トランプ新体制でも「在日米軍」は変わらない

米軍高官はトランプ氏当選には「少し驚いた」とは言ったものの、「在日米軍に関しては変わることは何もない」と言う...

アメリカ大統領選挙の投開票日前後、筆者はアメリカに滞在していた。そして、ドナルド・トランプ氏が次期大統領に決まった後、米軍の高官とディスカッションする機会を得た。話題は当然、トランプ新体制における安全保障、とりわけ日米同盟に関わることになる。米軍の本音が知りたかった。

「変わることは何もない」

下馬評を覆してのものだっただけに、トランプ氏の当選は意外でもあり驚きでもあった。さまざまな政策分野で「放言」ともいうべき主張を繰り返していたから、それら――特に、在日米軍の駐留経費問題――を本当に実行に移すかどうかが懸念されるところである。

だが意外にも、米軍高官はトランプ氏当選には「少し驚いた」とは言ったものの、「我々は来年1月20日まではオバマ大統領に仕え、その日以降はトランプ大統領に仕える。ただそれだけのことだ」と淡々としたもので、「在日米軍に関しては変わることは何もない」と言う。駐留経費全額負担か、さもなくば在日米軍撤退かという選択を突き付けてくることはない、というのだ。

それはなぜか。ひとつは、在日米軍の経費負担については、すでに今年、日米間での協定が発効されているからだという。

これは「在日米軍駐留経費負担に係る特別協定」といい、今年1月に岸田外相とケネディ駐日大使が署名し、国会の可決を経て4月1日に発効したものである。しかもこの協定の有効期間は2016年度からの5年間。トランプ氏が大統領在職中にこれを変更するためには、新たに協定改定の交渉と妥結、さらに日米双方の議会の承認というプロセスを経なければならず、事実上は不可能なのだ。

米軍高官はさらに、過去のトランプ発言をよく読めば、「全額負担がなければ米軍撤退」という主張も選挙キャンペーン用で、中身のないものであることがわかる、と言う。

確かに、トランプ氏は昨年8月のアイオワ州での演説で、日米安保条約の不公平性=片務性を訴えてはいる。だが、「日米安保条約は不公平だから再交渉しなければならない」とは言うものの、決して日米安保破棄とは言っていないところが重要だ。

「外国と締結した条約を破棄するには、米議会の3分の2の承認が必要だ。だが現在の上下両院で日米安保条約破棄に賛同する議員がそれだけの数いるはずもなく、破棄は非現実的だ」と米軍高官は説明したうえで、「だから変わることは何もない」と断言するのである。

以前の記事でも述べたように、アメリカにとっての守るべき国益とは「自由」であり、経済的には「自由貿易」である。これを阻害する地域紛争を抑止するため、アメリカは世界各地に米軍を前方展開させているのだ。その国益を中心とした思考過程をとってきたのが共和党である。軍の前方展開が、アメリカの国益維持という方針に合致している限り、兵を引くことはありえない。その意味でも、「駐留経費全額負担か撤退か」という議論は意味のないものだ、と米軍高官は言う。

米軍は「クリントン」が大嫌い

米軍高官がトランプ氏当選にさほどの驚きを見せなかったのは、米軍全体に存在する「クリントン嫌い」のせいもあったのかもしれない。

筆者は1999年から2000年にかけてのビル・クリントン政権時のアメリカに駐在していたが、このとき肌で感じたのは、ペンタゴンの強烈なクリントン嫌いだった。

99年当時、ヨーロッパを揺るがしていたのはコソボ紛争だ。セルビア大統領ミロシェビッチによるコソボでのアルバニア人虐殺に対し、アメリカとNATOはセルビア空爆を実施した。しかしこの空爆は、国連安保理決議がなく、「国際的な人道危機への対応」を理由に行われたものだった。

この作戦を積極的に進めたのは、クリントン大統領(当時)を中心とするホワイトハウスであり、当時モニカ・ルインスキー事件隠しとの噂もあった。

さらに同年後半には、独立問題で揺れる東ティモール紛争が起き、国連安保理決議により多国籍軍が介入したのだが、この目的も「人道支援」であり、ここでもホワイトハウスは、米軍を大きく関与させようとしていた。

