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小林恭子 Headshot

オランダの「寛容さ」はどうなった? ージャーナリストにきれいごとではない本音を聞いた

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先月中旬、オランダで下院選挙(定数150)が行われたが、反移民・反イスラム教の排他的政党「自由党」が第1党になるのではという予想は大きく外れた。

欧州の主要ポピュリスト政党の1つとなる自由党が第1党になったら「大変なことになる!」という懸念を抱え、外国メディアがオランダに大挙したが、自由党は第2位にとどまった。

獲得議席数は20(5議席増)で、得票率は13%。少数政党が乱立するオランダ議会で第2位ではあるものの、政界を「席巻する」事態ではない。

それでも、どの政党も移民を解決するべき問題の1つとして位置付けるようになっており、自由党の影響力は侮れない。

反移民、反イスラム教――どちらも、筆者が住む英国では「政治的に正しくない」政治姿勢だ。自由党の党首ウィルダース氏はイスラム教のモスク(礼拝所)閉鎖や聖典コーランの禁書を公約として訴えた。

世界に多くの信者を持つイスラム教の聖典を禁止せよと言う人がオランダでは議員として活動ができるなんて、「信じられない」という思いで一杯だ。

異なる価値観を持つ移民を何世紀にもわたって受け入れてきたオランダ。ステレオタイプ的かもしれないが、この「寛容の国」で、一体何が起きているのだろうか。

オランダの政治ジャーナリスト、マルク・シャバン氏に、その本音部分をアムステルダムのカフェでじっくりときいてみた。

***

シャバン氏はオランダの会員制新興メディア「コレスポンデント」の政治記者だ。会話はまず、コレスポンデントの話から始まった。

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会員数が5万人を超えたというブログ記事(Mediumより)

―コレスポンデントはクラウドファンディングで当初の資金を作ったと聞く。2013年から始まって、今はどれぐらいの購読会員がいるのか。

シャバン氏:約5万6000人だ。すごいスピードで増えている。

―なぜ人気なのか。

どの政治勢力にも属さない、独立した論調があるからだろう。書き手は自分が思うことを書く。あの人がこういった、この人がこういったという風に発言を引用しながら中立的な記事を書くのではなく、自分の考えていることを書く。

購読者(=会員)だけが記事にコメントを残せる。このため、コメント欄が荒れない。本当の議論ができる。

現在はオランダ語の記事の1部を英語に翻訳しているが、本格的な英語版の発足に向けて準備も進めている。

―コレスポンデントの前はどんなメディアで働いていたのか。

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シャバン記者

有力紙「NRCハンデスブラット」で42年間、政治記者だった。特派員としてパリ、ロンドンにも派遣された。

1年前に、コレスポンデントに入らないかと声をかけられた。未来のジャーナリズムの姿を見たいと思って働くことにした。

―既存のメディアに勤めて、今は新興の、ネットオンリーのニュースサイトで働くわけだが、どんな感じに違うのだろうか。

非常に面白いメディアだ。コレスポンデントは思い切った議論を掲載しているし、読者との相互コミュニケーションがある。

新聞の場合は、読者はメールや手紙で意見を寄せてきた。コレスポンデントでは記事が掲載されると数分後には読者のリアクションが次々と出てくる。時には参考にならない意見もあるが、面白いものも多い。

―なぜウィルダース氏のような政治家が人気なのか?ほかの政治家が移民やイスラム教にかかわる問題に十分に関与してこなかったせいだろうか。

答えは少々複雑だ。

オランダは1950年代、60年代にイスラム教の国から移民を受け入れた。労働力を補うための「ゲストワーカー」だった。

例えば、オランダ企業の経営者がモロッコ、アルジェリア、トルコなどに行って、人を探してきた。

オランダ人がやりたがらないような単純作業をやってくれる人が欲しかった。例えば清掃作業や工場で働くことだ。あくまでも一時的な滞在を想定していた。働く期間が終わったら帰るだろう、と。

ところが、こうしたゲストワーカーたちはオランダにい続けた。一時的な滞在ではなく、永住となった。永住権を得たので、今度は本国から家族を呼び寄せるようになった。

移民の第1世代は母語をそのまま維持していた。第2,第3世代になると、学校でオランダ語を学ぶ。家では家族と母語で話し、外ではオランダ語だ。

第2,第3世代はここで生まれ育っているのでオランダ文化を吸収するわけだが、必ずしも社会から受け入れられているわけではない体験をしている。犯罪事件に巻き込まれる人も多くなった。

