米国が報復攻撃へ:「大統領選」挟み緊迫する米ロ「サイバー戦争」

対立が深まる米ロ関係は、11月8日の米大統領選挙を挟んで、冷戦終結後では最も緊張する局面を迎えそうだ。

対立が深まる米ロ関係は、11月8日の米大統領選挙を挟んで、冷戦終結後では最も緊張する局面を迎えそうだ。

NBCテレビ・ニュース部門「NBCニューズ」の電子版によると、オバマ米政権はこのほど米中央情報局(CIA)に対して、ロシアに対するサイバー報復攻撃を行うとすれば、どのような選択肢があるか、回答するよう指示した。

オバマ大統領はロシアに対する秘密工作の実行を決定していないが、CIA側は既に、攻撃目標の選定を開始したほか、プーチン・ロシア大統領個人に関する機密情報の収集も行っているという。

10月16日朝放映されたNBCテレビの「ミート・ザ・プレス」に出演したバイデン米副大統領は、質問に答えて「われわれはメッセージを発する。その能力もある」と述べ、報復の検討を事実上認めた。しかし、大統領が既に実行を命令したかどうかなど詳しい事実は明らかにしなかった。

このNBCニューズ報道には、情報機関や核問題にも詳しい米専門家ウィリアム・アーキン氏も参加しており、情報源を「複数の現・元米政府当局者」としている。

米選挙への介入意図は明白

ロシア国内情報機関「連邦保安局(FSB)」とロシア軍情報機関「参謀本部情報総局(GRU)」のそれぞれのサイバー工作組織が民主党全国委員会をサイバー攻撃し、メール2万通を盗んでネット上に公開したこと、さらにアリゾナ、イリノイ両州の選挙管理委員会の有権者登録データを収めたコンピューターがサイバー攻撃を受けたことなどは本欄でも伝えてきた。

こうした被害を受けて、米国家情報長官事務所と国土安全保障省は10月7日発表した共同声明で、これらのサイバー攻撃には「米国の選挙に干渉する意図があり、ロシア政府最高指導部が許可した行為だと信じる。ロシアは欧州などでも世論に影響を与えるため同様の技術を行使してきた」と指摘した。

この声明は米情報コミュニティの分析を経て発表された。それによると、米国の選挙は集中管理システム下になく、「多くの防護システム」があるため、「実際の投票結果を改ざんするのは極めて難しい」が、今後とも同省は地方自治体の選挙システムに対して支援を続けるとしている。

ただ、秘密工作を担当するCIA、サイバー問題の管轄機関、国家安全保障局(NSA)を含め計17の情報機関から成る情報コミュニティは、ロシアが米大統領選挙に干渉する意図があることを認めたものの、対応策をめぐっては意見が一致していないもようだ。

さまざまな報復の選択肢

NBCニューズによると、米政府内外では、対ロシア報復策をめぐって、報復しなければ対応能力を疑われるとして、ロシアのサイバー攻撃に対して相応の報復が必要、との点で一致している。しかし、具体策をめぐっては意見の対立がある。

CIAによるサイバー攻撃は、1999年の旧ユーゴ危機の際にセルビアのミロシェビッチ政権に圧力をかける目的で、さらに2003年のイラク戦争前にはフセイン大統領と幹部の離反を狙って、実行した経緯がある。

しかし今回のように、ロシアにサイバーで報復すればロシア側はさらにサイバーで再攻撃する恐れもあり、サイバー戦争が長期化する恐れも指摘されている。

他方、刑事事件としてロシアのサイバー戦士を訴追しても、逮捕できないため事実上効果がない。

米連邦大陪審は2014年5月中国人民解放軍の軍人5人をサイバースパイ容疑で起訴した。ネット上だけの捜査で顔写真も入手して起訴に持ち込んだ米国の卓越したサイバー能力を示せたが、中国はサイバー攻撃をすぐに停止することはなかった。

マイケル・モレル元CIA副長官はサイバーによる報復は「米国が求めるサイバー規範に反する」との考えで、経済制裁やプーチン氏個人に関する情報宣伝工作を提案している。モレル氏は、クリントン政権となれば国家情報長官への指名も取りざたされている。

また、北大西洋条約機構(NATO)軍の元最高司令官で現在米タフツ大学外交大学院長を務めるジェームズ・スタブリディス氏は(1)ロシアのサイバー攻撃の全容を情報公開する(2)ロシアによるサイバー検閲状況を公開する(3)プーチン氏を含む政権幹部の海外蓄財情報を公開する――といった計画を進め、それでも不十分な場合、「ロシア側ハッカーのハードウエアにダメージを加え」、さらに同盟諸国の強力を要請する、といった段階的対応を提案している。

CIAとNSAが中心に工作

CIAによる対ロ・サイバー秘密工作は、ロシア側に対して米国政治への干渉を強く警告するとともに、11月8日の大統領選挙に向けて、米国の選挙システムを防護し、ロシアのハッカーが米有権者の投票を妨害することができないようにするため、検討を始めたとみられている。

CIAの工作計画は、年間予算数億ドル(約数百億円)と要員数百人を抱えるCIAのサイバー・インテリジェンス・センターで検討されている。米情報コミュニティのさまざまな工作を暴露したエドワード・スノーデン氏によると、サイバー工作の予算として、2013年にはCIAは6億8540万ドル、NSAは約10億ドルを要求している。

CIAとNSAが競い合うようなことはないようで、NSA局長に次いでCIA長官を務めたマイケル・ヘイデン氏は、軍隊で言えば「CIAのサイバー部門は海兵隊航空部隊に相当し、NSAは空軍に相当するようなもの」とNBCニューズの質問に答えている。

日ロ接近は最悪のタイミングに

米ロ両国の対立はオバマ政権末期に差し掛かって、危険水域に入ったようだ。

両国が主導してきたシリア停戦合意は崩壊。またロシアは冷戦後結ばれた兵器級余剰プルトニウム処分に関する米ロ協定を一方的に破棄した。

軍事面でも、ロシア軍は攻撃的な動きを続けている。核兵器搭載可能でポーランドやドイツに到達するミサイルをカリーニングラードに搬入、巡航ミサイル搭載艦艇3隻を地中海に配備する動きを見せた。

また、エジプトとは合同軍事演習を行い、エジプト国内に空軍基地を建設する交渉を進めている。

外交面ではイラン国内に対シリア出撃拠点を設置するなど関係を緊密化し、NATO同盟国であるトルコとの関係強化も進めている。

こうした時期に、日本が北方領土問題で譲歩して平和条約交渉を進めることになれば、明らかに米国の同盟ネットワークを崩すことにつながる。米国が警戒を強めるのは必至で、この時期の日ロの急速な接近は最悪のタイミングとなる恐れが強まっている。

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春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2016年10月19日フォーサイトより転載)

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