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景気回復だけじゃブラック企業はなくならない

2015年05月18日 16時35分 JST | 更新 2015年05月18日 16時39分 JST

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2012年12月に発売された『ブラック企業』(文春新書)は、違法な労働条件で若者を働かせる企業に焦点を当て、大きな反響を呼んだ。そして、2015年3月に、『ブラック企業2』が上梓された。出版から2年、現在の「ブラック企業」をめぐる状況について、著者の今野晴貴氏と、荻上チキが語り合う。


『ブラック企業』の出版から2年間で、何が変わったのか

荻上 今野さんは2012年に『ブラック企業』を出し、今回『ブラック企業2』を出したわけですが、その間、社会に何か変化が起こったと感じますか?

今野 『ブラック企業』を出版してから、私は最初の1年くらい「ブラック企業」という問題を知ってもらうことに労力を注いでいました。とにかく取材依頼が多く、月50件以上は受けていましたね。取材に答えるなかで私が重視したのは「ブラック企業」を「悪い会社」というイメージではなく、「社会問題」であるとしっかり理解してもらうことでした。

「ブラック企業」については、単に「違法な企業がブラック企業」というような拡散しすぎかなと思える言説が多くありました。「悪い企業を若者が告発している」という構図にならないようにも気をつけましたね。それが全面的に悪いわけじゃないんですが。

じゃあブラック企業の問題とは何なのかというと、企業の労務管理のあり方が変わって、新卒の正社員を使い潰して利益を上げるという方法論が広がってしまい、過労やパワハラによって、体を壊したり鬱病になる若者が増えているということですね。

そのために医療費が増大したり、労働力不足になったり、キャリア形成が上手くいかなかったりと、社会全体にとって悪影響であるという問題に焦点を合わせることに尽力してきました。

荻上 経営者の考え方一つとか、企業体質という問題ではなくて、社会構造をまずは考え直そうっていう議題設定をしたかったと。

今野 はい。社外取締役の集まる講演にも呼ばれましたが、そこではブラック企業の存在が、経営者にとってもマイナスだと説明してきました。ブラック企業は市場の中で非常に劣悪なダンピング競争を仕掛けているわけで、若い新卒の労働者を次々に鬱になるまで働かせたら、やはり医療費が増え、労働力が不足してしまいます。

だからブラック企業を野放しにしていると、社会全体の生産性が下がり、他の企業にしわ寄せが及んでしまうというわけです。この論点は、結構説得的に受け入れてもらえたと思っています。

ほかにも、ブラック企業は若者の甘えのせいとか、世代間対立のせいだとか、そういう議論を否定しながら、これはみんなにとって大事な問題だ、と取材や講演のたびに伝えてきました。

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今野晴貴氏


ブラック企業問題が「社会化」していった

今野 運動という面では、『ブラック企業』が出て半年後の2013年夏に、ブラック企業被害対策弁護団の結成に携わっています。実は『ブラック企業』の出版によって、私のところにユニクロのファーストリテイリングやワタミの社長から「通告書」が来て、法的措置をとるなどの警告書や通告書がきたんですよね。

これはいわゆるSLAPP(恫喝訴訟)が来て訴えられそうだと思ったので、それに対応すべく弁護団をつくろうということになり、それなら全般的にブラック企業の対策をする全国組織にしようと話が広がって、いまでは全国で約300人が加盟する「ブラック企業被害対策弁護団」になっています。

さらには私が共同代表になって、「ブラック企業対策プロジェクト」を設立し、弁護士だけでなく学者や高校教員、ソーシャルワーカー、人材コンサルタントなどのネットワークをつくり、社会的な取り組みや政策提言などを行ってきました。

ちょうどその間に、若者の「使い捨て」が疑われる企業等に対する取り組みを強化すると厚生労働大臣が8月に記者会見を行い、9月にその取り組みが実施されます。2014年には過労死等防止促進法が成立し、勤労青少年福祉法の改正でブラック企業対策の法律が制定に向かっています。