こうした動きに対し、ペンタゴン、特に米軍制服組は抵抗を示した。というのも、戦争や軍事介入の目的が「人道」ということになると、「米軍は国益のためだけではなく、人道危機に対しても常に戦う軍隊である」という誤ったメッセージを中国に送ることになる、と懸念したからである。

結果としてセルビア空爆を行った米軍ではあったが、東ティモール紛争に関しては前面に出ることなく、オーストラリア軍の後方支援に回ることで、ホワイトハウスの「暴走」にブレーキをかけたのだ。

しかしそれ以来、米軍軍人は、「クリントン」という名前に嫌悪感を抱いており、特に「ヒラリー」に対しては「嘘つき」という、これも米軍人が最も嫌う人格が指摘されていた。

今回の大統領選挙でヒラリー・クリントン氏が当選しなかったことに、米軍はむしろ安堵の思いを抱いているのかもしれない。

「非対称戦争」からは一歩引いて

昨年、オバマ大統領は「世界の警察官をやめる」と発言して大きな注目を浴びた。これと「在外米軍の撤退」などトランプ氏の一連の極端な発言は、現在米軍が抱えている「『非対称戦争』に対する忌避感」として観察すると理解できるのかもしれない。

先に述べた通り、アメリカの究極の戦略目標、国益は、「自由貿易」による繁栄の確保である。その自由貿易を阻害する地域紛争を抑止するため、遠征軍を前方展開させ「世界の警察官」としてふるまう、というのがアメリカの基本的な考え方だった。

一方、イスラム国(IS)やシリア問題など現在中東で起きている地域紛争は全て非対称戦争である。 ベトナムやアフガニスタンの例を見てもわかるように、米軍はこうした戦争がそもそも苦手である。その上、対テロ・ゲリラ戦に勝利しようとしまいと、シェールガスが出るようになったアメリカにとって、「自由貿易」という点からも、今や中東の安全・安定はアメリカの「国益」にとって死活的問題ではなくなってきたのである。

その意味でオバマ大統領は「世界の警察官をやめる」と言い、そもそもサウジアラビアなど、中東の大国こそが対応すべき問題であり、また、国連を中心として対応すべきなら、アメリカ以外の安保理の国々がイニシアティブをとってもよいのではないか、と訴えたのである。

「非対称戦争に関わりたくない」という米軍の基本的なマインドは、トランプ氏が大統領になっても変わらない。アメリカの国益と関係の薄い非対称戦争からはこれからも一歩引いた態度を示すのだろう。

しかし、アメリカの国益に直接影響する紛争に対しては世界のどこであっても乗り込んでいく――前方展開部隊はそのためのものである、と米軍高官はあらためて強調する。

日米「Win-Win」関係の構築を

トランプ氏は、政治経験が一切ないビジネスマンである。だがそれゆえに、ビジネスマンらしい発想すなわち「business deal」する外交を行っていく可能性も高い。

ビジネスを成功させるためには、相手に「君とdeal(取引)したい」と如何に思わせるか、が重要なポイントの1つとなる。

またビジネスにおいて、一方だけが得をし続けるというのは、長期契約関係に繋がらない。そこで必ず考慮されるのが相手との「Win-Win」関係である。トランプ氏はおそらく、日米関係でもそれを求めてくるのではないだろうか?

ならば日本も、それを意識する必要がある。今や日米同盟は、日本を守るための存在だけでなく、既に、アジア・太平洋地域の平和と安定に必要不可欠な存在と位置付けられている。日本以外のアジア諸国こそが期待する同盟関係なのだ。

日米同盟は、東アジアにおける地域紛争の抑止力として、アメリカの国益である「自由貿易」の維持に大いに貢献している。11月17日の安倍総理のトランプ氏訪問は、ビジネスマンのトランプ氏に「日本はdealしたくなる相手」と思わせる第一歩だった。そして今後もアジア・太平洋地域の安定のため、日米の「Win-Win」関係が構築されていくことに期待したい。

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伊藤俊幸

元海将、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。1958年生まれ。防衛大学校機械工学科卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第二潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監を最後に昨年8月退官。

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(2016年11月25日フォーサイトより転載)

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