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福島におけるリスクコミュニケーションの重要性

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■ 3年ぶりに福島を訪問

美しい山並み、勢い良く稲が伸びる水田、そしてこの地に産まれ育ち、故郷を愛して止まない人々との出会いを、この夏、福島の地を訪れ、実現できたことは大きな喜びです。東日本大震災後、何度も日本を訪れる機会がありましたが、そのほとんどが東京で、福島を訪れるのは、2011年9月の初訪問以来です。

福島の風景は美しく、そこに住む人々の優しさや寛容さが育まれた土地だということを実感させるものでした。地元の人と直接お話する機会を得られたこと、3年前の初訪問と比べ、彼らの生活がどのように変化したのか知ることができ、本当に感謝しています。

私は、1993年からケンブリッジ大学にて甲状腺病理学研究の一環で1992年からベラルーシとウクライナ、ロシアの科学者たちと共同で研究を始め、1998年からはチェルノブイリ組織バンク所長として国際学術研究に従事してきました。福島の人福島第一原発の事故後は、放射線リスクコミュニケーションに積極的に取り組み、学校や大学で幅広く講演なども行ってきています。そんななか、医療従事者、科学者としての立場から、福島の人のために何か役に立てないかとの思いから、今回の訪問が実現しました。


■ 本当の健康被害は心理的ストレス

分子病理学の研究者として、チェルノブイリでの原発事故の影響を研究することに多くの時間を費やしてきましたので、原子力発電所での事故による放射線被ばくで、どのような健康上の影響があるのかについては、十分理解しております。健康上の影響というのは、人体への放射線の影響によるものというよりも、むしろ、多くの人々が先祖代々からの土地を離れて生活せざるを得ないこと、そして、コミュニティに起こる変化に直面することからくるものです。

自分の家に戻ることができるのか、できるのだとすればいつなのか、自分自身、あるいは家族に放射線被ばくによる健康上の影響があるのかどうかを知ることもできない不確かな状況では、普通の生活を送ることは非常に困難です。

原発事故による放射性ヨウ素被ばくでの主な影響は、幼児期に被ばくした場合、甲状腺がん発症につながることがチェルノブイリの事例からわかっています。甲状腺がんの発症数は、被ばく量に関連しています。放射性ヨウ素で汚染された空気を吸わないようにすること、汚染された食べ物を摂取しないことによって、放射性ヨウ素へさらされる危険を減らせば、一人ひとりの被ばく量を減らせることがわかっています。

福島では事故の後、そうした被爆量を減らす実践がなされたため、放射性ヨウ素の線量は平均して、チェルノブイリ事故後のそれと比べると、非常に少なかったのです。加えて、普通のヨウ素をふんだんに含む日本食も、放射性ヨウ素が体に取り込まれるのを阻む役割を果たしています。放射性ヨウ素による汚染は非常に短期的なものです。福島で放出されたすべての放射性ヨウ素は事故後3カ月以降は存在しません。原子力発電所から放出された、たとえば放射性セシウムなどの、環境に長期的に残る他の要素による汚染を懸念する声もあります。しかしながら、放射性ヨウ素とは対照的に、放射性セシウム被ばくによる健康被害に関しては、チェルノブイリでは依拠する証拠がまったく見られませんでした。

おそらく、大多数の人々の被ばく線量が一度のCTスキャンによる被ばくと同等か少ないかだったからだと思われます。放射性ヨウ素の場合と同じく、福島原発から放出された放射性セシウムの量もチェルノブイリに比べてはるかに少ない量でした。チェルノブイリ事故後の最大の健康被害は、被ばくによって直接生じたものではなく、放射能への恐怖によるものでした。

この恐怖から、人々は自身と家族の健康被害をおそれ、精神的にも、また、生活の質にも大きな影響を受けました。チェルノブイリの事故から放射能の健康被害について多くを学びましたが、被ばくを抑えるために、住み慣れた地域を離れるといったことによって引き起こされる心理的ストレスにどう対処するかについては、残念ながら十分には学んでいないのです。


