「生きにくさに気づけ」 弁護士と社会福祉士が罪に問われた障害者を支援

罪に問われた知的障害者らを、裁判で判決が確定する前の段階から支援しようという動きが広がっている。被疑者あるいは被告人の担当弁護士が社会福祉士に協力を求め、本人が福祉施設などで暮らせることを「更生支援計画」にまとめる。

罪に問われた知的障害者らを、裁判で判決が確定する前の段階から支援しようという動きが広がっている。被疑者あるいは被告人の担当弁護士が社会福祉士に協力を求め、本人が福祉施設などで暮らせることを「更生支援計画」にまとめる。検察や裁判所がそれを判断材料とする例も増えてきた。弁護士と社会福祉士の組織的な連携が進んだからだ。関係者の合言葉は「見えづらい生きにくさに気づけ」だ。

■もう盗みはしない

「あの時捕まって本当に良かった。もう罪を犯さなくて済むから」。

神奈川県内のグループホーム(GH)で暮らす、知的障害のある太郎さん(仮名・29)はこう振り返る。

親とのいさかいから2009年に実家を飛び出し、路上生活を開始。生きるための盗みを重ね、13年3月末、スーパーで万引きした時に警備員を小突いて逮捕・起訴された。

「人懐こい若者だな」。留置所で太郎さんと初めて会った社会福祉士の牧野賢一さんはこう思った。本人の意向を受け、GHに住むことなどを盛り込んだ更生支援計画を作成。その結果、5月末に執行猶予付きの判決が出た。

太郎さんは判決の出たその日に現在のGHに移った。牧野さんと会ってからわずか1カ月後のことだ。太郎さんの生育歴を関係者から聞き取り、福祉事務所などと話をつけた牧野さんの早わざが功を奏した。

太郎さんは現在、障害者の就労支援事業所に通いながら就職活動に励む。将来の希望は一人暮らしだ。「もう盗みはしない。今は夢があるから」。

本人の生育歴や将来の支援体制などを記した更生支援計画に法的な位置づけはなく、決まった書式もない。単に執行猶予や減刑を目指すものでもない。本人の生きにくさを文章化し、再出発への道筋を示すものだ。

太郎さんは知人から偶然得た情報で牧野さんとつながった。そうではなく、弁護士が被疑者や被告人の障害に気づいたら社会福祉士に協力を求める仕組みができないか----。そんな問題意識を持つ横浜弁護士会は13年から神奈川県社会福祉士会との連携を模索。14年11月に協定を結んだ。

同弁護士会は「社会福祉士には知的障害のある人との接見に同行してもらいたい。限られた時間で本人と信頼関係を築き、情報を分析して福祉施設を探し、更生支援計画を作るには社会福祉士の力が必要」としている。

県社会福祉士会は弁護士会からの要請に応じられるよう、あらかじめ研修を受けた人を登録する。その登録名簿から個別の案件ごとに弁護士会に推薦する仕組みを設けた。

■変わる検察の意識

検察も社会福祉士を意識し始めた。

万引きで捕まった知的障害のある次郎さん(仮名・40代)は被疑者のまま救護施設に入所。検事は弁護士に更生支援計画を提出するよう求めた。就労に向けた見通しを気にしたからだ。

計画作成に時間をかけていると検事から督促が入った。弁護士がその後提出した結果、次郎さんは14年4月、不起訴になった。計画作成を担当した大阪社会福祉士会の宮田英幸さんは「検察が計画を重視するようになった。以前は考えられなかった」と振り返る。

検察の組織にも変化が見られる。13年4月の東京地検を皮切りに、仙台、大阪の地検が社会復帰支援室を設け社会福祉士を配置。横浜地検も15年4月に同様の体制を組む。

検察が新規に受理する被疑者は年間約148万人。そのうち起訴されるのは3割で、刑事施設に入るのは2%未満(11年)。「身元引受人がいない」「事実関係や自分の気持ちを正確に話せない」といった人は不起訴や執行猶予になりにくい。刑事司法の世界では周知の事実だ。

この点で知的障害者や高齢者は不利になりがちだ。刑事施設に入ることが更生につながるとは限らないことも知られてきた。

この問題に大阪弁護士会は先駆的に取り組み、地元の社会福祉士会をはじめ福祉団体との連携を組織的に進めてきた。それが冒頭のように神奈川などに広がっている。

ただし、社会福祉士の活動にはどこからも報酬が出ない。

被疑者や被告人段階の本人と面会する機会が限られ、判決が出るまで居室を空けて待つ福祉施設の負担も軽くはない。

そこで国や政党が動き出した。法務省の有識者検討会は14年6月、高齢者や障害者の司法アクセス権強化を提言し、公明党は同12月の衆院選公約に同様の記述を盛り込んだ。

神奈川県社会福祉士会の山下康会長は「私たちの取り組みはいずれ制度化される」と会員らに呼びかけている。

■罪に問われた知的障害者らを複数受け入れている障害者支援施設「かりいほ」(栃木県大田原市)石川恒施設長の話

更生支援計画の実行にあたっては、集団生活のルールに沿った「枠の支援」だけでは不十分だ。「枠の支援」を「人と人との関係性の中での支援」に変え、一人ひとりの特長を生かして社会とかかわれるようにすることが施設職員の役割だ。

かりいほの入所者30人のうち10人が刑余者だが、私は他の20人と同様「それぞれ生きにくさを抱えた人」と捉える。問題を起こさない「良い人」にする支援はしない。本人の衝動性、盗癖といった生きにくさを認める。これはわがままを許すのとは違う。本人の安心できる居場所を作ることで他者とのかかわり方が初めて見えてくる。

大事なのは本当の意味で本人を知ること。それには時間がかかる。人手もいる。刑余者に限らず、そういうかかわりの必要な人が増えている。このことを社会全体で共有する必要がある。

【訂正 2015/01/20 09:50】

文中に「執行猶予付きの実刑判決が出た」という記述がありましたが、正しくは「執行猶予付きの判決」でした。

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