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東日本大震災から3年。粘り強さこそ、この国の真骨頂

2014年03月11日 00時44分 JST | 更新 2014年05月10日 18時12分 JST

あれから3年が経ちました。改めて、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。被害を受けた地域では、いまだ行方が分からない方や、今も厳しい状況にある方が数多くおられます。被災者の皆さんをいかにして支えていくかは、政治はもとより日本社会全体の最も重要な課題です。

3.11の当時、総理補佐官をしていた私は、あの時、議員会館の会議室で大きな揺れを感じ、すぐに官邸に駆けつけました。巨大な地震と津波が東北を襲ったとの情報が官邸にもたらされる中で、思い起こしていたのは阪神淡路大震災のことでした。当時、大学4年生の人生最後のモラトリアムを京都で過ごしていた私は、友人の依頼で神戸に徒歩で物資を運んだことをきっかけとして、大学最後の二カ月を神戸でのボランティアに費やすことになりました。神戸で感じた「もっと政治でできることがあるのではないか」との思いが政治の世界に入るきっかけとなりました。

3年前、私が官邸で決意したのは「ここで役に立たなければ私が政治家になった意味はない」ということでした。3月14日までは官邸に詰めることとなり、総理に指名されるかたちで、3月15日から東京電力の本店で総理補佐官として原発事故を担当することになりました。その後、原発事故担当大臣、環境大臣を務めることとなり、被災者の皆さんに安心していただけるよう、また、原発や除染、がれき処理の現場の皆さんの頑張りを支えるべく、全身全霊で取り組んできましたが、必ずしも十分な成果を残せたとは言えません。昨年夏の参院選敗北を機に民主党の幹事長職を辞した時点で、私の政治家としての第一幕は終了しました。私自身が大きく変わらない限り第二幕が開くことはありません。民主党にとっても私にとっても厳しい時期ではありますが、私の使命である福島の復興に尽くす中で、再起をしていきたいと思っています。その思いを込めて、今年も3.11を福島で迎えることにしました。

昨年、震災から2年を契機にNPO法人「みらいふくしま」を立ち上げました。3年が経過した今、原発事故の風化は深刻な問題です。一方で、福島は風評被害にも苦しんでいます。トレードオフの関係にある両者を解決するためには、福島の正確な情報を流し続けること、福島に継続して関わる人を増やすことしかありません。「みらいふくしま」では、福島の食べ物を消費者に定期的に届ける仕組みづくりにも取り組んでいます。

私は、今年43歳。人生の折り返し点を迎えています。自らは力の続く限り福島に関わっていく覚悟を決めていますが、原発の廃炉にかかる年月は40年、高レベルの放射性廃棄物の処理にはそれ以上の時間がかかることを考えると、次の世代を育てる必要性を痛感するようになりました。福島復興の鍵は若者にあると考え、教育の問題に取り組んでいます。双葉郡に建設が予定されている県立の中高一貫校に、学問はもちろん、スポーツ、芸術、語学などあらゆる面で子どもたちがチャンスをつかむことができる環境をつくりたいと思います。その学校に限らず福島の子どもたちには、日本中、そして世界が協力してくれるはずです。教育を充実することで、福島から様々な分野で傑出した人物が出てくる日が来ると確信しています。

地域の復興のもう一つの鍵は文化にあります。地域の文化こそが、生活する人たちの誇りとなり、人々の幸せにつながります。また、世界に通用する文化が花開いた地域でつくられる商品、サービスは世界に通用しますし、人々はそこを訪れたいと思うはずです。そして何より、文化は持続します。浜通り、中通り、そして会津。幸いにして、福島は歴史と文化の宝庫です。震災、原発事故を乗り越える中で、新たな文化や芸術が福島で生まれる可能性もあります。私の次の目標は、2020年、オリンピック・パラリンピックのために日本にやって来る選手や観光客など世界の人たちが福島に訪れることです。今の日本が世界に発信できるものの中で、福島の復興ほど明るいメッセージはありません。わが国は廃墟から立ち上がり、戦後の復興を実現しました。戦後の歩みで見せた粘り強さこそ、この国の真骨頂です。日本人、そして福島の方々の粘り強さがあれば、きっとできるはずです。

細野豪志 画像集