トルコやモロッコからの移民家庭の出身者のほとんどがオランダ社会によく融合しているものの、一部の人は、親あるいは祖父母の出身国の文化にも、オランダの文化にも属さないと感じる存在となった。

グローバル化も移民出身者に影響を及ぼす。国境がオープンになり、人が外から入ってくる。企業はより安く使える人を世界中から呼んでくる。移民の第2、第3世代の失業率は先住オランダ人口の失業率よりもはるかに高い。

かつてゲストワーカーが手掛けてきた仕事は世界中にアウトソースされるようになった。それほど多くのゲストワーカーは必要とされなくなった。すでに永住してオランダにいる、かつてのゲストワーカーはどこにも行けなくなった。

―オランダに元々いる人はどんな思いでいるのか。

グローバル化で職を失うのは先住オランダ人も一緒だ。エリート層がいかに欧州連合(EU)が素晴らしいといっても、意味がない。

先行きに不安感を持っているし、職を失っている人もいる。移民が自分たちの仕事を奪ったのだ、と思っている。実は、世界的なグローバル化の現象や機械化が進んだためであるのだが。

EUや移民のせいばかりではなく、世界経済の動向によって、教育程度やスキルが低い人は職を失ったり、あるいはより低賃金を強いられたりするようになっており、自分たちの声を聴いてくれる政治家がいないことに不安を持っている。

ここにウィルダース氏がやってくる。不安感を持っている人の声を代弁し、解決策を提供できる、と主張している。米国のトランプ氏のように。

ウィルダース氏は移民が入ってこないように国境を閉鎖したいという。

 彼が「普通の市民のために」主張する時の「移民」とはゲストワーカーとしてやってきたイスラム教徒の国民だ。この人たちはすでにオランダにいるのだし、オランダはEUの加盟国だから、(ヒト、モノ、資本、サービスの自由化が原則の)EU市民の流入は止められないのだけれども。

―ゲストワーカーとしてオランダにやってきた人々の何が問題視されているのか?

その大部分が都市部出身ではなかった。都市部から遠く離れた土地に住み、ほとんど教育らしい教育を受けてこなかった人々だった。モロッコだったらカサブランカのような大都市から来た人々ではなく、地方からやってきた人々だった。トルコも同様だ。

イスラム教という異なる宗教の国からやってきたばかりか、オランダの近代的な都市文化に慣れていない人たちが来てしまった。様々な対立が発生することになる。

移民の第2、第3世代は宗教を自分の隠れ場所として捉えた。オランダ社会の主要部分に受け入れられてもらえないと感じた人の一部が過激化し、「イスラム国」(IS)のメッセージに魅了されている。

社会の中での居場所を見つけられなかった人はISのイデオロギーに染まってしまう。すべてを西欧的、資本主義的=悪、と見なすようになる。

ウィルダース氏の政治家としての問題は、十分な解決策を示していない点だ。この21世紀で国境を閉鎖するのは不可能だ。アジアやほかの地域が急成長する世界で、欧州だけが閉じた状態ではいられない。

イスラム教を禁止するのは信仰や言論の自由を規定する憲法にも反する。それにもかかわらず、ウィルダース氏はこの社会で無力だと感じる人々の声を代弁する政治家になっている。

―今や、ほかの政党も移民問題を論じている。

ウィルダース氏が議論の流れを変えたのは確かだ。

ルッテ政権は財政再建には成功したが、人々の移民やイスラム系市民の存在に対する懸念に耳を傾けてこなかった。なぜ世界が変わったのかを説明してこなかった。

このために、多くの人が自由党に投票した。自由党が政権を取らないことを知っていても、怒りを表現したかったのだと思う。

―移民によって「仕事を奪われる」と感じる国民がいる、と。

例えば、東欧のEU加盟国ブルガリアやルーマニアからやってくる人々がいる。オランダと比較するとこうした国の労働賃金ははるかに低い。オランダに来て、国内の通常の賃金よりも低い金額で働くので、オランダ人は職を失ってしまう。

オランダ人のトラックの運転手が自分の半分の賃金で働くルーマニアの運転手に仕事が奪われるという事態が発生する。職を失ったオランダ人の運転手はこれがEUのせいだと思い、反EUの政党に投票してしまう。