■ 情報と対話で得られる安心

福島ではじめにお訪ねしたのは、いわき市にいらっしゃる「福島のエートス」の皆さんでした。福島第一原発から25km離れた、150世帯くらいの末次という小さなコミュニティに住まわれている方々です。定期的に外的な放射線量、ホールボディーカウンターによる体内の放射線量、そして食べ物に含まれる放射線量を計測しています。

そしてその数字が実際にどんな意味を持つのかについて、食べ物や生活習慣がどのように線量に影響しているのかについて話し合いをされています。私が訪問した時には、地域に住まわれる年配のご夫妻、小さいお子さんを含めてのご家族連れ、また、赤ちゃんを連れたお母様もいらしてました。

ご自分たちで積極的に動かれ、実際に海に出て釣った魚を食べた体験を伝えてくれたり、その写真を見せて下さいました。放射線について学び、実際に線量を計測することによって、行動を自らの意思でコントロールされている方たちでしたので、私が特に科学者としての見解をお伝えして安心してもらう、という場にはなりませんでした。

ですが、お一人おひとりの話から、最初の不安や葛藤から、情報を知ること、実際に計測をすることによって、どのように納得し、前進しているかという心の変化の過程をお話いただいたことを興味深くうかがいました。また、ご自分は納得していても、やはり離れて住む家族から心配され、その心配をほぐしていこうとされる娘さんのお話が印象的でした。

私自身も娘がいますので、その親御さんがどれほど心配されているかはよく分かります。さまざまな情報が錯綜し、混沌とした状況のなかで、分からないからこそ苦しいという状況から、情報と対話によって、その状況を脱却することの重要性をあらためて感じました。その混沌から抜け出した娘さんだからこそ、自分たちがその地に住み続けると決めたことを、離れて住む親御さんに説明できているのだと思います。


■ 甲状腺検査におけるコミュニケーションの必要性

それから、福島県伊達市の「霊山里山がっこう」というところで行われた地域シンポジウムに参加しました。これは、福島県で行われている甲状腺検査について考えるために開催されたものです。周辺の住民30~40人が参加された小さなシンポジウムでした。

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甲状腺検査について考える地域シンポジウムにおいて、住民から活発な意見をうかがう(伊達市)

小児医療に関わられる医師、地元相馬市で臨床に関わられる医師らとともに、パネリストをつとめたのですが、私たちだけでなく、参加者が活発に意見を示し、議論に参加する有意義なものでした。今年の3月まで福島県で行われていた甲状腺スクリーニング検査は、「先行調査」といって、ベースラインの甲状腺疾患の罹患率を確認するためのもの、とされています。

しかし、これまでの調査が「先行調査」とされていることを知っている人、と住民の方にお聞きしたところ、ほとんどの方が「知らない」と回答されました。「私たちは放射線の影響を見るための検査と思って子どもたちに受けさせていました」という発言をうかがい、スクリーニングする側から住民に対して十分な説明がなされていないという事実に大変に驚きました。

会場の参加者からも、説明が不十分であるという点でのコミュニケーション不足と、説明そのものが専門的で分かりにくいというコミュニケーション不足が指摘されました。こうしたコミュニケーションの不足によって、県民に寄り添おうとして行われている甲状腺超音波検査が、かえって県民に疑いや不安をもたらすということの原因になっていると考えられます。

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歓迎の霊山太鼓を披露してくれた子どもたちと(伊達市)

私は、福島第一原発の事故後、放射線リスクコミュニケーションに積極的に取り組み、学校や大学で幅広く講演を行っています。小学生や環境グループから政府機関で働く人々まで、いろいろな人たちとお話ししてきました。コミュニケーション不足による誤解、情報の錯綜による混乱、知らされないことによる不安等にさらされている福島の人にとって、科学者として、医療従事者として正確な情報を伝えることで、そうした誤解、混乱、不安等を少しでも解消したいのです。

