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苦労は買ってでもする?しない?

2017年01月03日 17時59分 JST | 更新 2017年01月05日 00時17分 JST

将来の夢やビジョンはどうしたら生まれてくるのだろうか?

よく若い世代の人たちから受ける質問だ。

自分にはビジョンも夢もないから、という。

別に夢やビジョンがなくてはいけないわけではない。そんなものなくても十分幸せに生きていける。

夢やビジョンがなければ、日々の生活が充実していないわけでもない。

むしろ夢やビジョンはその人の人生を大きく変えてしまい、大きな災いを生み出す可能性もある。

言葉には、その言葉自体が持つイメージと裏腹に大きなマイナスをはらんでいる可能性があるのだ。

夢やビジョンという言葉は、まさにその一つだと思う。

愛という言葉も、そういう言葉の一つだろう。

人の一生は山あり谷あり。

一時よくても、全体を通して惨めな一生を送っている人間はたくさんいる。

人生はマラソン。

だから、42.195キロという人生を全体としてもっとも満足できる走りにしなくてはいけない。

中盤や前半の一部だけ、いい走り、満足できる走りをしても、最後にだらだらの状態になったり、途中棄権という人生では取り返しがつかない。

だから目の前の事態に対しては、当然全力で取り組むにしても、たとえ悲惨な状態であっても人生を投げたり諦めたりする必要もない。

人は小説や映画の中では、災難に見舞われ絶体絶命の主人公がそれを乗り切り、逆転の結末を迎えたとき、えらく感動し、涙を流しながら、自分の人生もそうありたいと心に誓う。

しかし、現実に自分の人生に同じような事態が訪れると途端に弱気になり、愚痴りはじめ、悪い結末を想像し、最後には現実に押しつぶされてしまう。

しかし、人生はそこで諦めて走ることをやめなければ、必ずもう一度幸せになるチャンスは与えられている。

一方的にエネルギーを消費するマラソンと大きく違う点は、それを行っている人間のエネルギーを再び大きく高めることができるという点にある。

だから途中棄権しないで走り続けなければならない。大きな失敗は、やがて大きな幸運を呼び込む糧になる。

特に若いうちに失敗や苦労から得た知恵や体感は、成功の母となる。

私がまだ子どもの頃、祖父に枕元に呼ばれ

「若いうちの苦労は買ってでもしろ!と昔の人は言った。現在はそういう時代ではなくなり、買ってでも苦労をしろとは言えないが、苦労をしておけば将来きっとためになる」と、何度か言われたことがある。

苦労という言葉に付きまとうイメージにも裏腹に、大きなプラスの可能性が秘められている。

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立ち止まっている人間には大きな苦労は訪れない。

しかも、立ち止まっている人間に訪れる苦労はやがて、薄められて効果も薄くなっていく。

人間は同じ苦労を経験しているとやがて適応し慣れ始めていくことができるからだ。

今世の中は、成功するのにもお金持ちになるにも、別に苦労しなくても良いではないか。という考え方がある。

それはそうかもしれない。お金儲けで別に苦労してする必要はない。

しかし、人生はそうではない。やはり苦労はしておいたほうがいい。

人生の幸せをその根で支えてくれるのは、まさにその人の苦労なのだと思う。

「苦労を買ってでもしろ」のその真意は、「行動しろ、そうすれば苦労が手に入る」ということだ。

大きな行動をすれば大きな苦労が手に入る。

大きな行動を起こすには、夢とビジョンが必要になる。

マラソンも走るコースが決まっているように、本来は、人生もすすむ方向が定まっている方がいい。

夢やビジョンはその方向性のあることだから、それがあれば、そちらへ向かってとりあえずすすむことができる。

日々の幸せとは、良いことで埋め尽くされているわけではない。

何もない日常で埋め尽くされるわけでもない。

人は適合し慣れが生まれ、同じ状態では不感症になっていく。

何も起こらない日常は平穏な日常ではなく、つまらない日常へと変わっていく。

そのつまらない日常もあなたが癌にでもなれば、再び、輝き始めるだろうが。

何でもない日常に幸せを感じたければ、良いことでデコレートしたいと思えば、必ず苦しみや悲しみという要素が必要になる。

 

夢やビジョンは動かない人には生まれない。

思考もエネルギー。

夢もビジョンもエネルギーだから、生まれても動かなければ、色あせ失われていく。

日々、目の前の変化に敏感になろう。

そして、その小さな変化へ自分から積極的に関わっていこう。

そして、その変化の振幅が大きくなっていくのを体感しよう。

やがて、そこから夢やビジョンを持てるようになる。

その過程で、必ず苦労を背負うことになるだろう。

もしそうでなければ、そんな夢やビジョンは捨ててしまおう。

人生は飛行機と同じで、向かい風がなければ飛べないようになっている。

前に向かって走るスピードは、あなたの生きる密度となる。

それが早ければ早いほど、向かい風、世の中からの風当たりは強くなるだろう。

しかし、やがて自分の体がふと浮かび上がる瞬間がやってくる。

空から見下ろすその景色は、あなた自身の人生の景色そのものになる。

それは安定して地上にいたときとは全く違った景色になる。

その見える範囲が、あなたの夢とビジョンの範囲なのだ。

高く飛べば飛ぶほど必ず重力が増していく。

その重力の大きさこそが、自分が背負う苦労という。

より高く飛ぶは、より大きな夢を持つと同じ。

大きな夢を持つほど、より苦労を背負う。人生も世の中の理も全く同じである。

より高く飛んでいる人間の見ている世界は、低いところを飛んでいる人間からは理解できない。

だから夢やビジョンは自分より低い人間ではなく、高い世界にいる人に語らなければ理解してもらえない。

何事も効率だけが正義とされる世の中だから、50年のときを経て、祖父から受け取った大切な日本の知恵を若い世代に伝えておきたい。

 

「若いうちの苦労は買ってでもしろ!と昔の人は言った。現在はそういう時代ではなくなり買ってでも苦労をしろとはいえないが、目の前の時間に大切に生き、とにかく行動を起こせ。それはあなたに必要な身の丈にあった苦労をあなたに連れてくる。苦労を積み重ねていけば、かみ締めるほど現在が充実し、そしてその経験は将来もきっとあなたの宝になる。」

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