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ジンバブエ「軍事クーデター」引き金はムガベ大統領「夫人」--白戸圭一

武装蜂起した軍人らの「本音」とは?

2017年11月22日 09時48分 JST | 更新 2017年11月22日 15時08分 JST

アフリカ南部のジンバブエで11月14日深夜から15日未明にかけて、国軍の一部兵士が首都ハラレの政府関連施設や国営放送局を占拠した。事態は刻々と動いており、情勢の推移についてはマスメディアの報道を参照していただきたい。本稿では、マスメディアの報道に接しているだけでは理解が難しいと思われる点について、ジンバブエの歴史や政治・社会情勢を踏まえながら解説を試みたい。

見えない首謀者

現地からの第1報によれば、首都ハラレでは武装した兵士が政府関連施設や放送局を占拠し、爆発音や銃声が聞こえたという。

隣国南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領は15日に発表した声明で、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領(93歳)と直接電話で会話し、ムガベ氏が自宅軟禁下にあることを確認したと明らかにした。首都ハラレではムガベ氏の退陣を求める数万人規模の市民デモが行われ、同氏は与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)の党首を解任されたものの、19日に記者会見を開いて大統領職にとどまる意向を明らかにした。

今回の出来事は、外形的には軍事クーデターと考える以外にない。ところが、放送局を占拠した軍の将官は15日の国民向けの声明で、「政府の乗っ取りが目的ではなく、ムガベ氏周辺の犯罪者を標的にしている。ムガベ氏は無事だ」と述べ、自らの行為が軍事クーデターと見做されることを拒否している。

兵士たちはムガベ氏を自宅軟禁下に置いているにもかかわらず、辞任を強要する気配もない。それどころか、16日になって公表された写真には、ムガベ氏と軍のリーダー格の人物がにこやかに握手している様子が写っていた。

さらに今回のジンバブエのケースでは、蜂起した兵士たちがクーデターを否定しているだけでなく、武装蜂起の首謀者の姿が見えない。

武装蜂起に先立つ11月6日、ムガベ大統領の有力後継者と目されていたエマーソン・ムナンガグワ第1副大統領(75)が、「不誠実な態度を取った」という曖昧模糊とした理由で、ムガベ大統領に副大統領職を解かれた。ムナンガグワ氏は1980年の独立まで解放闘争を闘い、独立後は国防相など軍・治安関係の閣僚を長年務めた人物であり。国軍内には支持者が多い。

同氏の解任を受け、国軍のコンスタンティノ・チウェンガ司令官は13日に、「軍は介入をためらわない」とする異例の声明を発表し、ムガベ体制の政権与党であるジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)との間で緊張が高まっていた。こうした経緯からすると、蜂起の首謀者が国軍司令官の可能性はあるが、少なくとも表には出ていない。

武装蜂起した軍人らの「本音」

サブサハラ・アフリカ(アフリカのうち、サハラ砂漠より南の地域)の17カ国が一斉に独立した1960年の「アフリカの年」から今年で57年。サブサハラ・アフリカ49カ国ではこの間、数え方にもよるが、およそ80件の軍事クーデターが発生している。

従来のアフリカの軍事クーデターの一般的な流れは、政治に不満を抱く軍高官が部下を率いて武装蜂起し、殺害、拘束、第3国への亡命の事実上の強要などの手段で国家元首を放逐し、憲法停止と翼賛議会の解散を宣言したうえで、蜂起を主導したリーダー格の軍人が新たな最高指導者となる。

1980年代まではクーデター首謀者がそのまま新国家元首の座に就くケースが多かったが、近年は首謀者が選挙管理政権の役割を果たし、選挙を通じて新たな国家元首を選出するケースもある。いずれにせよ、普通はクーデターの首謀者は可視化されているのだが、今回のジンバブエのケースでは、その顔が見えない。