また、リスクコミュニケーションの役割の大きさを、今回の福島訪問を通じて、あらためて認識しました。人々を安心させられる情報、簡単に理解できる情報を提供できればと思っています。シンポジウムでの議論はとても活発で、地元の人々が積極的に問題にかかわり、私たちが提供する情報を熱心に活用しようとされていることが分かり、本当にうれしく思いました。それに加えて、とりわけ地元の生産物、特にとてもおいしい地元の桃を食べることができたのは大きな喜びです。


■ より正確な情報を伝えたい

最後に訪れたのは福島助産師会でした。この方たちは、健康被害を一番に心配しているお母さんたちや妊婦さんたちをサポートしています。ここで助産師の方々は、放射能の人体への影響、特に幼児への影響を積極的に勉強しています。事故後に生まれた赤ちゃんに放射能の影響がでていないと安心している方もいれば、食物汚染をめぐって、次世代への影響や、継続的問題を心配する方もいました。中には、助産師さんご自身も被災者であるにもかかわらず、若い母親に手をさしのべ、適切な助言をしておられる方もいました。

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福島県助産士会による定例の勉強会で意見を交換(いわき市)

福島での事故以降、日本政府関係者は非常に迅速に対応し、すぐに該当地域を避難させ、汚染された可能性のある地域の生産物を市場への供給をカットしました。日本では、食物の安全許容基準はヨーロッパよりも低いのですが、事故の後、リスクを最小限にしようとする国民を安心させるのに、政府はその基準をさらに下げました。こうした対応策は放射線量をさらに低くするためにとられたそちであり、このことで健康へのリスクは最小限にとどめられています。

WHOとUNSCEARからの、最近の二つの報告書では、福島原発事故後の放射線被ばくによる健康被害は非常に考えにくいとされています。このことは、チェルノブイリの原発事故後の被ばく線量と比較して、福島での被ばく線量が極めて低いということに起因しています。


■ 健康の問題ではなくコミュニケーションの問題

チェルノブイリ事故についての最近の報告書でUNSCEAR (原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は多くの人の考えとは対照的に、事故の最悪の健康被害は放射能が実際に引き起こした影響ではなく、放射能が与えるかもしれない影響への恐怖から来るものであったと述べています。起こるかもしれないことを不安に思うことが、生活の質に非常に悪い影響をもたらし、それがストレスに関連する病気を引き起こす可能性があるのです。

すべての科学的証拠が示唆するところによれば、誰一人として、福島の事故そのものからの放射能によるダメージをこうむるとは考えられませんが、そうかもしれないという不安が大きな心理的問題を引き起こしうるのです。ですから、福島の事故の放射能からの健康リスクは無視できるけれども、何か起こるかもしれないという過度の不安は放射線そのものよりもずっと健康に悪いのだと理解することが重要です。

福島で見てきたことは、健康の問題ではなく、コミュニケーションの問題です。福島に住む人々は福島における放射能の安全性について心配しているのではなくて、放射能は安全ではないと信じている人たちとの断絶が福島の復興を妨げかねないということを意識しています。福島を訪れて、リスクコミュニケーションの重要性をいっそう強く感じました。

最近の議論では、リスクの捉えかたに見られるギャップをどのように埋めるか、コミュニケーションの断絶をいかに回避するかにフォーカスが置かれています。真に建設的な議論を始めるために必要なことです。「事実」が社会の異なる集団によって異なる解釈をもつ、このギャップを克服するメカニズムを構築するのは本当に難しい問題でしょう。だからこそ、私たち科学者による情報の提供はよりいっそう重要と信じます。これからも、福島の人々が、正確な情報を得ることによって、不必要な混乱や不安、そしてストレスか抜け出してほしい、そしてこれらのギャップを克服する議論のきっかけとなることを願ってやみません。