「日本型」セルフメディケーションの危険性について

公的医療費の膨張を抑制する目的があるのでしょう。近年、セルフメディケーションという言葉をメディア等で頻繁に見かけるようになりました。

公的医療費の膨張を抑制する目的があるのでしょう。近年、セルフメディケーションという言葉をメディア等で頻繁に見かけるようになりました。今年からは、セルフメディケーション税制もスタートしています。

皆さんは、この言葉をどのように理解されているでしょうか。

「軽い症状の場合には病院に行かず、自分で市販薬を選んで購入し治療する」でしょうか。

厚生労働省はセルフメディケーションについて、『WHO(世界保健機構)は「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当すること」と定義している』と説明しています。ここには市販薬を購入して自己治療を行うという意味が含まれるものの、「自分だけの判断」で市販薬を選ぶよう推奨する意図はありません。

日本ではアメリカに追随する形で、昭和50年代以降、ドラッグストア型薬局(スーパーマーケットのように購入者が医薬品を自由に手に取って選び、購入する)を推進・拡大してきました。購入に際して薬剤師の介入(病状や使用状況に関する質問、適正使用のための助言)がない、そもそも薬剤師が勤務していない店舗がある(当時は法令違反)といった批判はみられたものの、徐々に「市販薬は購入者が自由に選ぶもの」といった理解が広がりました。

市販薬をOTC医薬品と表記することがありますが、OTCとはOver The Counterの略称です。医薬品はカウンターの後ろ(購入者が直接手に取れない場所)に保管され、薬剤師と相談して購入するものだと言われても、今の日本ではイメージすることが難しいのではないかと思います。

医薬品が「医療用医薬品(医師の処方が必要)」と「一般用医薬品(病院に行かなくても購入できる)」に分類されていることをご存じの方は多いはずです。「医師が処方する薬は使い方が難しく危険、市販されている薬は安全性が高い」といったご理解でしょうか。

もっと詳しい方は、市販薬にもカテゴリーがあり、薬剤師からでなければ購入できない薬があることを知っておられるかもしれません。「病院での検査・診断を要する程ではないが、薬剤師の関与が必要な程度には危険な薬」という理解、それとも「医師の処方を必要としない安全な薬なのに、薬剤師が既得権益を手放さず専売している」といった理解でしょうか。

医薬品をどのように分類し、どのような形で国民に提供・販売するかは、主要先進国それぞれに特徴があり、そこには各国の国民保護や自己責任の考え方、政府が重視する経済思想、医薬品に関わる各ステークホルダー(製薬企業や小売業者、医師会、薬剤師会)の政治力といった様々な要素が反映しています。

国が制定した医薬品販売制度はまた、制度が規定する購入方法を通じて国民の理解を誘導し、その国特有の「医薬品利用に関する文化」を形成しています(例えば、購入に専門家との面談を要する医薬品は危険であり、自由に購入できる医薬品は安全 といった認識)。

「セルフメディケーション」という言葉のみを導入するのではなく、それが諸外国においてどのように理解・運用されているか、当のWHOがセルフメディケーションの拡大についてどのように言及しているのかを知ることは有用です。

市販薬販売制度の改定

公的医療費の逼迫に対応するため、日本では平成21年に市販薬販売制度が大きく変更されました。市販薬は第1類医薬品から第3類医薬品に分類(現在はこれに加え「要指導医薬品」)され、薬剤師に次ぐ市販薬の販売資格「登録販売者」が新設されています。

制度設計にあたっては、諸外国における販売制度を参考とし、業界関係者へのヒアリング、国民のニーズを反映したとされています。

この制度を議論するにあたって作成された、諸外国の医薬品販売制度についての資料を挙げておきます。

比較表に記載されているように、多くの国において医薬品は

「処方箋医薬品」(医師の処方箋が必要であり、薬剤師が提供する)

「薬剤師販売医薬品」(薬局において、薬剤師が提供する)

「薬局販売医薬品」(薬局において、薬剤師又はアシスタントが提供する)

「自由販売医薬品」(スーパー等でも自由に販売できる)

といった形で分類され、保管・陳列方法に関してもカテゴリー別に規定されています。

分類のための基準には「危険性」を採用するのがシンプルでよいのですが、短期使用であれば安全性は高いが頻繁に服用すると危険性が高くなる、副作用の可能性は低いが選択は難しいといった医薬品もあり、そう簡単ではありません。

国民のニーズ(急な発熱に対応したい場合、規制は利便性を損ねる)に対応する必要もあり、それぞれの国で分類には工夫がみられます。

イギリスやオーストラリアでは、小包装(12錠入り)の解熱鎮痛薬は規制なくスーパーでも購入できる一方、大包装は薬局のみで販売するといった規制を採用しています。急な発熱といった利用者のニーズに配慮するとともに、継続的に服用する購入者に対しては、医師の受診を要するかどうか、継続服用に伴うリスクの告知や副作用兆候の確認といった薬剤師の介入が必要である、という観点が反映しています。

アメリカのように、規制を廃しスーパーで大包装の解熱鎮痛薬を販売する国もあります。たった一種類の解熱鎮痛薬のため年間数百人の死亡者が発生するといった負の側面はあるものの、市場に委ねることで低価格と良好なアクセスを実現しています。ここには「自由と自己責任」を重視するアメリカの価値観が反映しているといえるでしょう(国土が広く医療者の介入を確保できないといった理由も指摘されます)。他の先進国と比べ特異な制度ではあるものの、これも一つの考え方です。

