NHKが「佐村河内」報告書で明らかにした"見破る難しさ" 民放も報告書を出すべきだ

佐村河内氏についてもこれですべてが判明したわけではない。先日の記者会見で彼の言い分があらゆる点で真実だと感じた視聴者は少ないだろう。NHKの報告書も、佐村河内氏の「言い分」に基づいたもので、「彼はこう言っている」と記されている部分が多く、まだ不十分だ。

3月16日、NHKは公式ホームページに以下の文章を掲げた。

これまでNHKは、佐村河内守氏をとりあげた番組やニュースを放送してきましたが、本人が作曲していなかったことや、全聾ではなかったことに気づくことができませんでした。 視聴者のみなさまや、番組の取材でご協力いただいた方々に、改めてお詫びいたします。 なぜ、こうした事態を防げなかったのか、調査の結果をご報告いたします。

出典:NHKホームページ

このページにリンクするホームページで10ページにおよぶ報告書を読むことができる。

NHKが内部での聞き取り調査の結果を視聴者にも検証可能な形で公開したことは評価したい。

長くなるが大事な報告書なので詳しく紹介したい。

報告書によると、NHKが佐村河内氏を取り上げたものは「情報LIVEただイマ!」「あさイチ」「NHKスペシャル」「ニュースウォッチ9」など9つの放送だ。

「佐村河内氏関連番組・調査報告書」と題されたNHKの報告書。

それは以下の文章で始まる。

全聾の作曲家として知られていた佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏について、NHKはこれまで、「NHKスペシャル」などの番組やニュースで取り上げてきた。 しかし、本人が作曲していないことや、全聾ではなかったことに気づくことができなかった。 なぜこうした事態を防げなかったのか。 NHKは、再発防止の観点から、調査チームを設け、佐村河内氏を最初に取り上げた「情報LIVEただイマ!」と、「NHKス ペシャル」について、提案から放送に至るまでの経緯を調査した。調査では、制作にあたったディレクターやプロデューサー、カメラマンなどのほか、佐村河内氏や外部の関係者からも聞き取りを行った。また、当時の取材メモなどの資料も調べた。

出典:NHKホームページ

NHKが最初に疑惑をつかんで佐村河内氏に面会し、真偽を確認したのはかなり早い段階だったことが分かる。

発覚の経緯


2月2日、佐村河内守氏に関して、疑惑を指摘する情報がNHKに寄せられ、事実確認の調査を始めた。 4日、佐村河内氏の自宅で本人に面会して質したところ、18年前から自分では作曲しておらず、桐朋学園大学非常勤講師・新垣隆氏に依頼していたことを認めた。翌5日朝の「おはよう日本」で放送することを決め、準備を進めていたところ、佐村河内氏は、5日未明、弁護士を通じて、別の人物に作曲させていたことを認める文書を報道機関にFAXで送付し、事実を公表した。

出典:NHKホームページ

視聴者からは、5日から12日までの1週間だけで、厳しい内容を中心に700件あまりの意見が寄せられた。ご出演、ご協力いただいた方々への対応NHKスペシャルで佐村河内氏との交流を描いた被災地の少女とそのご家族をはじめ、番組にご出演、ご協力をいただいた方々に、番組を制作した制作局生活・食料番組部の部長や番組責任者らが、直接お会いするなどして経緯を説明し、お詫びをした。

出典:NHKホームページ

なぜ佐村河内氏が「NHKスペシャル」で大々的に取り上げられることになったのか。

音楽界における国際的な評価や社会現象になったこと、視聴者からの反響が大きかったことをその理由に挙げている。

番組で取り上げるまでの経緯、および番組の概要


NHKが佐村河内氏を初めて取り上げた番組は、2012年11月9日放送の「情報LIVEただイマ!」である。佐村河内氏については、すでにこの時期までに、著名な作曲家や評論家がその音楽性を高く評価していたほか、米TIME誌が、"現代のベートーベン"と評するなど、国内外のメディアが取り上げ、「全聾の作曲家」として知られるようになっていた。 番組では、「交響曲第1番"HIROSHIMA"」が生まれた経緯や佐村河内氏の半生などを紹介した。 放送後、視聴者から大きな反響が寄せられたこともあり、「NHKスペシャル」で佐村河内氏を取り上げることとなった。 「交響曲第1番"HIROSHIMA"」が、東日本大震災の被災地で、勇気を与える曲として共感を呼び、CDの売上が7万枚に達する など、社会現象ともいえる状況になっていることを伝えるとともに、新曲「ピアノのためのレクイエム」の演奏会を被災地で開くまでを 描き、2013年3月31日に放送した。

