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出口の入口:『本物の教養』第1回 教養とは、人生に面白いことを増やすためのツール

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■教養とは、人生に面白いことを増やすためのツール


2015年9月に、『人生を面白くする本物の教養』という本を出しました。僕はどの本にも、「皆さんのご意見、ご感想をお待ちしています」と書き、個人のメールアドレスを載せています。この本に対しても、出版から1年以上がたちますが、いまだに多くの皆さんから、感想メールが届きます。

どの感想も、著者としては大変ありがたいのですが、僕がとくに嬉しいと思ったことのひとつは、「日頃から教養を身につけることが大事だと思っていたので、この本を手に取りました」と言う人が、20代の読者の中にも多くいたことでした。

いま、世間には、「歴史や哲学や文学のような、ビジネスに直接役に立たない学問を、大学で教える必要はない」といった声もあります。ですが、僕は決してそうは思いません。『人生を豊かにする本物の教養』の中から、第1回の今回は、僕の「教養」についての基本的な考え方をお話ししたいと思います。

僕の定義する教養とは、「人生におけるワクワクすること、面白いことや、楽しいことを増やすためのツール」です。よりワクワクする人生、より面白い人生、より楽しい人生を送って、悔いなく生涯を終えるためのツール、それが教養の本質であり核心であると僕は考えています。

「あの人はすごい教養人だ」と他人に評価されるかどうかなどは、どうでもいいことです。教養とは、人からの評価を高めたり箔(はく)をつけたりするためのものではなく、自分の人生をより彩り豊かにするためのものだと思います。

教養を身につけるには、ある程度の知識が必要です。教養と知識は、不可分の関係にあると言っても過言ではありません。しかし、勘違いしてはいけないのは、知識はあくまで道具であって手段にすぎないということです。決して知識を増やすこと自体が目的ではありません。

知識が必要なのは、それによって人生の楽しみが増えるからです。サッカーを知らなければテレビでワールドカップを放映していても面白くも何ともありませんが、サッカーを知っていれば最高の時間になります。知識はその人の興味の範囲を広げてくれます。それが「教養化した知識」です。

別に興味の範囲を広げようなどとは思わない、面白いことは一つあれば十分だという考え方もあるかもしれません。もちろん、それはそれでいいのですが、興味の対象が多ければ多いほど、本当に自分が好きなものや、打ち込めるものが見つかる確度が高まります。つまり、選択肢が広がるのです。自分が本当に好きなものは案外見つからないものです。面白いことが多いのは決して悪いことではないでしょう。

また、面白いことは一つで十分だと考えていると、食わず嫌いに陥る可能性があります。食べてみたらすごくおいしいと感じる食事であっても、食べてみなければそのよさは分かりません。

少し前のことですが、韓流ドラマが流行っていたとき、ある僕の知人は、それほど見てもいないのに「あんなもののどこがいいのだ」と言っていました。ところが、ふとした折に『宮廷女官チャングムの誓い』を見る機会があり、いっぺんにハマってしまったのです。好きが高じて、とうとう撮影地ツアーにまで出かけたほどです。

しかもその人は、どちらかと言えば、いわゆる嫌韓的な人だったのですが、「チャングム」によってそれも吹き飛んでしまいました。「知ること」には「嫌いなものを減らす」効果もあります。先入観による嫌悪を除去できれば、さまざまなものとの相互理解が進みます。

■グローバル化した世界を生き抜くための最強の武器


教養とは人生における面白いことを増やすためのツールです。そしてそのような「教養」は、ビジネスに直接役立たないどころか、グローバル化した世界を生き抜くための最強の武器になります。なぜでしょうか?

ライフネット生命を創業する前、僕は大手の生命保険会社に勤めていました。ロンドンに三年間駐在し、その後東京でも三年間国際業務を担当しました。連続して合計六年間ほど、主として外国人相手の仕事をしたことになります。

そのときの経験で痛感したのは、ほとんどがドクター(博士)、マスター(修士)である外国のトップリーダーに比べると、日本のビジネスリーダーはなんと教養が不足しているのか、ということでした。日本の大学進学率は50%を超えていますが、先進国のなかでは決して高い訳ではありません。実際に外国のトップリーダーと向き合うと、まったくと言っていいくらい歯が立たないと素直に認めざるをえませんでした。

グローバルビジネスにおける人間関係は、ビジネスの中身で決まると思われているかもしれません。欧米は契約社会だから、なおのこと、互いにとって利益になる、いわゆるウィン・ウィンの関係を築けるかどうかがすべてで、それ以外の要素が入る余地はないとイメージしている人も多いでしょう。しかし実際に、グローバルビジネスの現場で重視されているのは、「人間力」です。

