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福島県立医大は専門医の育成機関として適格か

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●チェック・アンド・バランス


日本人は、行政による一元支配を好む。しかし、一元支配は民主主義と相性が悪い。権力の乱用を防止して、民主主義を守るためには、権力が一つの機関に集中するのを避ける必要がある。立法、行政、司法の三権分立は最も有名なチェック・アンド・バランスの方法であるが、権力分立の概念とそれが必要とされる範囲は広い。

地方自治が行われるのは、中央政府と地方の利害が必ずしも一致しないからである。日本国憲法92条は、住民の意思によって地方自治を行い(住民自治)、中央政府に対抗すること(団体自治)でチェック・アンド・バランスを期待している。
民間でも、個人や法人が複数の機能と権限を持つと、しばしば権利の侵害が常態になってしまう。

教える側と教えられる側の権威勾配を当然とする日本の習慣は、教育者の被教育者に対する権利侵害を許容し、あるいは、被教育者の進歩を抑圧しがちである。とりわけ、教育と人事権を単一の組織が担うと人権侵害が生じやすい。日本には、徒弟に伴う人権侵害の歴史がある。このため、労働基準法は「徒弟の弊害排除」について規定している。

第69条 使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の習得を目的とする者であることを理由として、労働者を酷使してはならない。

悪名高い日本の外国人研修制度も、研修ということばが人権侵害を促進した側面がある。この制度は安価な労働力確保のために利用されることが多く、パスポート取り上げ、時間外労働、補償金・違約金による身柄拘束、最低賃金法違反、性暴力など人権蹂躙が頻発した。追い詰められた外国人労働者による殺人事件まで発生している。アメリカ国務省の人身売買に関する年次報告書に記載されるなど国際的に問題にされている。

●「生きがいと価値の提示」と「医局の命令」


南相馬市では、原発事故後、医師、看護師など医療従事者の半数が離職した。南相馬市立総合病院では医師数が、震災前の12名から4名にまで減少した。福島県立医大の医局から派遣された医師が、相双地区の病院を離職し、福島県立医大、あるいは、他の地域の関連病院に異動したり、福島県立医大の医局そのものを辞めて、他県に異動したりした。

南相馬市立総合病院は、初期研修を行う臨床研修病院になることと、魅力的な活動の実施と発信によって全国から医師を確保しようとした。現在、南相馬市立総合病院の医師数は震災前の2倍をはるかに超えた。集まっている医師の大半は県外出身である。浜通りに医師を集めるのに、「生きがいと価値の提示」が「医局の命令」より有効だった。

●医育機関と人事権


南相馬市立総合病院には初期研修医が集まり続けている。その中の一人、山本佳奈医師が、産婦人科医として南相馬に残ることを決意した。南相馬で研修できるのか。福島県には、産婦人科の研修基幹病院は福島県立医大病院しかない。彼女はふくしまこども女性医療支援センターの高橋俊文教授に問い合わせた。高橋教授は産婦人科医であり、福島県立医大病院の産科・婦人科にスタッフとして名前を連ねている。

高橋教授からの返事によれば、産婦人科の専門医制度では、研修基幹病院とその協力病院での研修だけが研修期間として認められる。決定的なのは、人事権である。「南相馬の産婦人科は単独では専攻医(筆者注 専門医研修プログラムで研修を受ける医師)はとれない施設です(現在および将来も)。福島県立医科大学の研修プログラムで派遣されるのであれば可能という解釈でいいと思います。しかし実際は産婦人科が1名しかいない病院に専攻医を派遣することはありません。もしあっても1~3ヶ月以内の短期でしょうね。」

研修基幹病院が専攻医の人事権を持つ。専攻医に選択権を認めていない。これでは従来の医局と同じか、もっと悪い。専攻医に隷属を強いる制度である。

従来、日本の多くの病院は、医師の供給を大学の医局に求めてきた。医局は、今も日本の最大の医師紹介機関である。医師の派遣主体は、大学ではなく、個々の医局である。医局は、自然発生の排他的運命共同体であり、法による追認を受けていない。この意味でやくざの組織に似ている。派遣病院は縄張りとして、医局の支配下にあるものとみなされる。

医局出身者以外、あるいは別の大学から院長を採用したり、他の医局の医師を採用したりするだけで、医師を一斉に引き揚げることがある。全国で、医師の供給を大学だけに求めてきた病院が苦境に陥っているのは、医師にとって魅力的な病院にするための努力が欠如していること、医局員の数がニーズに対し相対的に減少したことに加えて、医局が医局外の医師の参入障壁になっているためである。

●制度の多様性


筆者は1974年、大学の泌尿器科医局に入ったが、大学では、合理性より、古めかしい因習が重んじられていた。大学病院には最初の1年だけしか勤務しなかった。自分で自分を鍛える方法を選択できる環境を求めて努力した。患者数が多く、合理的な議論が可能な病院を渡り歩いた。