「異例づくし」の今回の武装蜂起の特徴をまとめると、次のようになる。

・武装蜂起した軍がクーデターであることを否定

・軍がムガベ氏の身の安全を強調

・軍は、排除の対象は大統領本人ではなく大統領周辺者だと主張

・首謀者の姿が見えない

・ムガベ氏は自宅軟禁状態にあるにもかかわらず、辞任を拒否

これら数々の「異例」から考えられるのは、1980年から37年にわたって権力の座に君臨し続けたムガベ氏は、ジンバブエ経済を崩壊に追いやった紛れもない独裁者ではあるものの、今も国民からだけでなく、他のアフリカ諸国からも一定のシンパシーを得ているという事実だ。ムガベ氏の「革命の英雄」としての正統性はアフリカでは決して消え去ってはいない、ということである。

このため、蜂起した軍はムガベ氏を権力の座から力で引きずり降ろすのではなく、自発的な辞任を促し、「名誉ある撤退」の形を取らせたいのだろう。ムガベ氏の正統性を継承する形で新しい政治権力を打ち立て、国家の混乱した状況を軟着陸させたいというのが、武装蜂起した軍人たちの本音だと推測される。

「アフリカ全体」の英雄

ムガベ氏は1990年代後半以降の数々の誤った経済政策によってジンバブエ経済を崩壊させ、2008年の同国のインフレ率は、実に5000億%にも達した。2015年6月に自国通貨ジンバブエドルを廃止し、米ドルと南アフリカランドの国内流通を公式に認めた時点の為替レートは、1円=300,000,000,000,000(300兆)ジンバブエドルだった。かつてジンバブエ準備銀行(中央銀行)が発行していた1000万ジンバブエドル札を、筆者は今でも「記念」に持っているが、これは円換算すると、0.00000003円にしかならない。

これほどまでに国民経済を崩壊させ、野党やメディアを弾圧し、自らの誕生パーティーに1億円以上を使ったと言われるムガベ氏に「配慮」する理由は、民主主義が定着した先進国の感覚ではなかなか理解しにくいことかもしれない。

しかし、1980年の英領からの独立とその後の十数年のムガベ氏を知る世代にとって、彼は革命の英雄であり、有能かつ現実的な政治指導者であった。独立前のジンバブエは、わずか6000人の英国系農家(白人)が国土の4割を所有し、450万人ものアフリカ人が国土の残りの土地に追いやられている白人少数支配体制の牙城であった。この状態下で解放闘争を指揮し、独立を勝ち取ったリーダーが若き日のムガベ氏である。ジンバブエが独立した結果、1980年代のアフリカ大陸で白人少数支配国家はアパルトヘイト(人種隔離)を実践していた隣国の南アフリカと、その支配下にあったナミビアだけとなった。

さらに独立後のムガベ氏は、革命の指導者が陥りがちな教条主義的な政策と決別し、有能かつ現実的な指導者として国造りを主導した。この結果、少なくとも1980~90年代前半までのジンバブエは、英領南ローデシアから継承した強力な経済を有し、インフラの水準は高く、豊富な農業生産を誇っていた。苦悩に満ちた植民地時代を知る世代にとって、ムガベ氏とは、ジンバブエの英雄だっただけでなく、アフリカ全体の英雄の1人だった。

ジンバブエの「現実」

英雄として君臨していたムガベ氏がおかしくなり始めたのは、1990年代半ばごろからであった。歴史的経緯の詳述は紙幅に限りがあるので割愛するが、白人農場主からの土地強制収用に乗り出し、白人への憎悪を剥き出しにし、欧米諸国を敵に回し、常軌を逸した経済政策によってジンバブエは崩壊への道を突き進んでいった。

だが、それでもムガベ体制が37年間も続いたのは、単にムガベ政権による野党弾圧が苛烈を極めたからではない。

ムガベ氏は2013年の大統領選挙まで、実に6度の大統領選で再選され続けた。選挙のたびに野党勢力への弾圧は激しさを増し、とりわけ2008年と2013年の大統領選はおよそ公正とは言えないものだったが、6選を果たした直近の2013年大統領選の得票率は、ムガベ氏61%に対して、野党候補のチャンギライ氏は34%だった。