ブラック企業は社会問題であると訴えてきたところから、政治が対策の局面に移行し、労働市場の規制を考えなければいけないという流れになってきたと思うんです。

ところが現在では、一方で残業代の規制緩和という話が出てきて、やっぱりブラック企業のインパクトが薄れてきている感が否めませんね。

荻上 私と今野さんは、2013年9月にブラック企業がテーマになった「朝まで生テレビ」に出演しました。このときも、他の出演者からは、「辞めればいいじゃん」という個人の議論に還元されがちだったわけですよね。いかにも「心でっかち」な議論です。

具体的なエビデンスやアウトプットのアイデアの沸かない人が、賢こぶりたくて「さくっと答えを出してる感」を醸し出したいとき、「心の問題」にして安易に結論を出そうとする。これは実に典型的な反応で、「辞めりゃいいじゃん」「経営者のマインド変えりゃいいじゃん」「修行ととろうよ」とか、メンタルの問題に回収してしまう反応は今でも残ってると思います。

ただ、あの業界でもこの業界でもとブラック企業問題が注目され続けてきたことは、おそらく前回の『ブラック企業』を出して以降の変化の一つですよね。例えば「すき家」や「たかの友梨ビューティクリニック」の労働問題が注目されました。

大きな事例が、わかりやすい居酒屋業界や飲食業界だけでなく他の様々な業界で発生して、身近な問題だということに、みんながだんだん気づき始めたことによって、フェーズが変わって行ったように思うんです。


なぜ『ブラック企業2』を出したのか

荻上 取材を集中的に受けている中で、メディアの反応はどうでしたか。

今野 当時の記者の人たちも、ブラック企業なら「なんで辞めないの」「なんで入るの」という関心は結構あったんです。それで事実から説明して、一年くらいかけて納得してもらい、記者の人たちの認識も深まっていった印象がありました。

荻上 2013年の参議院議員選挙でも、「ブラック企業対策」を共産党などの野党が掲げる一方で、与党からも声が高まって、気運が高まってきたわけですよね。この二年間、ブラック企業対策の法律も作られることにもなって、過労死等防止推進法も成立して、いろんな経済データで好材料に判断できるものも出て来ました。それで、なぜ『ブラック企業2』を出したんですか?

今野 それはですね、文藝春秋社に頼まれたからです(笑)

荻上 それはおいといて(笑)

今野 実は、私は『ブラック企業』から『ブラック企業2』の間にいろんな著作を書いているんですよ。

ブラック企業にアクターとして介在する「ブラック弁護士」を批判した『ブラック企業ビジネス』(朝日新書)や、貧困や福祉の不在が労働市場圧力を強めていることを主張するために『生活保護』(ちくま新書)も出して、労働法が機能しない構造についても『日本ではなぜ違法がまかりとおるのか』(星海社新書)という本で書きました。

今年も『ブラック企業2』の直後に大内裕和さんとの共著で『ブラックバイト』(堀之内出版)という本を出版しています。

そのうえで、この『ブラック企業2』は「原点回帰」しているんです。というのも、いろいろな議論を積み重ねてきたのですが、メディアの記者の定期的な配置転換で、ふりだしにもどってしまいました。それで、また「なぜ辞めないのか」「なぜ入るのか」という疑問が再び吹き出てきたんですよね。

だから『ブラック企業2』では就職してしまうプロセス、それから辞められなくなっていくプロセスを、具体的な事例から徹底的に内在して書くことで、まさに「心でっかち」な議論の息の根を止めようと思って、改めて書き尽くしたんです。

荻上 確かに、ケーススタディみたいでしたね。

今野 とにかく、具体的にどうなっていくのかを、余すところなく事実で伝えることに重きを置いたつもりです。

それを元に、『ブラック企業2』の後半では政策の批判をしています。事実にもとづいた政策批判は、私のポリシーなんです。なぜ辞められないのか、入ってしまうのか、そして政策がどう絡むのかを、徹底的に事実描写して、批判の逃げ道がないように、変な方向に行かないように蓋をするしかないという思いで書きました。

