを見ても納得できる。米側が北朝鮮政策を変え実際の行動に移したのを見て、中国も北朝鮮に対する対応を変えてきている。

この中国の変化は、対米関係のマネージメントからも必要だが、もっと言えば中国にとってもどうしてもやらざるを得ないものだった。ある意味で米国の政策転換を利用している面がある。しかも習近平が主導していると見て良い。

前回のこの欄で説明したように、北朝鮮の核保有は中国にとって何が何でも阻止しなければならない国家安全保障上の緊急かつ極めて重要な課題である。中国国内は、今秋の第19回党大会に向けて緊張している。問題は起こしたくないし、まして大きな失策などしたくはない。それにもかかわらず習近平が北朝鮮に対しより強い姿勢を取り始めたのは、国内にそれを支持する「世論」があるからだ。

しかし、これから米国はもっと注意してやらないと破局を迎えるか、効果なしで終わる。中国の協力は不可欠であり、習近平が米国に協力できる条件を作ってやらないといけない。それは習近平が国内的に説明可能な状況を作るということでもある。

つまり目指すものは平和的な解決であり、朝鮮半島の安定であり、北朝鮮政権の維持のためにやっていると説明できるようにするということである。米朝で戦争が始まれば、すべてが消える。だから中国は米朝双方に対し強く自制を求めているのだ。

金正恩の逃げ道

この政策の成否の鍵は、再び金正恩が握っている。金正恩にとり体制や政権の維持が何よりも重要だ。これを保証しない限り宝刀(核兵器)を手放すことはない。これをいかにして実現するか、米中だけではなく日本も知恵を出す時期に来た。

同時に軍事的、外交的、経済的な圧力は強化する必要がある。この圧力が強ければ強いほど、金正恩は受け入れざるを得なくなる。しかし最低限、自分の政権は維持できると金正恩に思わせるものでないと話にならない。知恵の勝負でもある。

現在、米国は北朝鮮に対する軍事的圧力を強めている。外交的圧力も強めた。経済的圧力は中国がやらないと意味がない。中国は、米中首脳会談で国連安保理決議を誠実に履行することを確認した。中国では国連安保理決議の履行に問題はない。

中国の問題は、中央が決めても末端がその通りに動かないことだが、このくらいの大事になれば、さすがに末端も言うことを聞くだろう。北朝鮮が核実験やミサイル発射をすれば、米中はさらに軍事的、外交的、経済的な圧力を高めるであろう。鍵は、再び金正恩の逃げ道を探し出せるかどうかにかかってくる。

最悪のシナリオは、もちろん戦争の勃発もあるが、北朝鮮が口先で核の放棄を約束し、今回、逃げ切ることだ。1994年、カーター米元大統領が訪朝して第1次核危機を乗り切ったが、結果は、北朝鮮の核開発の継続だった。この繰り返しだけはしたくないものだ。

現在の協力が功を奏すれば、米中関係は大きく前進する。しかも成功させる必要がある。わが国も、そのことを念頭に日中、日韓関係をしっかりと考えておく必要がある。結論は、近隣諸国との関係において難しい問題はとりあえず脇に置くしかないということだ。そしてより大きな問題について話し合い協力できるようにしておくこと。それが外交というものだ。

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宮本雄二

みやもと・ゆうじ 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日中友好会館副会長、日本日中関係学会会長。著書に『これから、中国とどう付き合うか』(日本経済新聞出版社)、『激変ミャンマーを読み解く』(東京書籍)、『習近平の中国』(新潮新書)。

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(2017年5月9日フォーサイトより転載)

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