出典:NHKホームページ

佐村河内氏の「物語」の増幅にはNHKのいくつもの番組が加担してしまった。

番組のチェック体制


NHKスペシャルでは、制作局、報道局などから各部局のプロデューサーや責任者などが集まり、3段階の提案会議を経て、提案が正式に採択される(「情報LIVEただイマ!」は、制作局内の3段階の提案会議で審議される)。 これらの会議では、番組内容の審議とともに、疑問点や課題が議論され、事実関係についてもチェックが行われる。 また、編集・試写の段階では、NHKスペシャル事務局や制作部局の部長らが集まり、その都度内容の チェックを行い、疑問点や課題を解決するしくみになっている。 この番組も、上記の審議とチェックを経て制作・放送された。 制作にあたっては、提案者である契約ディレクターに、職員ディレクターを加えて2名としたほか、制作を統括するプロデューサーも2 名とし、体制を強化した。

出典:NHKホームページ

民放と比べてもNHKでは企画の提案段階、編集段階ともにかなり高いハードルがある。

しかも提案者の「契約ディレクター」の他に「職員ディレクター」を加え、プロデューサーも2人体制にしている。

何か用心すべきことがあると判断した上での特別なことなのか。

それともNHKスペシャルでは普通のことなのかについて言及していない。

問題は、それほど鉄壁の守りをしたはずなのに、なぜ佐村河内氏のウソを見抜けなかったのかだ。

本人が作曲していなかったことについて


●佐村河内氏は、番組の提案が出された段階で、すでに著名な音楽家、評論家から高い評価を受けていたが、音楽性に対する評価を改めて確かめるため、クラシック音楽番組の担当者が専門家に取材を行った。クラシック音楽界における佐村河内氏の評価は分かれているとのことであったが本人が作曲していないのではないか、と疑わせるような情報はなかった。


「記譜シーン」

●耳が聞こえない佐村河内氏が、どうやって作曲するのかを描くためには、譜面を書くシーンの撮影が重要だと考えられていた。プロデューサーからの指示もあり、ディレクターは再三記譜シーンの撮影を交渉したが、佐村河内氏から「譜面を書くのは神聖な作業である」として、拒否され続けた。ロケの後半、「ピアノのためのレクイエム」が完成する日、撮影にあたったカメラマンは、どうしても記譜シーンを撮りたいと考え、音楽室に入ろうとした佐村河内氏に対し、「最後まで撮影させてほしい。少しだけでもいいから撮らせてほしい」と申し出たが、結局拒否された。

撮影スタッフはいったん佐村河内氏の自宅を離れ、12時間後再び訪れた。

音楽室に入室を許可されると、音符が書き込まれている楽譜が机の上に置かれていた。

記譜シーンが撮影できなかったことについては、ロケにあたったディレクターがプロデューサーに連絡した。プロデューサーは、これ以上交渉すると関係が悪化して放送が難しくなる恐れがあったことや、芸術家や作家の取材では創作現場を撮影できないことも少なくないことから、記譜シーンの撮影を断念したスタッフの判断を了承した。


●NHKが2014年3月10日に、改めて佐村河内氏からの聞き取り調査を行ったところ、「ピアノのためのレクイエム」が完成したとされる

2013年2月19日の前日、新垣隆氏に依頼した楽譜が宅配便で自宅に届き、それを撮影に備えて音楽室にある机の引き出しの中に入れ、撮影当日、一晩かけて書き上げたかのように見せかけた、という。撮影スタッフの一人は、「完成した譜面の音符は丁寧な丸みのある字体で書かれていた。楽譜の表紙にサインした名前は文字が角張っていたので、今思えば、ちょっと違う感じがした。しかし、別人が書いたとは思いもよらなかった。」_と話している。

