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岸井氏らは法律のつまみ食いをやめて、放送法の全面改革を求めるべき

2016年03月05日 02時20分 JST | 更新 2017年03月04日 19時12分 JST

高市総務大臣が、放送局が放送法違反を繰り返した場合に電波停止を命じる可能性を言及したことについて、岸井成格氏らが怒っている。岸井氏らの声明には、「「放送による表現の自由を確保すること」「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」をうたった放送法(第1条)の精神に著しく反するものである」と書かれているが、この書き方にはトリックがある。放送法第一条は、法律の目的を表し、次のように規定されている。

この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。

一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。

二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。

三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

岸井氏が一部引用した「放送による表現の自由を確保すること」の前には、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて」があり、「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」の前には、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて」があるのだ。

放送による表現の自由の前には、放送の不偏不党などが保証されることが求められており、それを具体的に記述したのが、放送法第四条が放送事業者に義務として課している「公安及び善良な風俗を害しないこと」「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」である。放送が健全な民主主義の発達に資するために、放送法には放送に携わる者の職責が書かれ、放送法全体は、放送を公共の福祉に適合するように規律する規制法である。

前提条件に頬かむりして表現の自由が侵されるように主張するのは、嘘をつくことだ。

それでは、なぜ放送法に不偏不党や政治的公平の規定があるのだろうか。それは、電波資源には限りがあり放送事業者の数が抑えられているために、一方に偏った放送ばかりでは国民が判断を誤る恐れがあるためだ。放送法は、第二次世界大戦の反省に基づいて、1950年に制定された法律であって、国民に代わって放送法を執行するのが総務大臣である。

総務大臣の発言は現行法に基づくもので、間違っていない。一方、岸井氏らの発言には、政府の誤りを正し国民を導くために、われわれは一方に偏った発言をしても構わないというエリート主義の匂いがプンプンする。

総務相が言及した停波は憲法違反であると、憲法学者らが見解を表明したと報じられている。声明の全文を読んだが、実は、そこに、この問題に対する解決策が書かれていた。それは、「技術の高度化にともなって放送メディアが増大するとともにきわめて多様化」しているので、「放送固有の規制は撤廃し、表現の自由の基本原則に復帰すべきである」という部分である。

A党の主張ばかり放送する地上波A局、B党を支持するBSのB局、C党が運営するネット放送C局と、多種多様なメディアで多種多様な政治的主張が提供するというのが、放送固有の規制を撤廃したのちの姿である。放送における表現の自由を守りたいのであれば、岸井氏らは、このような全面改革を主張するべきである。