EUの見方にも誤算があった。新たにEUに加盟した旧東欧諸国に対し、EUは早く加盟国としてなじんでほしいと願った。民主主義、自由、法による支配という原則を味わってほしい、と。

いわば、民主主義の文明開化を体験してほしいと願ったのだが、現実には新EU市民は低賃金で働くことでホスト国の人の仕事を奪い、ホスト社会の人々を不幸にしてしまった。

EUの理想への信奉や、拡大に向かう動きはまだあるけれども、これによって多くの労働者を傷つける結果となった。

大きな幻滅感があり、ウィルダース氏やフランスの国民戦線のルペン党首、そして英国のEUからの脱退を求めてきた英国独立党が人気を博すようになった。

「EUに加盟しているのは良いけれど、家も職も失ってしまった」という人をたくさん生み出してしまった。

―エリート層は事態をどう見ているのか。

政治のエリート層は概して、まだEUの理想を信じている。しかし、統合が早すぎ、深すぎたことを認めざるを得なくなった。 リベラル過ぎたし、オープンな市場を実践しすぎた。

加盟国の中でも英国はEUの価値を単一市場の存在と同一視してきたが、一方のドイツ、フランス、オランダは、欧州とは価値観を共有するコミュニティだととらえてきた。共通の法律、共通の理想、共通の原則を持つ存在なのだ、と。

―オランダのリベラリズムや「寛容」について聞きたい。

16-17世紀以来、オランダが外に対して常にオープンで寛容であったのかどうか、あるいは生き残りのためにそうしていたのかについては、様々な見方がある。

「あなたはカトリック教徒、自分はプロテスタント教徒だ。あなたは自分がやりたいことをやり、私もそうする」、と言うのが基本の形だった。

だからといって、互いを好んでいたわけではない。誰もが社会を構成する少数派の1つであったために、表面的に受け入れていただけだ。深く関わっていたのではない。

ユトレヒト大学で教える米国人の歴史家ジェレミー・ケネディ氏の最新の本によれば、オランダ人は自分たちがオープンで寛容だと思い、世界にもそうであるように思われたがっている。しかし、それほど単純なことではなかったのだ、という。オープンさ、寛容さは生き残るための術だったのだ、と。

―オランダは異なる宗派のキリスト教徒やユダヤ人を受け入れてきた歴史がある。なぜここに来て、イスラム教が争点となるのか?

17世紀、18世紀、フランスから「ユグノー」(カルバン派プロテスタント)の知識人たちがやってきた。

オランダの都市がオープンで国際的であったから受け入れることができたが、ビジネス面での利点もあった。本を買ってもらえるし、技術も入ってくるかもしれない、と。それほど大きな人数ではなかったことで、普通の市民は負の影響を受けなかった。

しかし、移民の流入数が大きくなると事情は変わってくる。

オランダの元植民地スリナムやアンティル諸島、そしてトルコやモロッコから熟練したスキルを持ってない人がオランダにやってきて、問題が表面化した。

社会の下層にいる、スキルを持たない人に損害を与えるようになってきたからだ。こんな時、寛容はどこかに吹っ飛んでしまう。先住のオランダ人にすれば頭に来る現象だ。自分の家や仕事を奪われてしまうからだ。

つまり、自分たちに損害を与えない限りにおいては、私たちは寛容だということだ。しかし、今はその寛容さの限度を揺るがせるレベルに到達しつつある。

―寛容さには限界があった、ということか。

限界はある。私たちの寛容さは、決して私たちが清く美しい心を持つからそうなったのではなく、常に、現実的な理由からだった。このため、ある時点になると、寛容さが消えてしまう―心の底から発生した寛容さではないからだ。

知的で、お金がたくさんある人だったら、寛容でいられる。しかし、自分の住む町の90%が世界各国の文化で一杯になる時、寛容さは無意味になってしまう。

―しかし、異文化あるいは移民への違和感を西欧社会で口に出すことは難しい。政治的に正しくないからだ。

確かにそうだ。ウィルダース氏が異文化や移民に対する人々の全うな懸念に言及する時、どうしても非常に差別的な表現になってしまう。これがなんともつらい。 

2014年、地方選挙の演説で「モロッコ人(移民)が増えるのと減るのではどちらがいいか」と聴衆に呼びかけ、「減るほうがいい」という声が上がると、ウィルダース氏は「よし、減らそう」と答えた。この一件で、ヘイトスピーチを行い国民を扇動した罪で有罪(昨年12月)となった。

裁判官はウィルダース氏の発言を有罪とした。こんなことを言ってはいけないからだ。 犯罪者が少ないほうがいい、と言ってもよい。しかし、モロッコ人が少ないほうがいい、とは言ってはいけない。

しかし、ウィルダース氏はあえてそう言ってしまう。これが人々の本音だからだ。

さて、本当に「本音」なのか?

