「原爆のデジタルアーカイブ」をアメリカで展示発表してみた

「原爆のデジタルアーカイブ」について,アメリカの,少なくとも技術者・研究者は深く理解し,協力してくれています.

Photo by Jody Garnett

渡邉英徳です.今回の記事では,アメリカにおける「原爆のデジタルアーカイブ」の展示発表について報告します.

私はいま,ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所の客員研究員として,ボストンに滞在しています.

アンドルー・ゴードン先生が取り組む「2011年東日本大震災デジタルアーカイブ」のプロジェクトに参加しながら,災害資料の可視化研究を進めています.

アンドルー・ゴードン先生とは,2013年に広島国際会議場で開催された「国際平和シンポジウム」でお会いしました.今回のボストン滞在は,その時のご縁がもとになっています.当時執筆した振り返り記事もご参照ください.

さて,上記の国際平和シンポジウムで発表した原爆資料のデジタルアーカイブ「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」はともに,海外のメディアで数多く参照されてきました.特に「ナガサキ・アーカイブ」はウェブメディアで多数言及された結果,一日に20万ページビュー以上のアクセスがありました.

しかしこれまで,原爆についての「当事者」であるアメリカで,これらのアーカイブを実際に展示したり,体験会を開いたりしたことはありませんでした.そこで,今回のアメリカ滞在中に,なんとかチャンスを見つけて展示発表したいと考えていました.

幸運なことに,地理空間情報オープンソース・ソフトウェアの国際カンファレンス「FOSS4G(Free and Open Source Software for Geospatial)NA 2016」において,投稿したプロポーザル「"Hiroshima Archive" and disaster digital archives series」が採択され,口頭発表の機会を得ることができました.また,現在「ヒロシマ・アーカイブ」などのプラットフォームとして活用しているオープンソース・ソフトウェア「Cesium」の開発チームに連絡したところ,彼らのブースでの展示を快諾してくれました.

なお,かつて「Google Earth」上で動作していたアーカイブを「Cesium」に移行する際には,実にいろいろなことが起きました.以下の記事もぜひご参照ください.

さて,技術カンファレンスとはいえ,アメリカにおける「原爆」はセンシティブなテーマだと思います.こちらに来て,試しに大規模掲示板である「Reddit.com」に「ヒロシマ・アーカイブ」の記事を投稿してみたところ,好意的なものと併せて,批判的・荒らし気味なコメントも多数投稿されました.

また,展示料を負担して出展している「Cesium」チームにとって,私の「デモ展示させてくれ」というリクエストは,かなり図々しいものだったかも知れません.口頭発表のプロポーザルが不採択になり,展示の申し出も断られるのではないかと,悲観的になっていましたが,どちらも実現することができました.本当に嬉しく思ったものです.

5/2-5の日程で開催されたカンファレンスには,昨年開催した「ヒロシマ・アーカイブ」ワークショップの記事を執筆した,広島出身の大学院生,田村賢哉さんも参加しました.そこで,彼にも展示を手伝ってもらいました.下の写真では,田村さんが来場者に「原爆の子の像」の由来を説明してくれています.

下記は,Cesium開発チームのツイートです.彼らにとっては,「ヒロシマ・アーカイブ」などのコンテンツは,プロダクトの価値を来場者に伝えるための,格好のショーケースだったかも知れません.

それを割り引いたとしても,唯一のプロジェクターを提供してくれたり,Twitterで広報してくれたりと,格別の扱いをしてくれました.

ワシントンに本拠を置く「Cesium」チームとは,昨年のオンラインでの出会い以来,本当に良好な関係を保てています.彼らはもちろん,アメリカの人です.しかし,"技術者ゆえ"に「原爆」が備えるポリティカルな面には興味がなく,口を出さないのだろうかと,最初は思っていました.日本ではおそらく,そうした雰囲気もあるからです.

しかし,それは勘違いでした.例えば,下記に示す「Cesium Showcase」内の文章は,私が送ったドラフトを,先方でほぼ書きなおしてくれたものです.2014年の記事でも紹介した「地元におけるコミュニティ形成」についてのくだりを,特に強調したいというリクエストは,先方から届きました.

著書でも述べたように,「ヒロシマ・アーカイブ」においては,デジタルコンテンツと,人々がつながるコミュニティが相補的に機能しており,継続的な記憶の継承がおこなわれています.このコンセプトについて,アメリカの,少なくとも技術者・研究者は深く理解し,協力してくれています.だからこそ,今回の展示発表が実現したのだろうと思います.

もちろんアメリカでも,やぶから棒に「原爆投下の是非を問う」といった切り口で議論をはじめると,紛糾するかもしれません.これは,日本においても同じことです.国内で「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」を展示発表する際も,まず「デジタルコンテンツとコミュニティのあり方」という切り口から,解説を始めるように心がけています.

そこから徐々に,シビアな話題に進んでいけば,無理なく穏やかな議論ができます.こうした「話のすすめ方」が,原爆の一方の当事者国であるアメリカでも通用することは,私たちにとって嬉しい発見でした.

展示の翌日に行った口頭発表では,「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」以外に,「沖縄戦デジタルアーカイブ」「震災犠牲者の行動記録」などを紹介しました.会場もほぼ満席となり,熱心に聞いてもらうことができました.下記に,今回の展示発表についての感想ツイートを掲載します.

今回の展示発表は,とても良い結果を生んだと思います.もちろん,FOSS4Gは「地理空間情報に興味がある技術者・研究者の集まり」なので,アメリカの一般の人々について,今回と同じ方法が通用するとは限りません.それでも,滞在中のさらなる活動に向けて,私はとても勇気づけられました.

現在,日米の高校生による「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」を活用したワークショップを,東海岸の都市で開催する計画を進めています.そのためのクラウドファンディングも準備中です.近日中に詳細を報告できると思います.しばしお待ちください.

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