楽譜を記入する「記譜」のシーンは、いわばこのドキュメンタリーの「核」になる部分だと言って良い。

「聴覚を失った天才作曲家」はどんな表情で譜面が綴っていくのか。

佐村河内氏が天才だとしたらこの映像が唯一の証拠だ。

撮影スタッフもそのシーンを撮影するために何度もアプローチしたという。

撮影スタッフにも、もし、そのシーンがないとしたら番組としての成立するかどうか危機感があったのだろう。

このシーンを狙ったものの撮影できなかった場合、ドキュメンタリーにするかどうかについてはドキュメンタリー制作者の間でも議論になっている。最近、筆者はテレビ局のコンプライアンス研修などで呼ばれるたびに制作者たちにどう考えるか尋ねている。

「このシーンが撮影できなければ放送しないという判断をすべきだった」

「すでに撮影が進んだ番組制作をゼロにして放送しないという選択肢は現実的にはない」

反応は2つに分かれる。

いずれも、もしそれがなければ放送するかどうかを考え直ざるえないほど「核」のシーンという認識に変わりはない。

プロデューサーが「これ以上交渉すると関係が悪化して放送が難しくなる恐れがあったことや、芸術家や作家の取材では創作現場を撮影できないことも少なくない」と判断して了承したことは仕方ないものだったろうか。

結果としてはこの判断が大きな分かれ目になった。

「全体構成図」


●記譜シーンは撮影できなかったが、それに代わるものとして、ロケの最中に「ピアノのためのレクイエム」の「全体構成図」を撮影している。この図が、「本人が作曲している」と撮影スタッフが疑わなかった理由の一つである。曲が完成する前、佐村河内氏の自宅で、「現段階の曲のイメージを教えてくれないか」とディレクターが頼んだところ、佐村河内氏はカメラの前で、一枚の紙の上に線を引き、曲の全体構成をスラスラと書き始めた。そこには「序奏」「主題バロック」「変奏バロック」「アレグロ」「ロマン的」「長調、短調」「超絶技巧」など、曲の全体像が示されており、これを見たディレクターは、「これだけ具体的なイメージがあるのだから、本人が作曲しているに違いない」と感じたという。完成した曲は、ほぼ、この時書かれた「全体構成図」の通りになっていた。

「記譜」のシーンは撮影できなかったが、「全体構成図」を撮影できたことから、「それに代わる」ものとスタッフは判断した。

調査は、佐村河内氏の「聴力」についても及んでいる。

聴力について


●提案審議の過程において、「耳が聞こえないのに、どのようにして作曲しているのか」という質問がたびたび出された。しかし、佐村河内氏の聴力そのものに関しては、耳が聞こえないとの医師の診断書と、「聴覚障害」(2級)の障害者手帳を確認していたので、それ以上疑問の声は出なかった。


●撮影段階では、佐村河内氏とのやり取りは、ほとんどすべての場合、手話通訳者を介して行われたため、耳が聞こえないことを疑うスタッフは一人もいなかった。新たに加わった職員ディレクターによると、佐村河内氏はとても流暢に話すので、最初は、「耳が聞こえないのに、あんなに話せるものなのか」と思ったが、手話通訳の人から、中途失聴者はこれくらい話せると聞いたので、「そうなのか」と納得していた。

このディレクターが「本当に耳が聞こえない」と思ったのは、新幹線での移動中、通路を挟んで席が隣同士になったときだった。

手話通訳を介して会話をしている途中でトンネルに入り、ゴーッという音で声が聞き取りにくくなったが、それでも佐村河内氏は同じ声の大きさで話し続けていたからだ、と話している。

また、契約ディレクターが、石巻市の被災現場で「今日、どんなことを感じたか」をインタビューした際、佐村河内氏は車道に背を向けていたが、車が近くを走っても気づかなかった。ところがその後、車が視界に入ったらしく、突然驚いた素振りでインタビューをさえぎり、