ウィン・ウィンの関係というだけなら、ビジネスパートナーの候補はいくらでもいます。たくさんいる候補のなかからビジネスパートナーを選ぶとき、大きくモノを言うのは、「この人と仕事をしたら面白そうだ」という属人的な要素です。欧米人には、同じ仕事をするのであれば、面白い人と仕事をしたいという気持ちがとりわけ強いように思います。

そして「この人と仕事をしたら面白そうだ」と思ってもらうときの、「面白さ」の源になるのが「教養」なのです。具体的にはどういうことでしょうか。

まず「ボキャブラリー」が挙げられます。日本語に訳せば「語彙(ごい)」ですが、ここでは、たんに知っている単語の数の問題ではなく、話題が豊富でさまざまなテーマで会話ができるという意味で、「ボキャブラリー」という言葉を使っています。「引き出しの数」と言い換えてもいいでしょう。

次に引き出しの多さ(ボキャブラリー)に加えて「広く、ある程度深い知識」があることが必要です。僕がつき合っていて、この人はすごいと思ったグローバルリーダーは、ビジネスや経済だけではなく、文学、美術、音楽、建築、歴史などにも間違いなく深い素養を持っていました。これは欧米だけではなく、広く世界共通と言っていいでしょう。

日本では、素人が雑学的にいろいろなことを知っている場合、よく「広く、浅く」という言い方をします。専門家の場合は対照的に、「狭く、深く」です。グローバルリーダーの場合、どちらとも少し違っていて、「広く、ある程度深い」素養が求められます。しかも、個別に「狭く、深い」専門分野を持ったうえでの、「広く、ある程度深い」素養なのです。

たとえば、マネジャークラス以上であれば大半の人が大学院を出ていて、ドクターかマスターの学位を持っています。それどころか、異なる二分野で学位をとった、ダブルドクターやダブルマスターの人も珍しくありません。さらに自分の専門分野だけではなく、文学でも歴史でも自然科学でも、あらゆるジャンルに、一定レベル以上の深い造詣を持っているのです。数学のプロでもある経済学者のピケティが、文学にも並々ならぬ造詣を示したのはまだ記憶に新しいところです。

僕がロンドンで働いていたときのナショナル・ギャラリーのトップは著名な投資銀行を経営していたベアリング家の当主でした。彼らと一緒に晩ご飯を食べようというとき、ゴルフと天気の話しかできない人とランボーを語れる人とではどうなるでしょうか。人間は、双方の関心領域がある程度重なっていないと、なかなか相手に共感を抱けないものです。相手がゴルフと天気の話しかできなくては共感のしようがなく、何回食事をともにしても信頼関係は醸成されません。

僕が連合王国で仕事をしていたとき、「シェイクスピアは全部読みました」と言ったら、それだけで「おまえはいい奴だな」と急に相手との距離が縮まったことがありました。シェイクスピアは、僕が個人的な興味で読んでいただけですが、結果的に日本の経済や金融の話題以上に、ビジネスの役に立つことになりました。その相手から仕事がもらえたのです。

西洋にはギリシア・ローマの時代以来、「リベラルアーツ」という概念があります。一人前の人間がそなえておくべき教養のことで、「算術」「幾何」「天文学」「音楽」「文法学」「修辞学」「論理学」の七つの分野から成ります。人間を奴隷ではなく、自由人にする七つの学問というのがもともとの意味合いで、日本語では「自由七科」とも言われます。

リベラルアーツは今日なお、彼らの間に受け継がれています。彼らが「広く、ある程度深い知識」を身につけているのは、リベラルアーツの伝統に則(のっと)っているのです。

教養は、人生を豊かにしてくれるものであると同時に、教養のあるなしがビジネスの成否を左右するというシビアな現実もあります。僕たち日本人は、そのような現実を直視し、どのような舞台でも通用するグローバル人材を目指すべき時期にきています。

その一助になればとの思いから、この本では、これまで僕が公私にわたって経験してきたことを、いくつか説き明かしています。その少なからぬ部分は、多くの人、とくに若い世代の皆さんに役立ててもらえるのではないかと思っています。

ですが、それらはすべて、あくまで僕が身をもって体得した原理原則です。ですから、誰にでも当てはまるものではないと思います。「あなたも絶対こうしてください」と言っているわけではありません。あくまで「僕の場合、こうしたらとても具合がよかったのでその方法を述べますが、採用するかどうかはあなた自身でよく考えて決めてください」というのが僕のスタンスです。

みなさんもそのようなつもりで、次回以降も、読んでいただけると幸いです。

人生を面白くする 本物の教養 (幻冬舎新書)
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