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細野豪志 Headshot

「民進党を離党して、新たな一歩を踏み出しました」

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私、細野豪志は民進党を離党いたしました。

○民進党を離れる理由


18年前、「地盤・看板・カバン」が全くない28歳の私にチャンスを与えてくれたのが民主党でした。2009年には政権交代を実現し、責任ある立場で国民のために働く機会を得ました。再び野党となった後も、民進党を立て直そうと努力してきました。民進党には今でも愛着があり、党内に数多くの尊敬できる先輩・同僚議員や自治体議員の方々がおられます。

しかし、二年ほど前から、党のあり方に違和感を持つようになりました。きっかけは、安保国会への対応です。緊迫する北朝鮮情勢への対応などで具体案を用意しながら、安保法制廃案の声に押されて提案するに至らず、反対に終始することになりました。政調会長として法案の国会提出を党内で強く主張しながら、実現できなかった無念と悔恨の思いは今も残っています。

2002年から2003年にかけて行われた有事法制の議論の際、当時の民主党は与野党協議を経て法案を成立させました。安保国会での安倍政権の乱暴な対応は問題があったとしても、国の安全保障に関しては、党派を超えた対応に努めるのが、二大政党の姿であると考えます。

結果として、昨年の参議院選挙では共産党を含む野党の選挙協力が進みました。当初は参議院選挙のみの協力としていましたが、総選挙が噂されるようになると、更なる選挙協力の方針が示されました。

4月、憲法に関する党内議論を促したいと考え、憲法改正私案を提示しました。残念ながら、民進党の憲法議論には、4月5日に交わされた「憲法改悪の阻止」という『四党の考え方』が少なからず影響していると感じています。

基本理念の全く異なる共産党との共闘は、私の政治信条と相容れません。また、国民の求める政権交代可能な政党から、さらに遠ざかることになるものと言わざるを得ません。長く所属してきた民進党を離れるのは、苦渋の選択ではありましたが、断腸の思いで離党を決断しました。

○政権政党の必要性


私が政治家を志した原点の一つは、有権者となった最初の国政選挙(1993年)で細川政権による政権交代が実現したことです。1998年に民主党が設立された時、政権交代可能な二大政党制が実現したことに胸を躍らせて、民主党に加わる決断をしました。政権交代可能な二大政党が必要であるとの認識は、今も変わりません。

安倍政権の一強多弱と言われる政治の現状に強い危機感を感じています。政権のおごりの最大の原因は、自民党を脅かし、そして政権を担いうる政党が存在しないことにあります。私は、原点に立ち返って、『新しい政権政党をつくる』ために立ち上がりたいと思います。

○掲げるべき理念


新党が掲げるべき旗は5つあると考えます。

① 納税者・働く者の立場に立ち、多様性を大切にする内政

② 現実主義に立脚した外交安全保障

③ 立憲主義に基づいた憲法改正の提案、特に、憲法8章改正による地方自治の確立

④ 第四次産業革命に適応した経済・社会保障改革の提案

⑤ 情報公開による透明性の高い政治の実現

私には、こうした政策理念について議論してきた同志が、中央政界、地方政界に少なからずいます。新しい政権政党ができるためには、野党の再編も必要だと考えます。勇気を持って立ち上がる同志を待ちたいと思います。