ひたすら実態を書いているので、「ルポ」って評されがちなんですけど、意外と法改正について、クリアな批判を叩きつけたつもりなんですね。こういう事例があって、ここから考えるとこういうリスクがあると細かく解説しているのでで、積極的にネットでも国会でも政策論争に利用してほしいんです。

著者が自分で言うのも何ですけど、『ブラック企業2』は圧倒的に一作目よりいいと思ってるんですよね。ちょっと長いですけど、説明しきったなっていう感じがあります。


ブラック企業が、人手不足でも改善されない理由

荻上 私が興味深いと思ったのは、有効求人倍率や完全失業率などの改善が見られると、人手不足がいろんなところで生じるようになるわけですね。「すき家」のゼンショーでも給料を上げざるをえなくなったわけです。

ただ、ブラック企業の一つの心理としては、次に人が来ないかもしれないから、抜けられると困るという発想もするわけですね。好景気になればなるほど、締め付けをより厳しくするという態度もとると。

ブラック企業問題は、景気が良くなれば全部解決するという話でもない。人権感覚が社会的に浸透していかなくてはいけないし、何かイレギュラーな事態が個人に降りかかったときに、通報する連絡先を拡充する必要もある。労働法などのリテラシーを高める取り組みがないと、ブラック企業は生じてしまうと。

今野 私は当初から、ブラック企業問題は好景気になっても解決しないと言っていました。むしろ、雇用が増えても、単に劣悪な雇用が増えてしまう可能性があるんじゃないかとすら思っていました。

というのは、ブラック企業は、「利益が出てたから還元します」、あるいは「利益が出ないから還元できません」という理由でブラックになっているわけじゃないんですよ。

例えば製造業なら、好景気になったら、ある程度は賃金が上がりやすいじゃないですか。労働者に還元しましょうとなってくるんですよね。

でも、ブラック企業って、利益がどんなに出ていても還元しないという労務管理を繰り返してきたわけです。実際に、「ブラック」と呼ばれる企業は常に好業績でした。

つまり、人間をあそこまで駆り立てて働かせるということが、利益を出すための「方法論」なのです。

ということは、もし仮に景気が良くなっていって雇用が増えたときには、そこでさらに搾り取るための方法論を開発していく体質をもっているということです。もともとその傾向性は資本主義社会全体にあるわけですが、その完成形が、ブラック企業の労務管理だと思うんですね。

だから好景気になればなるほど、むしろその経営能力が遺憾なく発揮されて、ますます貧困が拡大していくリスクがあるんじゃないかと思います。

荻上 景気によってさらにブラック企業化することがあると思うので、景気回復によって減少する分はあると思うんですね。

ただ一方で、投資が活発化するということは、素人的な起業も出てくるわけですし、労務管理に関心を一切持たない企業だって新たに生まれるでしょう。ある型のブラック企業が減少したとしても、ブラック企業そのものが淘汰される状況になるのかというとそれは別問題です。

だから景気対策と、労働基準法などのさまざまなリテラシーや労働者の人権意識を高めるための国の取り組みは、両立すると思うんです。

そんな企業は競争で淘汰されるという楽観論を、「朝生」でも経営者の方が言っていましたけど、社会に対する認識が甘い。労働問題のある企業がなくなったことなんて、どの好景気でもなかった。そのこと自体は軽視してはいけないと思います。

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荻上チキ編集長


「好景気」がもたらしたもの

今野 まさにそれが論点なんですよね。好景気になったら、人材獲得競争が起こるっていう想定がありますよね。より良い労働条件で求人を出すようになると。

でも、『ブラック企業2』でも事例から分析しているように、ブラック企業はどんどん求人の実態を分からないようにしている。残業代を含めて給料をごまかす「固定残業代」や、残業代が払われるはずなのに払わない「名ばかり管理職・名ばかり店長」。

このように、好景気になったら、自然現象的に正常な人材獲得競争が起こるのではありません。以前から繰り返し主張しているように、日本の労働市場には「ルール」が特に整備されていません。だから、ずるい企業は、労働者を騙して捕まえようとなるわけですよ。