厚労省での議論の結果、日本の販売制度は

薬剤師の販売を要する医薬品(第1類医薬品)は全品目の1%以下とした

登録販売者は諸外国の助手と異なり、薬剤師の監督下である必要はない

(99%以上の市販薬を販売できる「薬剤師不在の店舗」を運営することが可能)

医薬品の危険性は分類上、重視されなかった(副作用被害の大多数は第2類で発生)

といった形になりました。それまでのドラッグストアにおける実質的な販売状況を追認した制度であったこと、当時は世論も規制緩和派が大勢を占め、反対した日本薬剤師会は多くのメディアから「抵抗勢力」として報じられたことが勝負を決めたのだろうと思います。この制度改正に対し薬剤師会は大いに不満を表明しましたが、大手メディアや世論は揃って歓迎の意向を示しました。

分類自体は欧州・オーストラリアに似ているものの、実質的にはアメリカ型の販売制度を志向したものといえます。登録販売者の増加と共に、スーパーやホームセンター、コンビニエンスストアなど、ドラッグストア以外の店舗にも市販薬の販売は拡大しつつあり、高い利便性と価格競争の恩恵、経済にも貢献する日本らしい制度設計といえるのかもしれません。

日本人の市販薬購入動向

少し古い調査結果ですが、2009年にニールセン・カンパニー合同会社が世界50の国や地域、25,000人を超える消費者を対象として、市販薬の購入動向に関するアンケートを実施しています。

「市販薬を決める際、何が重要となりますか?」という問いに対し、日本人は特徴的な傾向を示しました。いずれの国・地域においても「効果がある」という項目を重視する傾向(日本42% 欧州43% 世界平均36%)は共通であるものの、日本では諸外国に比べ

安全性(日本45% 欧州28% 世界平均37%)

自信が持てる製品(日本35% 欧州26% 世界平均26%)

価格(日本40% 欧州15% 世界平均18%)

といった項目を重視し、

薬剤師からの助言(日本15% 欧州38% 世界平均27%)

を重要視しない傾向を示しました。アメリカも薬剤師の助言を重視しておらず(13%)、似た傾向です。

元々、国民性として「自由と自己責任、価格」といった価値感を重視しているからこそ、日本人は規制を廃した市販薬販売制度に合意したのでしょうか。それとも、ドラッグストア型の販売形態によって、本来の国民性とは異なる購入動向が誘導されてしまい、市販薬を安心して利用できない困難を抱えているのでしょうか。正直なところ、どちらが正しいのかはよく分かりません。しかし少なくとも、安全性を重視したいというニーズを重視するのであれば、日本の販売制度は逆効果であると指摘することは可能だろうと思います。

薬剤師の助言を重視する国では、製薬企業も薬剤師の価値観に合う市販薬を提供します。一方、そうでない国では消費者に直接アピールする商品構成となるため、医療関係者からみると、眉をひそめるような商品やCMが好まれる状況も出てきます。不適切な市販薬利用(用法・用量を守っていても)による健康被害も、やはり時々見かけます。

誠実な登録販売者・薬剤師を見つけようとしても、市場に適応した日本の販売制度の下では簡単なことではないでしょう。

価格・利便性より安全性を重視する方であれば「国が勧めようともセルフメディケーション推進には合意しない」という選択肢について検討するのもよいかもしれません。

「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」という選択肢

実際のところ、国にとってセルフメディケーションの推進は、社会保障費のコントロールのためには合理的な選択です。

しかしながら、もしこの選択にあたって、公的医療費を抑制すると同時に「医師の手を離れる国民に、いかに適切な薬物治療を提供するか」を重視するのであれば、体裁ばかりを整えて野放図にセルフメディケーションを拡大し、市場と自己責任に委ねるのは厚労省にとって賢明な解決方法ではありません。

(現状、限定的に運用されている)薬剤師による医療用医薬品の販売について厚労省・医師会・薬剤師会で合意を形成し、料金体系を含め制度化・推進するのが妥当だろうと思います。

上で挙げた比較表にも記載されていますが、フランスの販売制度と同様の考え方です。

国の会議において、医師会関係者が「市販薬を置くような薬局に処方箋を出したくない」といった発言をしたと聞きますが、これは医師の収入を減らすための議論ではありません。

限られた人数の医師で公的医療費を増加させることなく拡大する医療ニーズに対応し、しかも医療機関を受診していない地域住民までカバーすることは不可能です。

昨今、新聞や雑誌などでも医療や薬事に関する特集をよく見かけるようになりました。それだけ、医療費や社会保障費に対する社会の関心が高いのだろうと思います。

メディア関係者の方々も、どのような医療体制や医薬品の販売・提供制度、医療関係者の関わり方が望ましいかについて、議論に参加して頂きたいと願います。

おわりに

今回の拙文を作成したきっかけは、オーストラリア政府が、鎮痛・鎮咳に用いられているコデインを市販薬リストから削除し、要処方箋薬のみに限定すると決定したとの報道に触れたことでした。オーストラリアの医薬品販売制度は、世界から高く評価されています。

コデインの適応は日本と海外とで差があるものの、オーストラリアにおいてさえ、このような判断が下されたことは個人的には大きな驚きでした。これで主要先進国の多くが、コデインに対する制限に合意したことになります。日本では今のところ、この規制に関して大きな動きは見られず、同様の問題を起こす可能性のある他の市販薬成分に関しても議論されている様子はありません。つまりは、危険を回避するかどうか購入者に委ねられているということです。

こういった海外と日本の温度差は、かつて薬害大国と揶揄された時代を連想させます。

日本が他の先進国並みの医薬品利用の安全性が望める国になることを、願ってやみません。

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