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親父の形見〜生涯をかけ、父が私に伝えたかったこと

私の父親は、私にとってはあまりよろしくないイメージの男だった。

2017年08月25日 10時29分 JST | 更新 2017年08月25日 10時31分 JST

いつも子どもたちに接していて思う。

『自分には何をこの子たちに残すことができるのだろうか?』と。

吉岡秀人

この子たちの才能の在り処を見つけるのは、至難の業。

一体どうすれば、私の子どもとして生まれてきたことを将来誇りに思うのか?或いはそれほどのレベルでなくても、後悔しないでいてくれるのだろうか?

親の後姿を見せることは大切だと思う。

私も努めてそのようにしてきたのだが、果たしてそれで上手くいくのだろうか?

私の父親は、私にとってはあまりよろしくないイメージの男だった。

吉岡秀人

あの頃の男親というのは、ほとんど子どもの面倒を見ることはなかったし、週末にはいつも、昼間は競馬かパチンコ。夕方からは、部屋中をタバコの煙で満たしながら、ほぼ徹夜でマージャン。と何かにつけて、子どもにはまったく理解できない生活スタイルだった。

戦後、苦労を重ねようやく車関係の縫製業を営む祖父の仕事が上手く回り出し、若かった父親は20歳頃からいい時代を過ごしていたようだ。しかしそれもつかの間、オイルショックが日本を襲う。そこからは、車関係の零細・小工場は衰退の一途をたどることになる。近所のおばちゃんたちのたくさんの笑い声で満ちていた我が家は、いつしか誰の笑い声も聞くことがなくなり、私が高校の頃には、たった一人で仕事をしていた父親が廃業をして、家業は終了した。

こんな父親だったから、私はいつも反面教師にして間逆をいくようにしてきた。それはそれでよかったのかもしれない。だから成長したあとの私は、父親をまったく尊敬などしてもいなかった。

  

父親は小さい頃から頭脳明晰で体力もあり、運動神経も抜群だった。

背はあまり高くはなかったが、高校の頃までは短距離走でも大阪の中ではトップクラスだったらしい。中学生当時、素足で走って11秒3というタイムだったと言っていたが、どうだろうか?

幼い私がタンスの奥をほじくっていた時、父親の賞状がたくさん出てきたので、多分本当にそこそこなものだったのだと納得した記憶がある。

子どもの頃のこの父親の姿と、私が知っている姿にあまりにもギャップがあり、同じ人間だとは思えないほどであった。

どうしてこのようなギャップになってしまったのだろうか?

父親は子どもの頃に終戦を迎える。

戦争に日本が負けて大変な思いをして何とか生きていくが、家庭はまだ貧しく、アルバイトもするが、どうしても学費が払えないので大学進学を断念したようだ。

高校を卒業して地方の銀行員になるが、高卒では昇進も厳しかったのもあってか、家業の縫製業を継ぐことになる。当時はそれが常識だった。

それから間もなく、オイルショック。そこからは坂を転がるように、一度も上向きに転じることはなく、40歳代後半で廃業に至る。

吉岡秀人

その後いくつかの職を経て、最後の仕事は、大きなスーパーのガードマンだった。

廃業してからの父親の姿はさらにひどくなり、ギャンブルで借金しまくり、アルコール依存も加わって目も当てられなかった。 

私にはどうしても不可解なことがあった。

どうして私よりはるかに才能に恵まれ優秀だった父親が、会社を失くし、最後にはスーパーのガードマンで終わらなければならなかったのか?

大きな社会の時代の波をかぶって、彼の運命はその波の中に飲み込まれていったとしか言いようがなかった。

しかし、もっと何とかできなかったのだろうか?

もっと上手く時代を乗り切ることができなかったのだろうか?

私が40歳を過ぎたある日、この父親の人生が私の中で走馬灯のようにつながって意味を語りはじめた。

そしてどうして父親の人生が、あんな風にならざるを得なかったのか?その理由をはっきりと私に教えてくれた。

私が父親から受け取った最大のものは、この命、そして彼が一生をかけて私に悟らせたそのメッセージだった。

うちの小学生の長男は、口では受験をしたいと言うが、日々ダラダラして一向にやる気にならないらしい。

「毎日、面白くないのか?」

長男曰く、まったく面白くないと言う。

「なぜ?なぜ面白くないのだと思う?」

と聞いてみる。

理由はわからないらしい。ただ、つまらないという。

だから私はこう答えた。

「その理由は、人間、その人の能力以下の時間を生きていると必ず、人生つまらなくなる。

「面白くなくなってエネルギーをもてあましはじめると、それを消費するために、多くはくだらない事をしはじめる。」

「暇をもてあましたら、ゲームをしたり、テレビを見たりダラダラする。大人だとタバコを吸ったり、必要以上の物を食べたりするのも同じことだ。」

そして、

エネルギーを振り切るくらいのものを見つけ、日々生きなければいけない。

と言った。

それがなければ、目の前のことに今は全力を注いでみる。そこがスタート地点になる。

と話した。とにかくエネルギーを余らせるなというメッセージだ。

人間、その人の才能・能力に見合ったエネルギーの消費をしなければ、列車が脱線するように軌道を外れてしまう。

余ったエネルギーをうまく誘導し、建設的に使える人間はそう多くはないと思う。

ほとんどはその使い方を間違い、どんどん軌道を外れていく。

軌道を外れるとは、才能が廃れ、人生は開花しないということになる。

エネルギーをフルで消費している間は、あまり余計なことをする余裕もない。

野球の選手でも辞めた後に、或いは少し余裕が出て遊びを覚えた時などに、魔にはまり込んでいく。

この"魔"は、日本語では"間"に通じ、"間"とは時間や空間のことだ。

上手く人生をいきたければ、"間"をコントロールすることを覚えるしかない。

人間いつもフルスロットルでは走れないので、時々は休む時間、すなわち"間"を持つ必要がある。

だからこの"間"が上手くコントロールできれば、それがまた次のエネルギーに付加されていく。

結局、父親の最大の失敗は、その才能と能力に見合った日常を送れなかった、送らなかったことにある。

その余ったエネルギーは、ギャンブルとアルコールに投下された。

そして人生の軌道をはずれはじめ、ついに修正することなく生涯を終えてしまった。

はるかに私なんかより才能があったのに。

そんな人間はたくさんいると思う。

自分の毎日を面白く充実したものにしたければ、そして、人生をそこそこ満足したものにしたければ、自分の才能を裏切らない人生を送るしかない。

もし、毎日がつまらないのならば、それは自分の才能・能力以下で生きてるということだと思う。

吉岡秀人

"間"を上手く使い、エネルギーを上手く誘導して、とにかく何でも一生懸命にやるしかない。自分の才能に出会うまで、やめてもいいから、その時間、その期間は、縁のあった目の前の事柄に全力投球する。