じゃあ騙されたなら辞めればいいと批判されるんだけど、普通の人はそんなに簡単に仕事を変えられないんですよ。しかも、普通にすぐ辞められないから、とりあえず真面目にやろうと思うと、無限に企業にはめ込められてしまう仕組みが整っています。絡めとって搾り尽くすというわけです。それを『ブラック企業2』では、事実描写したつもりです。

荻上 事例は重要ですね。

今野 高い給料を提示して良い人材の獲得競争が自然に起こるのではなく、より安く、より騙して、よりはめ込むというところにどんどんエネルギーが注がれてきたのが現実です。だから、この「事実」に照らせば、何らかの規制や社会的対策をしなければいけないということが言いたいわけなんです。

しかし、実際には規制緩和で、ますます労働条件がごまかされるようになります。その極めつけが、今回の「残業代ゼロ」法案ですよ。


残業代ゼロ法案

荻上 ブラック企業被害対策弁護団の佐々木亮さんたちは「定額働かせ放題」法案と主張されていますね。

今野 あの表現も仲間同士で話し合って決めたんです。この法案の問題点については、「高度プロフェッショナル労働制」で年収要件1075万円以上というところが注目されているんですが、今回の労働基準法改正案では、むしろ「裁量労働制」の拡大のほうが、直接的な影響は大きいと思います。

日本労働弁護団の棗一郎弁護士の受け売りですが、少し詳しく説明します。今回の法案では、企画業務型裁量労働制に2つの類型を追加しています。ひとつは「法人提案型営業」、もうひとつは「事業の運営に関する事項の実施管理評価業務」です。前者は、

「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供にかかる当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」

ですが、法人に対する提案型の営業というなら、単純な店頭販売や飛び込みの顧客訪問販売など以外の、営業職のほとんどが対象になりかねません。

現状では、多くの営業職が、事業場外労働のみなし労働時間制として、残業代を節約されています。しかし、2014年1月に事業外労働のみなし労働時間制が違法とされる最高裁判決がだされ、適用しづらくなっているという背景があります。そのための抜け道として切望されているのだと考えられます。後者は、

「事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用し、当該事項の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務」

と表記されていますが、非常に漠然としています。各事業所・支店などにおける「事業の運営に関する事項」に関わる業務など、いくらでも対象範囲が広がることが懸念されます。

実は、現行の労基法38条の4には、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、」とあります。改正法案は、これに「当該事項(事業の運営に関する事項)の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務」、つまり「管理職」の業務が追加されているというわけで、いわば「名ばかり管理職」の合法化です。

2014年の総務省労働力調査では、全産業の管理的職業従事者が 142万人、販売従事者の中の営業的職業従事者が342万人ですので、かなりの人数が対象となることが予想されます。


「ブラック企業」の浸透で親が相談に来るようになった

荻上 「ブラック」という冠詞が蔓延するようになって、「ブラックバイト」のように、そもそも労働があるところには「ブラック」が顔を出すというふうに、問題の発見の幅が拡大しているということは結構な成果だと思います。相談の質の変化などはありますか?

今野 労働相談の傾向をみると、まず深刻な相談が増えましたね。昔に比べて深刻な人ほどアプローチできないっていうのがずっとあったんですが、最近は深刻な状況で相談にくる方が増えましたね。あと親からの相談が増えました。

昔だったら親も、若者は「石の上にも三年」だとか、「がんばれ」と言ってしまったものなのですが がんばった末に鬱になるかもしれない、死ぬかもしれないということが段々見えてきたのではないでしょうか。

荻上 それは啓蒙の結果ですか?