胸に手をあてて問いかけてみれば、オランダ人はかなり寛容だと言えるだろう。ほとんどの人が、モロッコ人やトルコ人、ルーマニア人に国を出て行ってほしいとは思っていない。しかし、自分の生活を乗っ取られたくないとも思っている。

例えば、こういうことだ。スカートをはいたオランダ人女性が自転車に乗って通りを走っているとしよう。

オランダ内のある場所に行けば、彼女に「売春婦め!」という罵声が浴びせられる。伝統的なイスラム教の価値観を持つ人からの罵声だ。女性はもうオランダが自分の国ではないと思ってしまうだろう。

イスラム教徒の女性で外出時にスカーフで頭髪を隠す人はたくさんいる。女性が通りでイスラム風のスカーフをかぶっていること、それ自体は全く問題ない。

しかし、 ある女性が自転車に乗っているとき、罵声を浴びせられたり、自転車を倒されたりしたら、これは実に問題になる。

―筆者が住む英国では、公営のスイミングプールをイスラム教徒の女性専用に開ける自治体がある。その時には窓を全部占め、外からはのぞけないようにしている。

民間のスイミングプールで私的にそうするのはかまわないだろうが、公営プールでこうしたことを要求した場合、オランダなら「それはオランダのやり方ではない」という声が出るだろう。

比較的最近やってきた移民の市民がこれまでの法律を変えようとすることがある。こうした時、「申し訳ないが、ここは私たちの国だし、これが法律だ。順守してほしい」と先住のオランダ人は言うかもしれない。対立が起きる。

―選挙後、連立政権発足のために政治家の話し合いが続いている。新政権に何を望むか。

新政権には大きな課題がある。人々の声に耳を傾けること。痛みを共有すること。困窮状態にある人を訪ね、支援し、行動に結び付ける。

同時に、何世紀もかけて築き上げたきたこの国の法律に従わない人、イスラム教のシャリア法を導入させようとする人には、オランダは寛容になれないことを伝えるべきだ。

―オランダの下院選にはたくさんの政党が参加した。

比率代表制になっている。28の政党が参加した。有権者は政党に投票し、得票率に沿って議席が獲得される。

多くの異なる意見が選挙戦で出る仕組みだ。混乱状態となるが、私は様々な意見が出るという意味でよい制度だと思う。

連立政権が成立するまでには時間がかかる。数か月はかかるだろう。それぞれの政党が妥協しなければならない。

―常に連立政権か?

そうだ。比例代表制で多くの政党が参加するため、定数の半分以上を1つの政党が獲得することがない。独裁政権が生まれにくい仕組みだ。
 
そこで、複数の政党が政権を発足させるために互いと話し合いをする。今回は4党か5党が一緒になりそうだ。様々な意見が集約される、良いシステムだと思う。

私たちはこの話し合いの仕組みを「ポルダー体制」と呼んでいる(ポルダーとは「低湿地を干拓してつくりだした陸地」を指す)。それぞれが社会の少数人口を代表しているという前提の下で、落としどころを見つけてゆく。長い時間をかけて最終的なゴールに到達する。

―どの政党を支持しているか?

政治記者になってから、一度だけ投票したことがあるが、それ以来、投票はしないことにしている。心を自由にしたいからだ。前に投票した時、どうも落ち着かなかった。

政治記者はどの政党に投票したかを公表するべきではないと思う。自分の場合はさらにその一歩先を行って、一切、投票しないことにしている。私の役目は選挙について報道し、分析することだ。

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日本にも欧州にも「真の指導者」が欠けている あのウォルフレン氏は今どう感じているのか

(東洋経済オンライン、3月23日付)

オランダ選挙、反移民「極右政党」の伸び悩みをどう見るか
(現代ビジネス、3月17日付)

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(朝日 Web Ronza、4月3日、課金記事)

(2017年4月15日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)