「国谷キャスター降板」に異議あり! ちょっと待ってほしい!!

なぜ彼女は降板させられるのか?

実は、この話、去年の秋頃から、NHK関係者の間ですでに決まったことのように囁かれていた。

年明けになって新聞各紙が報道している国谷キャスターの降板と番組の放送枠の変更の件。

多くのNHK関係者が前から「もうこれは決まったこと」だと断定的に話していたので、年が明けてから新聞各紙が報道したことに「なぜ今頃になって?」と違和感を持ったほどだ。

NHKが新番組の公表やリニューアルなど番組の内容について外部に公表する際は、放送総局長の記者会見で行うことが常なので次の放送総局長会見で発表されるのだろうと予想していた。

それが読売新聞や朝日新聞などが、記者会見を待たずに国谷さんの降板を報道し始めたのだ。

NHK「クロ現」の国谷裕子さん降板へ 出演は3月まで(朝日新聞)

NHKの報道番組「クローズアップ現代」の国谷裕子(くにやひろこ)キャスター(58)が降板することが7日、わかった。出演は3月までで、4月以降は、現在月~木曜の午後7時30分からの放送時間を午後10時に移し、番組名も「クローズアップ現代+(プラス)」にするという。

出典:ヤフーニュース(朝日新聞デジタル)

なぜ彼女は降板させられるのか?

背景にあるのは、「クロ現」の「出家詐欺」"やらせ問題"である。

BPO(放送倫理・番組向上機構)は、昨年11月に放送倫理検証委員会で12月には放送人権委員会で、それぞれ結論を公表した。

「情報提供者に依存した安易な取材」や「報道番組で許容される範囲を逸脱した表現」により、著しく正確性に欠ける情報を伝えたとして、「重大な放送倫理違反があった」と判断した。

出典:BPOの「放送倫理検証委員会」 "出家詐欺"報道に関する意見

本件映像には放送倫理上重大な問題がある。委員会は、NHKに対して、本決定を真摯に受けとめ、その趣旨を放送するとともに、今後こうした放送倫理上の問題がふたたび生じないよう、『クローズアップ現代』をはじめとする報道番組の取材・制作において放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する。

出典:BPOの「放送人権委員会」"出家詐欺"報道に関する委員会決定

NHKでは4月上旬に局内に調査委員会を立ち上げ、下旬に報告書を公表したが、BPOの「放送倫理検証委員会」はこの「調査報告書」を、「放送倫理の観点からの検証が不十分」「深刻な問題を演出や編集の不適切さにわい小化することになってはいないかとの疑問を持たざるを得ない」と調査そのものの甘さや中途半端さを指摘した。

この問題について、国谷さんには何の落ち度もない。

大阪放送局にいた一人の記者が問題だらけの取材を行っていたこと、それを見過ごしていたNHK内の体制に責任がある。

つまり、BPOもあえて指摘したように、悪いのは今のNHKの「体制」なのだ。

NHKはその記者を解雇するなど、責任のある人間たちを処分して再発防止に取り組めばいいだけの話だ。

NHKのトップは籾井勝人会長である。

ところが、これをきっかけとして、NHKの上層部は、国谷さんごと、番組そのものを変えてしまってイメージも変えたい、という方針を決めた、と朝日新聞は伝えている。この記事は短いものだが、「上層部」と「クロ現を担当する大型企画開発センター」との間で意見の相違があったと書いている。特定の放送局の番組についての記事でこうした局内の対立にまで触れることはめったにないことだ。

NHK関係者によると、クロ現を担当する大型企画開発センターは続投を強く求めたが、上層部は「内容を一新する」という方針を昨年末に決定。同センターを通じ、国谷さんにも契約を更新しない方針を伝えた。後任は同局アナウンサーを軸に検討しているという。

国谷さんは「プロデューサーのみなさんが、編成枠が変わってもキャスターは継続したいと主張したと聞いて、これまで続けてきて良かったと思っている」と周囲に話しているという。