「(耳が)聞こえないので、車が急に来る感じがする」と言った。

このときの様子は撮影素材に残っている。

さらに、編集・試写段階において、全ての撮影素材を見た映像編集の担当者は「耳が聞こえるかもしれない、と思うようなカットは、ワンカットもなかった」と述べている。


●撮影スタッフの一人は、佐村河内氏が、テレビのスピーカーに指をあてて「音の強弱が分かる」と言って説明した場面や、石巻でのコンサートのあとピアニストに演奏についての感想を言う場面を目にして、「不思議に思った」と言うが、「特別な感性を持っている人にはわかるのかな」と、それ以上疑うことはなかったと話している。


●佐村河内氏は、記者会見(2014年3月7日)で、自ら聴力検査の結果を明らかにした。それによると、「聴覚障害」(2級)には該当しないことがわかった。本人は、「音がするのはわかるが、言葉としては聞き取れないレベル(言葉が歪んで聞こえる)」「耳元でゆっくりはっきり話してもらえれば、わかる時もある」という。また、3年ほど前から聴力は少しずつ回復してきているが、手話通訳がなければ、今も生活に支障があると話している。

筆者も佐村河内氏の記者会見を聞いても、ある程度聞こえているのかどうか判断できなかった。

ただ、撮影スタッフの1人が佐村河内氏が、テレビのスピーカーに指をあてて「音の強弱が分かる」と言って説明した場面を「不思議に思った」ことは重要だ。

筆者もこの場面を見て聴覚障害というのはよく分からないものだと疑問を感じた。

こうした疑問が他のスタッフにも広がらなかったのがなぜか今後も検証する必要がある。

3月10日の聞き取りで佐村河内氏が語ったこと


●NHKスペシャルでは、佐村河内氏への取材を元にナレーション台本を作ったが、その中で、別人が作曲していた、全聾ではなかった、という点のほかに、「事実と異なる部分はないか」と、本人に質した。


「音楽的経歴」について


幼い頃からピアノやバイオリンの英才教育を受け、交響曲の作曲家になる夢を抱いていた、という事実はなく、ピアノの赤バイエルと黄バイエルを4年練習した程度であり、交響曲の作曲家になる夢までは描いていない、と話した。


「創作ノート」について


かつて思い浮かんだメロディーなどを書きためたとされる創作ノートについて、新垣氏に作らせた曲を手書きで写したもので、将来、自分が作曲したという証拠にするためにねつ造した、と話した。


「どのように作曲するのか」について


音が聞こえない中での作曲を可能にしたのが絶対音感であり、頭の中のノイズの中から旋律が浮かんでくる、と説明していたが、絶対音感はなく、ノイズはあるものの、旋律は降りてこない、と語った。

なお、本人が激しい耳鳴りで苦しむ場面や、それを避けるために部屋を暗くしている場面については、実際にそうした症状があると本人は語っている。

記者会見の内容とも重なるが、NHKは2度にわたって聞き取りをしたことで佐村河内氏の主張を確定したのだろう。

今回の問題に関する報道について


●今回の問題をめぐっては様々な報道がされている。このうち、「情報LIVEただイマ!」と「NHKスペシャル」を担当した契約ディレクターに関し、あたかも佐村河内氏の虚偽を知っていたかのような報道があるが、本人は全面的に否定している。撮影で行動をともにした他のスタッフからのヒアリングでも、そのような事実は認められない。


●この契約ディレクターは、今回の問題が表面化する前、週刊誌の取材を受け、佐村河内氏にメールで問い合わせた。佐村河内氏からは、「自分はシロだ」と疑惑を否定する返信があったが、2月2日、一転して、別の人物に作曲させていたことを認めるメールが送られてきた。この中で、「償いきれないほどの裏切りをした」と契約ディレクターに謝罪している。

また、佐村河内氏は、NHKが2月4日に面会(筆談)した際、「彼(契約ディレクター)は、ゴーストのことはまったく知らない。それは事実です。やらせとか、知っていたなどということは絶対ないです」と述べた。さらに3月7日の会見でも「Nスペでゴーストライターとの関係を知っている人はいない。明らかに私がディレクターたちをだました」と発言している。