今野 そうですね。政府が問題だというようになったことは大きいでしょう。私がブラック企業の言説に取り組んだ最大の成果だと思っているのは、先ほども言った2013年8月、当時の厚労大臣が記者会見で、ブラック企業は問題であり、政策を打つと言ったことです。

要するに、国が取り組む問題として認められたんです。国の公認だから、うちの子どもは大丈夫か、本人ははまり込んでいるけれど、家族からみるとまずいんじゃないかということがだいぶ言いやすくなった。


社会運動の時代がまた来ている

荻上 そういった変化を見ていると、社会運動の時代が形を変えて再び来ていると思います。フローレンスの駒崎弘樹さんもそうだし、ライフリンクの清水康之さんもそうだし、若い世代が旧来の集団、圧力団体や労働組合に頼るのではなく、ネットワーク的に問題を作り上げて、メディアやネットを使いながら、解決のために国を動かさなければならないと孤軍奮闘して、社会変革をする。それが成果を作ってきているのが、現在のような「立法の時代」だと思うんですよね。

今野 私たちが取り組んで来た「ブラック企業対策プロジェクト」は、まさに荻上さんのおっしゃっていたようなことを実現したんだと思います。特定の支持政党や党派に与しない。今まで運動に関わってこなかった人も手伝ってくれたおかげで成り立った。

一方、どんな団体の人でも、大体「新しいことやりたい」って人は友だちになる(笑)。そういうネットワーク型の運動をやってきて、change.orgのハリス鈴木絵美さんやソーシャルワーカーの藤田孝典くんなど、今までの労働運動とは全然違うつながり方をしてくれて、周りに弁護士や研究者が組んで、社会運動をやるスタンス。そういう文化が根付いてきている。

荻上 社会運動って、かつては「階級」を前提とした闘争があった。人が生まれながら固定的な役割を押し付けられて、その構造のなかに絡めとられてしまう状況を改善しようという。ただ最近は、人はいつでも、あるタイプの困難に陥ることがありえるという、「生活モデル」的な運動になってきている。

誰もがいつ困るかわからないという想像力を、今困っている人がいつか困る人たちに対して、どのようにシンパシーを広げていくかという社会運動が、いま各所で広がっていると思うんです。問題を固定階級化するのではなく、あなたの問題でもあるんだという語りで、個別実践の中で人々の生活を改善していくという。

ブラック企業も、引いてみたらハズレだったという「くじ引き」の問題ですよね。情報の非対称性のなかで、自分で何を引いたらハズレなのか、わからないまま会社に入った人が多いわけです。

今野 そう、ブラック企業問題は誰にとっても起こりうる。前作の『ブラック企業』ではそれを「ロシアンルーレット社会」と表現したんですけど、全然流行らなかった(笑)

従来のように、「ある会社の解雇紛争」のような問題の立て方をすると、特定の会社の特定の個人の問題じゃん、「だから何?」となってしまう。

でもこれは労働市場の問題だといえば、話は違ってきます。誰もが入ってしまうかもしれない。若者を騙すテクニックが広がっていて、あなたの娘や息子が被害にあってしまうかもしれない。

子供が過労で鬱になったら大変だよ、財政も悪化するよと、さまざまな射程に結び付く問題提起をしていく。今まさにこういうやり方が広がってきたし、より大きな広がりになっていくべきだと思うんです。


残業代ゼロ法案のどこが巧妙なのか

今野 そういう意味では逆に、今回の残業代ゼロ法案の打ち出され方は非常によく考えられていて、あまりに多様になった労働者の間の利害にうまく立ち入ることで、反対運動を巧妙に分断しているといえます。

まず第一に、年収1075万円以上と聞いた段階で、もうみんな金持ちでハイパフォーマンスな人間の問題だと認識しましたよね。その影で、年収要件がない裁量労働制を幅広く拡大する。分断を巧みに利用しているわけです。労働者の利害の多様性が、規制緩和について一枚岩に議論ができない背景なんですね。

もう一つは「成果主義」のとらえかたです。大きな労働組合の人たちは、今回の法案で成果主義だと批判する傾向があります。でも、ブラック企業で働いている人たちは成果主義のほうがマシだと思ってしまっているんです。

いままで、年齢が上がっただけで高待遇になってきた人たちは、成果を求められても困る一方で、もう成果も関係なく賃金も上がらず長時間労働が続くのだから、せめて成果で評価してほしいって思っている労働者がいるわけです。ここでも意識が全然違ってしまっているんです。