手術では患者の生命が奪われることがある。筆者は、手術を怖いと思うと同時に、当時の日本の水準を受け入れたくなかった。手術水準の向上の契機を、泌尿器科以外の外科系診療科と世界に求めた。大量の手術書と論文を読んだ。泌尿器科のみならず、消化器外科、血管外科、甲状腺外科、産婦人科の手術書は筆者の愛読書だった。

アメリカ、ヨーロッパの高名な泌尿器外科医の手術を観察させてもらった。教えを乞うのではなく、世界最高水準とされる人たちの技術と考え方を、自分の目で見て、評価するのが目的だった。良い点もあったが、悪い点も目についた。自分の到達点を確認することができ、努力の方向に確信が持てた。

未来に向かって医療は変化する。新しい手術や新しい考え方を導入し、発展させるのは30代の若い医師である。50代、60代の教授の出番はない。指導者は必ずしも必要ではない。指導者より環境がはるかに重要である。専門医研修を受ける医師の能力、望ましい専門医像は多様である。当然、教育環境も多様であるべきである。将来の医療の進む方向を変に固定させないためにも、専門医制度自体が複数あった方が望ましいし、国家権力からも独立しているべきである。

●人事支配による経済的利益と医師の参入障壁


大学病院が、医師の人事を支配することは、大学の権力拡大のみならず、経済的権益にもなる。

福島県立医大の地域産婦人科支援講座は、いわき市の寄付講座である。2014年1月1日に設置された。いわき市からの寄付額は年間5000万円。2014年1月1日から3月31日までについては、1名の産婦人科医師が磐城共立病院に派遣されていた。ただし、この1名はそれまで磐城共立病院に在職していた医師だった。2014年4月1日以後、寄付講座からの常勤医派遣数が1名増えて、2名になった。医局員を寄付講座から派遣すること、すなわち、医師の人事を支配することで、大学と産婦人科学講座は利益を得ている。

寄付講座は参入障壁としても機能する。寄付講座が支配する診療科で、寄付講座に所属する医師と、外部から参入した医師が同等に扱われると誰も思わないからである。

いわき市の税金が、福島県の税金を使って設立されている大学病院に吸い上げられている。福島県の税金を使って設立されている大学病院によって、磐城共立病院の医師調達コストが高騰した。福島県の税金を使って設立されている大学病院が、磐城共立病院への産婦人科医の参入障壁になっている。

●「中間搾取の排除」


いわき市は、寄付講座が学問的業績を挙げるのを支援するために寄付したのではない。医師派遣への見返りである。素直に見れば、寄付講座の収入は本来、磐城共立病院に派遣された医師の労働の対価に含まれるべきである。派遣された医師側からみると、自分の給与の一部が県立医大に吸い上げられている。

労働基準法はこうした問題も想定して、「中間搾取の排除」を規定している。

第6条 何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。

寄附講座は法に基づいていたとしても、中間搾取に相当しかねない危うい制度である。筋の悪い制度であることは間違いない。

●病院の専制支配


さらにひどい話がある。震災前、南相馬市立総合病院から、心臓カテーテルなどの技術を持った循環器内科の医師が、福島県立医大の医局に引き揚げられ、地域の急性心筋梗塞患者に対処できなくなった。困った院長が、県外の病院に医師の派遣を依頼した。赴任してくれる医師が見つかり、話がまとまったところで、福島県立医大の医局から横やりが入った。医師を引き揚げるが、他から採用することはまかりならぬという。南相馬市立総合病院はこれに従った。

福島県の税金を使って設立されている大学病院の循環器内科が、南相馬市立総合病院への循環器内科医の就職を妨害した。

筆者はこの件について、2012年、メールマガジンMRICに「医師参入障壁としての医局: 医師を引き揚げるが、他から採用することは許さない」と題する文章を投稿して批判したが、福島県立医大からは何の反応もなかった。明らかな不祥事であるが、福島県立医大は不祥事として処理していない。反省していないので、今後も同様のことが生じる。

南相馬市やいわき市の住民は、福島県立医大から被害を被っている。県民として異議を申し立てる正当な理由がある。
福島県立医大病院は、様々な人事上の問題を引き起こしてきた。専門医制度が人事権をもつとすれば、福島県立医大病院は、専門医制度の研修基幹病院として不適格である。

●専門医制度は専門医の育成に特化すべし


福島県の状況は、単一の機関が専門医教育と人事権を地域で独占的に持つと、専制を招き、結果として、医師の権利を侵害し、地域の病院と住民に不利益をもたらすことを示している。専門医の育成と人事権を分離して、専門医制度は専門医を育成することに特化すべきである。研修の質を高め、日本の医療の質を高めるためには、基幹病院と協力病院の紐づけをなくす必要がある。専攻医の発意と病院との合意で研修先を決めるべきである。

ドイツの職人が全国を渡り歩いて技術を高めるように、医師も自らを高めるために、それぞれの目標をもって全国を歩けばよい。世界を歩けばよい。各病院は、研修環境を改善し、医師のモチベーションを高める努力をしなければならない。基幹病院による専制支配からは、質の高い研修は生まれない。未来の医療は生まれない。

(2016年10月24日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)