国連「制裁決議」は北朝鮮に効くのか?

八方ふさがりな状況を打破する都合の良い解決策はもはや存在しない。

北朝鮮の5回目の核実験を受けて、にわかに国連安保理制裁の強化が議論されている。1月の4回目の核実験の後、新たな制裁決議である安保理決議2270号を採択するまで2カ月以上かかったが、今回は、既に中国が新たな決議に賛意を示しているとの報道もあり、かなり早い時期に新たな制裁決議が採択されることが見込まれている 。

中国は韓国に配備されるTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)に対して神経質になっており、新たな制裁決議と引き換えにTHAADの撤去を求めるという観測もあったが、どうやら制裁決議とTHAADの問題は切り離して対応するということになりそうだ。

新たな制裁決議の方向性

2016年3月に採択された安保理決議2270号はこれまででもっとも厳しい制裁決議と言われており、これ以上の制裁を常任理事国、とりわけ中国が合意するのは難しいのではないかと見られていた。しかし、新たな制裁決議に中国が賛意を示したということは、3月の時点よりも踏み込んだ制裁の可能性を示唆している。では、どのような制裁決議になるのであろうか。

まず、これまで安保理決議2270号の「抜け穴」と見られていた「もっぱら民生目的で核・ミサイル開発の資金調達と関連していない」石炭や鉄鉱石などの輸出を制限することが考えられる。中国は安保理決議を履行する姿勢は見せているが、現実にはこうした「抜け穴」を通じて取引が活発に行われていると報じられている 。

こうした「抜け穴」をふさぐこと、つまり例外事項を設けず、「あらゆる」石炭や鉄鉱石の取引を禁じるということで、北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源を絞るのは1つの方法であろう。しかし、これだけでは既に核開発の完成度を高め、ミサイルも連続して発射に成功している状況を変えることは難しい。

また、核・ミサイル開発に関連する企業や軍の高官など、まだ制裁指定を受けていない個人や企業を追加で制裁指定することも考えられる。

さらに金融制裁の強化も考えられるが、その効果も限られている。既に今年の1月に書いたように 、北朝鮮は資金の流れを複雑化させ、金融制裁を受けにくい体質となっている。金正恩体制は核開発と経済発展を同時に行う「並進路線」を取っており、対外的な金融決済が制限されることは、一定の制裁効果を期待できるが、アメリカが金融制裁を強化しても、核・ミサイル開発には変化がないどころか、さらに加速している。

やはり中国がカギを握る

こうした状況の中で、安保理決議としては極めて異例で、現実味はないが、北朝鮮に対して最も効果的な制裁は、北朝鮮の企業や個人の制裁を強化するのではなく、彼らと取引をした外国企業、とりわけ中国企業を制裁対象とするという方法である。これを実現するには、まず中国の企業を制裁指定することを安保理で合意する必要があり、さらには、北朝鮮と取引のある中国企業を中国政府が取り締まり、罰するということが求められる。

しかし、中国がそうした決議に合意することも、それを履行することもおおよそ想定しにくい。また、中国が早期に新たな安保理決議に賛意を示したということは、そうした中国に不利益となるような決議にはならない、という想定があるからであろう(もし不利益になるのなら相当な国内の反発があり、それを調整するのにかなりの時間がかかるはず)。

そのため、安保理決議を通じた制裁では中国企業を制裁指定することは事実上不可能であるが、もしアメリカや日本、欧州などが安保理決議とは別に独自制裁の対象として北朝鮮との取引をする企業を制裁するのであれば、一定の効果を生む可能性はある。こうした企業は北朝鮮との取引だけでなく、日米欧諸国とも取引している場合もあり、彼らが日米欧市場に参入できないようになるのであれば、北朝鮮との取引を差し控える可能性もある。

しかし、それも効果は限られるであろう。北朝鮮との取引を行う企業は他の事業から切り離され、制裁指定されても困らないような手立てを使ってくるからである。そのため、現実に効果を生み出すには、北朝鮮と取引している企業を中国が自国の措置として取り締まるしかない。それが本当に実行できれば、北朝鮮制裁はより効果的なものになるが、そうした措置を中国がとる可能性は極めて低い。

北朝鮮制裁の実態

また、中国がいかに新たな安保理制裁に積極的だとしても、北朝鮮にはまだ多くの抜け穴がある。最近まで国連の北朝鮮制裁専門家パネルのメンバーで、筆者がイラン制裁の専門家パネルに務めていた時期に共に制裁の実務に携わっていた古川勝久氏が、北朝鮮に対する国連制裁の実情についていくつかの媒体で公表し始めている。

フォーブズの記事では国連加盟国が制裁に対して必ずしも高いプライオリティを置いていないこと、いくつかの加盟国では国連安保理決議に対する知識を全く持ち合わせていないこと、アメリカの独自制裁も必ずしも十分効果を上げているわけではないことなどが語られている 。

