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吉岡秀人 Headshot

美しさを求めて

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美しいモナリザの絵が目の前にある。
この美しきものを何とか自分のものにして所有したいと思う。
そしてあらゆる力を使ってとうとう、それを手に入れる。
 
目の前に本当に出会ったことがないような美人がいて、この女性をあなたの伴侶にしたいと思う。
そしてあなたはとうとうその女性を妻にできた。

また、あなたは自分のまだ幼い子どもが笑っているのを見て、なんとも美しく、そして愛らしく、なんともいえないような幸せな気持ちになり、この瞬間をなんとか留め置きたくて写真のシャッターを何度も切って記録する。

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それから30年後、、、、。

モナリザは相変わらずあなたの前にあり、永遠の微笑をたたえている。
時々その絵を取り出してみては、何度も「美しい」と呟くのだ。

若かったこの世のものとも思えないようなあなたの妻も、50歳を過ぎて、髪にはかなり白いものが混じり、しわも深く刻まれるようになった。
あなたは思う。「私の妻はいまだに美しいが、私が出会った頃の妻は本当に美しかった。初めて出会ったあの日、この世のものとは思えないような息を呑むような美しさだったな、、。」と。
 

笑顔が本当に愛おしく、まだ幼かったわが子は既に30歳を過ぎ、今ではすっかりいい男になった。背も高く、ひげも濃いが、なかなかのハンサムな息子だと今でも自慢である。

それからさらに20年後、、、。

モナリザは相変わらずあなたの前にあり、相変わらず永遠の微笑をたたえている。
少し視力が弱くなってきたが、その美しさは本当にすばらしいものだと、今でも思う。

美しかった妻は、すっかりいいおばあちゃんになってしまった。
しわは深く刻まれ、それが彼女のいろいろな人生の経験を物語っているようだ。
あの頃に戻れて、もう一度だけあの頃の妻に出会えたらどれほど幸せだろうか。

息子も今では立派になり、彼の息子、すなわちあなたの孫もそろそろ結婚を考えていると聞いている。

それから10年後、、、、、。

今では取り出して見る機会はめったになくなったが、モナリザは相変わらず永遠の微笑をたたえている。その美しさは本当にすばらしいものだと今でも思う。
この絵は私は死んだ後、どうなるのだろう?それだけが気がかりだ。
そのことを思うといたたまれない気持ちになる。

妻は1年前に死んでしまった。毎日妻の写真を眺めては、幸せだった日々を振り返る。
出会いの頃、彼女は本当に美しかった。彼女と出会えたことは私の人生で一番の幸せだった。

まだ子どもだと思っていた息子も孫に囲まれここしばらく会っていない。時々、ここに子どももや孫をつれてやってきてくれる。
ひ孫を抱いたとき、息子の同じ頃をふと思い出し幸せな気持ちになる。

そして、、、、、、それから数年後。

さてそろそろ私も臨終が近づいているようだ。

モナリザの絵は、あの世にもっていけないが今でもきっと美しく微笑んでいるだろう。
目を閉じればいつでもその微笑を思い出すことができる。
 

妻よ。そろそろそちらへ私も行くときが来たようだ。
目を閉じれば、君との思い出がよみがえってくる。
君は本当に美しかった。今でもその美しさは永遠だ。君のその美しさははっきり思い出すことができる。

息子よ、私はもうすぐ旅立つが、しっかり生きて行ってくれ。
お前があの幼き日に私に向けてくれたあの愛くるしいほどの姿が、その微笑が何度私を勇気づけてくれただろう。本当に感謝している。
こうして死の際にあっても、この脳裏にしっかり思い出すよ。
ありがとう。

   、、、、、、、、、、。

万物流転。何一つとして留まることはない。刹那刹那に全てが変化して、同じものなどない。
どんなに美しいものでも時と共に変化し、それは失われていく。
人の苦しみは、所有できないものを所有しようとした時に生まれてくる。
たとえどんなに美しい女性でも、本人ですら、それを生涯、持つことはできない。
否、一瞬たりとも同じ美しさを持つことなどできない。
どんなに愛くるしい存在でも、やがてそれは無くなってしまう。
本人が自覚もないうちに。
若さも感動も、人生で本当に価値あるものは全て。

私たちの存在は時間に制約される。

やがて全てを手放さねばならないときが来る。
はじめから持てないものを持とうとしないことだ。
そこに苦しみが生まれる。

モナリザの美しさを所有などできないのだ。
モナリザの美しさなどという決まったものは、本来どこにも存在しない。
その絵から感じる美しさは、あなたのそれと私のそれとは全く違うものだ。

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どんな美しさもきっと自分の中にある。
あなたがモナリザに感じた美しさ、若き妻に感じた美しさ、わが子に感じた愛くるしさ、それらはあなただけの特別なもので、あなたの心と頭の中以外、どこにも存在しないものだ。
それを感じる感性さえあれば、いつでもどこでも、あなたの中に蘇える。
それが本当に所有しているということだと思う。
だから、物理的に所有などする必要はないのだ。
それをすれば苦しみが生まれる。

モナリザを見たとき、なんと美しい!と思う。
若き日の妻に出会ったとき、なんと美しい人だ!と思う。
幼きわが息子があなたに向かって微笑んだとき、なんと美しく愛くるしい!と思う。

そう感じた瞬間、あなたは既にその全てを、その全ての美しさを手に入れている。
それが永遠の宝であり、誰にも奪えないものだ。

もっと言えば、その美しさは、はじめからあなたの中にあったものだ。
人は自分にないものには感応しない。
外部の刺激であなたの中のその美が目覚めたに過ぎない。
はじめからその美をもっていたのだ。
だからそれを外部に求めて所有しようとしてはいけない。

私たちの人生は外へではなく、自分の内へと深く入っていくとき真実が見える。