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松下幸之助からの問 「お前は私を超えることができるか?」

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若い世代の人たちに話す際によく言うことがある。

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「私は私なりに自分の人生で良いことも悪いことも経験してきたし、普通の人たちよりもおそらくたくさんの失敗をしてきたと思う。それゆえに、そこからまあ、いろいろな事を悟りもし、自分の中に沈めてきた考えや知恵もある。

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今私が若い世代に語りかけるその知恵は、私が若いころには手に入れることができなかったものだ。

だから苦労をして、その結果、なんとか手に入れ今に至る。

私が若い頃にも当然、、世の中にはそのような知恵を持つものはたくさんいた。

しかし、その知恵をついに私は聞くことはできなかった。

それはなぜか?

私には若い頃にそれを聞ける才能がなかったからだ。

才能がない私は自分で失敗をしながら時間をかけ痛い目にあいながら、ようやくその知恵を手に入れることになった。

もしも若い頃に私がそのような知恵を手に入れる才能があれば、、、。

きっと、もっとすばらしい、エキサイティングな人生になっていたような気がする。

もし20代や10代で私の話を聞き、その知恵を手に入れることができたのならば、それは少なくとも同じ年頃の私よりはるかに才能に恵まれているということだ。

あなた方は間違いなく私より才能に恵まれている。

それでもなお、私以下の成果しか人生に残せないとしたら、それは自分の才能を裏切ったことになると自覚しなければならない。

人の目線や、常識、お金や待遇、名誉、それら全ては自分の才能を奪う可能性が高い性質のものだ。
これらをどうコントロールできるかで人生は大きく変わる。」
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私がいつもお世話になっている松下政経塾、元塾頭の上甲さんはある日、松下幸之助翁から、こう聞かれたそうだ。

「お前は私を超えることができるか?」

恐縮して、上甲さんはそんな大それたことは考えられないと応えたそうだ。

しかし、翁は「なぜだ?」「超えられるはずだ!」と言う。

応えに窮していると、続けてこういう内容を言ったらしい。

「あなたは私のことをずっとそばで見て知っている。何を行い、何をどう考え、どのように失敗したかもだ。」

「だからあなたは私を取り入れることができる。」

「それに自分を足すのだから、超えれないわけはないだろう」と。

多くの人は自分には大した才能がないと思い、世の中を変えるようなことができないと思う。

でも本当は、世の中を変えるというのは、なにも政治家や企業家の専売特許ではない。

誰でもできるし、その可能性はある。

時間・場所・タイミング・やり方・考え方、これらを上手く組み合わせればありえることだ。

それを拒むものがあるとしたら、その人の意識や考え方、それから欲やエゴが邪魔するからだ。

病院で働く、いち看護師だって世の中を変えれる側に立てる可能性がある。

しかし、病院にお金で飼いならされ、マスコミや銀行に不安や欲望をあおられ右往左往している間は、まず無理だ。

生涯、不安を持ってあたふた生きるあなたになる。

勇気というのは翼のようなものだ。

少しの勇気を持って世の中に変化を与える側に立ってみる。

押さなければ跳ね返りがないように、世の中に変化を与える人間には世の中からいろんな反応が返ってくる。

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そして人生が動き始める。

同じ場所で右往左往していても世の中は何も変わらない。だから自分の人生にも変化は起こらない。

世の中はすごく単純にできている。

与える変化の大きさは問題ではない。それは個人の個性によって変わってくるだけだ。

それより自分の人生にいかなる変化が起こったか?それが全て。

今日も、明日も、その次も、そして10年後も、、、。

同じ毎日を同じように過ごしたいかどうか?

同じ毎日でもたった一つだけ違うことが起こる。

それは人は歳を取っていくということだ。

同じような毎日でも気がつけば、髪は抜け、皺は増え、そして内臓は弱る。

機械で編んだ布は狂いがなくて均一でしっかりしている。

しかしその中に宇宙は感じない。

調和していそうで、調和などない。ある種の緊張があるだけだ。

しかし、人の手によって高度に編まれた布は、一糸一糸まったく同じでないが、全体が調和してそこには宇宙の縮図があるような気がする。

人生の時間も同じだ。

人生をかけてどんな布を編みたいのか。今一度、惰性で生きている若い世代に詮索したいのだ。