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専業主婦が家事を通して夫を虐げる理由

2014年08月19日 00時00分 JST | 更新 2014年10月17日 18時12分 JST
anzeletti via Getty Images

育児中の専業主婦の多くは夫が帰宅するとすぐに家事の一部をさせようとします。夫が疲れた体にムチ打って食器洗いや洗濯後の衣服の収納などを行っても、専業主婦の多くは感謝すらしてくれません。それどころか夫の家事のやり方が自分独自のルールと一致していないことをなじります。さらに、育児中の専業主婦の多くは週に六日は自分が育児をしているのだから週一日は夫が育児を引き受けなくてはならないと思っています。夫は週に六日外で働いているのですが、夫の仕事が休みの日には夫が育児をして自分は育児から開放されるべきだと主張します。なぜ育児中の専業主婦はこのように理不尽な要求を突きつけて夫を虐げるのでしょうか?

そこにはもちろん原因があります。しかしこの原因は夫にはありません。妻と他人との関係から生じる怒りやイライラを最も

身近な夫にぶつけています。くわしくみていきましょう。

育児中の専業主婦は、同性の知り合いが自由な時間を多く持っていて自分より自由にお洒落をしたり買い物をしたり美味しいものを食べたり働いたり恋愛したりしていることに嫉妬します。彼女等は、自分が持っていない幸せを持っている人がいるという事実に強くストレスを感じています。

結婚して専業主婦になるという選択肢しか与えられていなかった世代の女性は、こういったストレスを強く感じることはありませんでした。専業主婦になる選択肢もキャリアを積んだり新しい恋愛を楽しんだりする選択肢も持っている世代の女性は、自分が選ばなかった選択肢を選んだ人がいる事実、自分が獲得していない幸せを獲得している人がいるという現実にストレスを感じるようになりました。

特に恋愛を何よりも価値の高いものと思っている人が主婦として育児をする際には、次の恋愛ができないことをとても不幸なことだと感じます。彼女等は結婚していない同性の知り合いが自由に恋愛していることに強く嫉妬します。自由に恋愛する権利を持っている人がいるのに自分にはその権利がないことを自分だけが損をしていると感じてしまいます。そのため自分が持っていない「自由に恋愛する権利」を持っている人がいるという事実にストレスを感じます。そして「自分だけが家庭や育児に縛り付けられている」ことを不公平で損なことと思うようになります。

しかし育児中の専業主婦がそのイライラを結婚していない同性の知り合いにぶつけることはまずありません。イライラを相手に直接ぶつけると負けを認めることになってしまいます。彼女等の多くは決して負けを認めようとはせずに育児を通してしかえられない幸せなひとコマをフェイスブックで公開します。キャリアを積む生き方を選んだ女性はキャリアを積む生き方を通してしかえられない幸せなひとコマをフェイスブックで公開しますし、新しい恋愛を楽しみ続けようとする生き方を選んだ女性は新しい恋愛を通してしかえられない幸せなひとコマをフェイスブックで公開します。そうやって彼女等はフェイスブック上で互いに相手が持っていない幸せを見せつけあい、結果として自分が獲得していない幸せを獲得している人がいるという事実にストレスを感じあっています。

育児中の専業主婦は自分が制限された自由しか持っていないイラだちを結婚していない同性にぶつけないかわりに、そういったストレスやイラだちを最も身近な夫に向けることになります。彼女等は、夫が自分より多くの自由を持っていることに怒りの矛先を向けます。そのため、夫が外でちょっとした趣味の時間を持ったり、つきあいで飲みに行ったり、ということを不公平で受け入れがたいことだと感じ始めます。それどころか夫が仕事の都合で帰りが遅くなることもどこか遠くに出張することも、すべて自分にはなくて夫だけが持っている特権的な自由で、自分だけが損をしていると感じるようになってしまいます。

そうやって「夫が外で好き勝手している間、私は一人で育児をしている」という気持ちになってしまうわけです。実際に夫は、仕事の合間に同僚と冗談を言いあったり後輩の女の子にデレデレしたり出張のついでに土地の美味しいものを食べたりもしているのでしょうが、妻の側にも育児中に子供と長い時間を過ごす人にしか経験できない幸せな時間があるはずです。しかし自由な時間や新しい恋愛といった、自分が持っていない幸せを持っている同性が存在するという事実が、彼女等を「私だけが育児に縛られて損をしている」という気持ちにさせてしまいます。夫には仕事から解放される時間があるのに自分には育児から解放される時間がないというのは事実なのですが、夫が仕事から解放された時間に夫に育児を押し付けてしまうと今度は夫から自由な時間が失われます。夫と妻の関係だけを見ると妻に自由な時間を作るために夫の自由な時間を奪うというのはムチャクチャな話なのですが、彼女等は自分と「夫」との関係ではなく自分と「自分より自由な同性」との差を埋めるために夫の自由な時間を奪おうとしています。

そのため彼女等は、夫が帰宅するとすぐに家事の一部をさせようとしますし夫が休みの日には育児を全面的に押しつけようとします。夫は、平日は外で仕事をしているのにまるで遊んで帰ってきたかのように扱われて、帰宅後や休日に家事や育児をさせられることに納得がいきません。しかし女性の側は「男女平等の社会では男性も家事や育児を行わなくてはならない」という世論を後ろ盾に口撃してきますから、男性は一人で世論を相手に反論しても勝ち目がありません。

一部の男性は遊んで帰ってきたように扱われることや不毛な言い争いやが嫌になり、帰宅すること自体を苦痛に感じ始めてしまいます。そして毎日どこかで時間をつぶして、家族が寝静まった後に帰宅するのが習慣になっていきます。男性の帰宅時間が遅くなれば、女性の側の「自分だけが自由を奪われている」という気持ちはよりいっそう強くなります。

この状況は「お互いへの思いやり」とか「常日頃からの感謝の気持ち」とかでは解決しません。なにしろ原因は夫婦の間にあるのではなく、妻と妻より自由な他人との間にあるのですから。この状況を解決するためには、ひとりの人間がありとあらゆる幸せをすべて獲得するのはそもそも不可能なことなのだと女性の側に理解してもらうしかないのですが、その話は長くなるので興味のある人は電子書籍「愛というストレス、幸せという強迫」の方をご参照ください。

さて、あなたはどう思いますか?

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愛というストレス、幸せという強迫」(アマゾン Kindleストア)

(2014年8月4日「誰かが言わねば」より転載)