つまり、逆説的な言い方になるが、野党候補が3分の1を得票できるくらいの「自由」が存在する状況下での選挙において、ある程度の国民は自主的にムガベ氏に投票し、彼を再選させたのである。そうしたジンバブエ国民の選択を遠い外国から「非合理」と笑うことは容易いが、ともあれ、それがジンバブエの現実であった。

今回の武装蜂起を伝える英国BBCをはじめとする西側メディアを見ていると、軍の武装蜂起を歓迎し、ムガベ氏に批判的なジンバブエ国民のコメントが目立つが、それは報道しているメディアがそもそもムガベ氏に批判的だからである。

「グッチ・グレース」

最後に、今回の武装蜂起で軍が排除の対象を大統領本人ではなく、大統領周辺の「犯罪者」だと強調している点について考察しておきたい。

軍は「犯罪者」を名指ししてはいないが、歴史と現状から考えて、それはムガベ氏のグレース夫人(52歳)とその取り巻きのことを指していると考えられる。今回の武装蜂起の後、グレース夫人はナミビアに逃亡したとの情報も流れたが、ムガベ氏とともに自宅軟禁されている模様だ。

ムガベ氏は2018年の大統領選への出馬を表明していたが、93歳の大統領が本当に出馬できるかは怪しく、ジンバブエでは後継者が誰になるかが最大の政治課題であった。先述した通り、後継者として目されていたのはムナンガグワ第1副大統領であったが、同氏がムガベ氏に解任されたことにより、かねてから後継者の座に意欲を示していたグレース夫人が最有力候補の座に躍り出る状況となっていた。

ムガベ氏には元々、英国相手の植民地解放闘争で苦楽を共にした同世代の妻がいた。アフリカ西部ゴールドコースト(現ガーナ)出身の女性で、その人柄はジンバブエ国民にも親しまれていたが、この女性は1992年に病気で他界している。

そのころ、20代後半でムガベ氏の秘書を務め、既婚者でありながらムガベ氏の愛人となり、夫と離婚した末に1996年にムガベ氏の2番目の妻になったのがグレース夫人である。

グレース夫人は夫の権力を背景に我が物顔でふるまい、国民経済が崩壊していく中、高級ブランドで身を固めて裕福な生活を享受してきたことから、「グッチ・グレース」などと揶揄されてきた。若者や女性の間では一定の支持があったが、訪問先の南アフリカで今年8月、暴力沙汰を起こすなど、次期大統領としての資質には疑問が呈されていた。

グレース氏が愛人から大統領夫人の座に収まった時期は、革命の英雄だったムガベ氏が独裁色を強め、常軌を逸した政策を打ち出し始めた時期にほぼ重なっている。

ここからは筆者の推測の域を出ないが、かつてムガベ氏の配下で革命を成し遂げ国家建設に邁進してきた謹厳実直な退役軍人、その流れを引く国を想う後輩の軍人たちにとって、グレース夫人とは、高齢の大統領から正常な判断力を奪い、国家経済を破滅に追いやった第1級の「戦犯」に見えるのではないだろうか。その彼女が次期大統領に就任し、「革命の後継者」を名乗る事態だけは許せない───。今回の武装蜂起には、そんな軍人たちの想いがあるようにも見える。(白戸 圭一)


白戸圭一 三井物産戦略研究所国際情報部 欧露・中東・アフリカ室室長。京都大学大学院客員准教授。1970年埼玉県生れ。95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。同年毎日新聞社入社。鹿児島支局、福岡総局、外信部を経て、2004年から08年までヨハネスブルク特派員。ワシントン特派員を最後に2014年3月末で退社。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞)、共著に『新生南アフリカと日本』『南アフリカと民主化』(ともに勁草書房)など。最新刊は『ボコ・ハラム イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』(新潮社)。

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(2017年11月17日フォーサイトより転載)

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