でもよく見ると、今回の法案に成果で賃金を払う規定なんてどこにもないんですよ。その分断を巧みに利用されている。だから「残業代ゼロ」や「成果主義はいけない」ではなく、「定額使い放題」で成果主義じゃないんだということをキャンペーンの中心にすべきです。

このように、利害の多様性の中で、論点を巧みに誘導されてしまっていることに加えて、もう一つの問題は、あまりに現実に照らし合わせないで議論をしていることです。

『ブラック企業2』で本当に強調したことなんですけど、ブラック企業の実態を見ていくと、規制を外したって絶対に成果主義にはならない。解雇規制緩和したところで、企業が突然成果主義にしてくれるわけがない。

いまでさえ解雇規制が全然通用していなかったり、成果主義の「成果」の中身が無限だったり、事実にもとづいてシミュレーションしないという傾向がずっとあるんです。労働者の分断への誘導と、事実にもとづかない議論によって、政策論のかけ違いが起きています。だから、まず事実から問題を摘出していくことです。

そしてもう一つは、荻上さんがさっきおっしゃっていたことと一致しますが、どこに軸を立てていくのかを、ある特定の利害当事者の対立から導き出すのではなく、もっと幅広いところから問題が見えるようにすることです。

規制を緩和して無限の労働時間になってしまったときに、それは誰にとっても、例えば家族が死ぬのは嫌だという過労死の問題、あるいはブラック企業に教え子を送り出していく教育者の立場の問題だというように、さまざまな人たちが共感して、同じようにリアリティを持って考えられる問題の立て方にどうするかということが結局、ポイントとなると思います。

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今野晴貴氏


ボトムアップのブラック企業対策を

荻上 政府の経済対策でよく批判されるトリクルダウン理論ってあるじゃないですか。トリクルダウン理論は神話ですし、経済成長を声高に叫ぶ政権こそ、社会保障や再分配を同様に声高に掲げるべきでしょう。

でも、実はトリクルダウン理論って、多くの人たちの発想のクセみたいなものになっていると思うんです。直観に訴えるんでしょうね。

例えば、女性の人権問題に関しては、政治家が変わって、経営者のトップが変わって、数パーセントが変われば次第に女性の差別がなくなっていくであろうという、誰が言ったんだよそれという理屈が、なんとなく浸透しています。

私はトップの割合について目標を立てて、そこを目指すこと自体は方法論としては賛成なのだけれど、この発想には反対です。「差別解消トリクルダウン」とも呼ぶべき発想ですね。

当然ながら、使用者側である女性と雇われている側の女性の中には当然、同じ女性だとして括れない利害がある。そうなったときに、やっぱりトリクルダウン的なものではなくて、そもそも差別の解消はボトムアップでしかできなくて、足元の個別の差別をしっかりと改善するための体制づくりをする必要がある。

その体制をしっかりと監督できるように、当事者がトップに就いたりプレイヤーになったりするための仕組みづくりとして、何パーセントの目標数値を設定して考えるべきだと思うんです。

ただ、この発想は、なかなか差別されない立場の人は理解してくれない。だからこそ政策よりも先に、運動や社会起業が実例を作って、最終的に政治はこれを真似してくれればいいというものをつくることが必要になる。

それは心強くもありつつ、政治の怠惰の尻拭いをさせられているような状況にあると感じますが、究極的にはアジェンダセッティングを含めて運動側が実践しながら体制を改善していくという作戦が必要なのかと思います。

今野 現場の人たちが横に繋がれる問題設定と、ボトムアップで政治に影響を与える戦略を立てないといけない。

ブラック企業対策プロジェクトでも、最近はブラックバイト問題で大学教員と連携して調査をしたり、ブラックバイトユニオン(総合サポートユニオン)という労働組合を立ち上げたりして、現場の実践から政策に働きかけています。

そういう問題設定をして初めて、当事者じゃないと思っていた人が当事者だと気づける。これからの社会運動家に求められるのは本当にそれだと思いますね。


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(2015年5月18日「SYNODOS」より転載)

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