出典:ヤフーニュース(朝日新聞デジタル)

この記事の報道が事実だとして、番組が変わって、国谷裕子というキャスターを降板させる。番組そのものは残るんです、放送時間が変更になるだけなんです、などと後から説明されたところで、その番組の本質的に事実上「消す」ことになってしまう。

たとえば、視聴率だけ考えても、

視聴率が高い夕方「7時のニュース」の直後に、様々なテーマを深掘りしたからこそ「クロ現」の意味があったのだ。

しかも「クロ現」は、社会の「現代」の問題を様々な切り口で見せようとする意欲的な番組だ。

ジャーナリズムを大学で教えている私も、テレビというメディアが社会をどう切り取っているのか、という題材で、よく「クロ現」を学生たちに見せる。

たとえば、2014年1月14日に放送された「あふれる"ポエム"?! ~不透明な社会を覆うやさしいコトバ~」など、居酒屋などの飲食店に行けばよく目にするようになった「夢をあきらめない」などの"ポエム"と呼ばれる言葉から現代社会の変容を伝えようとする意欲作だったし、2015年1月13日放送の「ヘイトスピーチを問う ~戦後70年 いま何が~」も日本社会で急に目立ち始めたヘイトスピーチの実態や背景に切り込んだ作品だった。

これを深夜で放送するのではなく、19時半に放送することに大きな意味があったと考える。

また、キャスターは国谷裕子さんでなければならない、と強く感じる。

最近、「報道番組」とか「ニュース」などという名称はかかげていても、政府要人に対してすっかり遠慮して「ヨイショ」しか言わないキャスターが目につく。報道現場で長年働いた経験で言えば、そういう人は「キャスター」を何年やったとしても「ジャーナリスト」ではない。

「国谷さん」だからこそ意味があったのだ。国谷さんはたぐいまれな「ジャーナリスト」だからだ。

2014年7月3日に放送された「集団的自衛権 菅官房長官に問う」では、集団的自衛権を容認するという憲法解釈を閣議決定した直後に、菅義偉官房長官をスタジオに招いて疑問点を尋ねた。予め用意した答えを繰り返す他は、「あー」とか「えー」「うー」という言葉を連発した官房長官に対して、「しかし」と明確な言葉で質問し続けた国谷さん。最後は官房長官が話している途中で(生放送なので)番組終了で幕切れになった。

短い時間に、あれほど相手を「理詰め」で追い詰めていけるキャスターを私は現在放送されているすべての報道番組を見渡しても見つけることはできない。あのワザは並のキャスターではできない。

ジャーナリストの役割は、権力が暴走しないかチェックすること。

それをあれほど体現した放送は最近めったにない。

だから、今回、新聞やテレビの報道も、ただ「国谷さんが降板する」とだけ伝えるだけにとどまっていることには不満だ。

「クロ現」を今のままで残してほしい。

「国谷さん」を残してほしい。

19時半からの「調査報道番組」を残してほしい。

今の「クロ現」は、国民にとっての財産、公共財だと考えるからだ。

それが失われようとしているのに、何も感じない、何も考えないのだろうか。

何か不祥事があると、誰かが詰め腹を切らされる。そして「体制を一新」させる。

これは今でもどの組織にもある日本的な責任の取り方だ。

でも、何も関与していない「国谷さん」が降板させられる。それでいいのか?

本当に責任を取るべき人間は別にいるのに、これほどの理不尽はない。

僕は今回、ものすごく怒っている。こんなことをよしとしてしまうNHKの人たちの「鈍感さ」に対して。

それから、そのことをもっと大きく報道しない新聞などのメディアの「鈍さ」に対してもだ。

もちろん、今回の背景に「権力」の意向、あるいは「上層部」の意向があったとしても、このまま彼女を降板させてしまっていいはずがない。

(2016年1月10日 Yahoo!ニュース個人「『国谷キャスター降板』に異議あり! ちょっと待ってほしい!!」より転載)

注目記事