また、朝日新聞のインタビューでは、北朝鮮と軍事的、経済的な結びつきを強く持つ国もあり、それらの国々は制裁の履行に消極的で、直接、核・ミサイル開発に関与していなくても、闇の取引の通過点にはなりうること、また、北朝鮮は制裁を受けていても、汎用品など制裁対象にならない物品を調達し、それらをつなぎ合わせることで核・ミサイル開発を進めるスキルを身に着けていることなども紹介されている 。

イラン制裁との比較

筆者が勤務していたイラン制裁の専門家パネルでも全く同じような経験をしており、その苦労も身に染みて良くわかるのだが、それでもイランの場合、制裁が効果を挙げ、北朝鮮ではその効果が限られている。そこには、国連制裁そのものの問題というよりも、核開発に対する決意やコミットメントも大きくかかわっていると思われる。

すなわち、イランでは秘密裏に核開発を進めていたとはいえ、必ずしも核開発のみが国防の手段だとは考えられてはいなかったこと、またイラン・イラク戦争時にイラクの化学兵器によって多数の死傷者を出し、大量破壊兵器に対するネガティブなイメージも強かったことも交渉による核開発の断念につながったと思われる。

それに対し、北朝鮮は米国の脅威に対する対抗措置として核を持つことが唯一の選択肢だと考えており、核兵器に対する忌避感どころか、むしろ核兵器を持つことによって得られる大国としての地位を追求する姿勢を見せている。こうした中で、核開発を止めさせるような認識の変化を、制裁だけで実現することは極めて困難であろう。

また、イランと北朝鮮の違いとして、イランはこれから核兵器を開発しようとする国であり、その意味では核開発に必要な技術や物資を制裁によって止めることは一定の効果があった。しかし、北朝鮮は既に核開発に成功しており、実際に核爆弾を複数保有していると思われる。また運搬手段としてのミサイルも何度も発射に成功している。そうなると、制裁によって核弾頭やミサイル製造の物資を止めることは核弾頭やミサイルの数が増えることを阻止するためには多少の効果はあっても、彼らが核とミサイルを放棄すると決断するほどの効果は得られない。

さらに、古川氏が指摘しているように、イランは市民社会が発達し、グローバルに開放された経済を持ち、曲がりなりにも民主的な方法で市民が異議申し立てをすることが出来る仕組みがあることで、制裁の効果に対する世論の圧力が政策の変更をもたらす結果となった。しかし、北朝鮮は極めて閉鎖的な経済システムを採用し、国民が声を上げることは即座に死を意味するような、苛烈な独裁体制の下にある。そうした中で制裁が効果を上げることを期待することは難しい。

交渉か軍事的圧力か

制裁によって北朝鮮が核を放棄することが期待できない以上、核を放棄させる方法として考えられるのは、交渉を通じて北朝鮮に何らかの利益を与え、それと取引する形で核を放棄させるか、さもなくば軍事的な措置によって北朝鮮の行動を変えさせるような圧力をかけるという方法しかないだろう。

交渉によって北朝鮮が利益を得ることは、北朝鮮を増長させ、さらなる核・ミサイル開発へと邁進する可能性もあるため、なかなか選択肢としては取りにくい。また、北朝鮮が核開発に強くコミットしている以上、彼らにとって利益と思えるものが相当大きくなければ納得はしないであろう。そうした大きな利益を提供できるような環境が整っているとも思えない。

そうなると軍事的な手段によって圧力を増加させ、その圧力に耐えられない状況となって、北朝鮮が音を上げ、最終的に交渉のテーブルについて核を放棄するという状況に持ち込むしかなくなるだろう。しかし、既に北朝鮮には多大な圧力がかけられており、そうしたことに屈することは弱腰と国内外から見られることとなるため、金正恩体制を維持しようとする北朝鮮にとっては絶対に受け入れられないものであろう。また過度に軍事的圧力をかけることは、一触即発の事態を招くこととなり、実際に軍事的な衝突が起きれば、核兵器が使われる可能性もあり、それは日米韓にとって最も避けたい事態でもある。そうしたことから軍事的圧力を高めることも最適な選択肢とは言えない。

こうした八方ふさがりな状況を打破する都合の良い解決策はもはや存在しない。故に現在取りうる選択肢は制裁の強化しかなく、それによって北朝鮮が核を放棄する可能性が低いとしても、それ以外の手段のリスクが高すぎるため、僅かな可能性に賭けるしかない状況なのである。

2015-09-02-1441178190-9569021-img_41d91b7405df58bee59a4ec0682ed28823581.jpg

鈴木一人

すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

【関連記事】

(2016年9月16日フォーサイトより転載)

注目記事