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置き去りにしたくない──復興予算の配分

2013年06月25日 23時39分 JST | 更新 2013年08月25日 18時12分 JST

7月の参議院選挙に向け、今の時期、政治関係のニュースはどうしても、選挙に絡んだものが多くなる。政策面における話でも、憲法改正やTPPを筆頭に、国論を二分しそうな項目に注目が集まりやすい。

自分自身のことを振り返っても、千葉知事選挙が終わった3月後半から、参議院選挙をどう戦うか、そして、小政党に属する身としては県外の候補者の応援も積極的に行うため、都議選の支援をどうするか、といった具合に頭の中は選挙モードになっていた。当然、これらの選挙戦では応援演説を何度も行うため、注目される項目について論点を整理するようにしている。

そうした中、置き去りになっていると思うことがあった。東日本大震災の復興についてで、そのきっかけは連休明けに行った三陸地方の被災地視察。被災地の現状は、本来ならもっと語るべきことなのに、本当のことが伝わっていないように思えてならない。

確かに予算は計上され、数字の上では被災地の復興が進んでいるようにみえる。その象徴となるのが復興道路で、急ピッチで完成に向けて工事が進められていた。ところが、宮古市、大槌町、山田町、陸前高田市、大船渡市、気仙沼市・・・筆者が見て回った街は荒野が広がり、手つかずのまま。印象をひと言で語ると、復興作業は道路などのインフラが優先され、生活の場となる街づくりは遅れているのである。

もちろん、ライフラインの再建は大切だが、筆者の目に映ったのは、本当に先に予算を投じるべきなのかと思える"復興道路"と、今なお仮設住宅暮らしを余儀なくされている被災者の対照的な復興の姿だ。

果たして、こんな進め方で良いのか?インフラの復旧を進めることが景気にプラスの効果をもたらすのは確かだろうが、住宅の復旧でも復興需要は生じる──予算の配分の在り方にもっと目を向け、議論する必要があるのではないか。

今後、南海トラフ地震、首都直下型地震が起きた場合、被害が生じれば当然、政治は復興に取り組むことになるが、そこでも、今、東北で行われているように、本当に優先する必要があるのかと思えるインフラの整備が、生活の場よりも先に進めることになるのだろうか。復興予算の配分についての議論を置き去りにせず、来たる選挙戦でも訴えるべきと思った。