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就職活動の話とニートの話

2014年10月19日 22時41分 JST | 更新 2014年12月19日 19時12分 JST
Yagi Studio via Getty Images

就職活動がうまくいかなくて自殺してしまう人や就職活動が原因で精神を病んで引きこもってしまう人がいます。しかし就職活動で精神を病んでも誰も何も補償してくれません。というのもこれはリンチ殺人と同じで誰が致命傷を与えたのか分からないため、加害者に賠償請求する方法がありません。

せめて世の中が、自信を失って引きこもってしまった人に対して寛容であれば、彼等が社会に復帰するチャンスも増えるのですが、残念ながら現状はそうではありません。会社員や公務員などの定職に就いている人で、ニートに対して優しい人は多くありません。

ニートや引きこもりに対して厳しいタイプの人達は「社会に出たらもっとつらいことがたくさんあるのだから、就職活動くらいで心が折れるようなヤツはどうせ社会では通用しないのだ」と言います。彼等はそう言うことによって自分の方が偉くて役に立つ存在だと確認したいのでしょうが、この指摘は完全に間違えています。なぜなら営業マンがどんなに酷い追い払われ方をしても、それは「そんな商品(あるいはサービス)なんか要らない」という意味でしかありません。一方で、就職活動で軽くあしらわれることは「おまえなんか要らない」という意味を持ちます。「そんな商品なんか要らない」と十年繰り返されても自らの存在意義は損なわれませんが、「おまえなんか要らない」と数ヶ月も繰り返されると自らの存在意義が揺らいでしまって簡単には自信を回復することができなくなります。

就職活動に限らず、ニートや引きこもりになってしまった人達は人生のどこかで尊厳を深く傷つけられて完全に自信を失ってしまった人達です。

日本の社会には優れた点もたくさんありますが、残念ながら問題点もたくさんあります。たとえば日本では、自分より立場の強い人にへつらい自分より立場の弱い人を徹底的に攻撃するタイプの人が少なくありません。最も弱い立場に堕ちてしまうと、そういった人達から攻撃され続けますから、再び這い上がることはなかなかできません。

自分より立場の弱い人を徹底的に攻撃するタイプの人は、特に匿名で発言できるインターネット上では溺れる犬を棒で打ちまくります。引きこもりの人が持つ社会との唯一の接点がインターネットなのですが、同時にそこは立場の弱い人を踏んづける場所でもあります。彼等は家の中に引きこもった状態でインターネットを介してさらに痛めつけられ続けるわけですから、余計に自信を失って社会復帰できなくなってしまいます。

ニートとしての生活が長くなると、気力が失われていきます。徐々に外出することも減っていき、家にいる時間が長くなります。夜は眠れません、精神的に病んでいきますし体力も落ちていきます。昔の知り合いには会いたくなくなりますし、誰とも接したくなくなります。やりたいことどころか欲しいものすらなくなってしまいます。新しいことを始める気合いも、生活を立て直す意思も持てなくなります。

負のスパイラルに入ってしまうと自分ではどうしようもなくなります。自分で自分を負のスパイラルから救い出せるほど人間は強くありません。もしあなたが、自分はそんなに弱くないと思うなら、それはまだ本当に追い込まれたことがないか、弱かった自分の過去を美化してしまっているかのどちらかです。そしてそういう自分の弱さを知らない人ほど他人に厳しいのです。

ニートや引きこもりに対して厳しい側の人達も、何かひとつのきっかけで負のスパイラルに陥ってしまう可能性は大いにあります。ニートや引きこもりになった人達だけが特別に弱い人達だということではなく、誰にでもそうなってしまう可能性はあります。

定職に就いている人の中でも、自分の生活に満足できていなくて強いストレスを感じ続けている人達や組織内で軽んじられている人達がニートに対して特に厳しい視線を向けます。弱い立場の人ほど、より弱い立場の人に対して厳しい姿勢で臨むわけです。強いストレスを抱えながら働いている人達がニートや引きこもりに対して厳しい言葉を投げつけるというのは、相手を苦しめる行為であり同時に自分の首を絞める行為でもあります。なにしろ明日には自分がそちら側にいる可能性もあるのですから。

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(2014年5月20日「誰かが言わねば」より転載)