●佐村河内氏との交流を描いた被災地の少女について、複数の週刊誌が「NHKのスタッフが探し出し、佐村河内氏に引き合わせた」との記事を掲載しているが、そのような事実はない。佐村河内氏が知人を通じて被災地のピアノ教室に連絡を取り、紹介を受けたもので、その過程にNHKのスタッフは関与していない。佐村河内氏から、少女のことを聞かされたのは後日のことである。

佐村河内氏本人への聞き取りでも、「私が知人にメールし、少女を探すように頼んだ。インターネットで検索して被災地のピアノ教室を探し、そこから見つけた。NHKは一切関わっていない」と発言している。


●佐村河内氏が「曲を完成させた日」について、あらかじめNHKとの間で設定されていたかのような記事が一部週刊誌に掲載されているが、そのような事実はない。佐村河内氏が、曲を演奏してくれることになったピアニストと、レコード会社の関係者を通じてやりとりした結果、ピアニストから求めのあった練習に要する日数を演奏会の日から逆算して、佐村河内氏自身が設定したものである。


●NHKスペシャルが、「フリーランスの持ち込み企画であった」との指摘があるが、これも事実ではない。提案者の契約ディレクターは、当時、NHKが番組制作業務を委託していたディレクターである(契約期間は2010年4月~2013年12月)。このディレクターは、日頃から職員のディレクターと同じ職場で仕事をし、自分の企画を提案する場合も、職員と同様の審議を経て採択される仕組みになっている。今回のNHKスペシャルの提案に関しても同様である。

この問題については、筆者も当初の週刊誌記事を読み、テレビ業界にある「社員(職員)」と「非正規社員(職員)」の身分差が背景にある可能性をネット記事で言及した。「フリーランスのディレクター」が「ウソを知っていた」可能性はないのかと疑問を呈した。「フリーランス」ではなく「契約」ディレクターが正確だということだが、NHKの調査でそうした事実はない、という結論が出たのではあれば筆者が調べるすべはない。「契約ディレクター」氏にはお詫びしたい。

言葉足らずだったかも知れないが指摘したかったのは、筆者がいた民放を中心とするテレビ制作の一般的な状況だ。企画の提案者の立場が「非正規」であり、正職員よりも不安定な身分であれば、提案者は自らが持つ「ネタ」や「コネ」をより大きく、より価値のあるものにしようとするインセンティヴが働き、ネタをボツにしかねないネガティヴな情報を意識から排除しがちな傾向がある。

今回の調査報告書では 契約ディレクターであっても、職員と同等に企画提案などができるのは分かったが、「職員と同等」という点が強調される一方、「非正規」という働き方への問題への言及はない。

この点は今でも違和感を覚える。

「非正規」という不安定な身分ゆえに、佐村河内氏への疑念を持つことにブレーキがかかることはなかったのかなど、さらなる検証を求めたい。

再発防止に向けて


今回の問題に関して、NHKには視聴者から極めて厳しい意見が寄せられた。番組制作にあたり、企画から放送までのそれぞれの段階でチェックと検討を重ねてきたが、別の人物が作曲していたことや、全聾ではなかったことに気づくことができなかった。番組制作者として深刻に受け止めている。

佐村河内氏に関しては、そもそも、別の人物が作曲しているかもしれない、という想定はまったく持っておらず、疑念を抱かせるような情報も入っていなかった。作曲するときの「記譜シーン」の撮影は、耳の聞こえない人がどうやって作曲するのかを描くねらいであって、本人が作曲していることの証拠を得ることを目的とするものではなかったため、番組制作の段階では、そのシーンが不可欠であるという判断は難しかったと考える。

しかし、結果として虚偽を見抜けなかったことは、今後のこうした取材をする場合の教訓として制作現場で共有しなければならない。

聴覚障害については、通常行わない障害者手帳や医師の診断書の確認までしていた。

取材の現場では、佐村河内氏の障害を裏付けるような場面に多く遭遇したことや、人道上の観点から、それ以上の確認作業は行わなかった。佐村河内氏の「音楽的経歴」については、両親への取材を申し入れたが、拒否された。

友人にも話を聞いたが、佐村河内氏の経歴を疑わせる発言はなかった。もっと取材範囲を広げて裏付け取材を行えば、経歴が虚偽であったことを見抜けたかもしれない。社会的に一定の評価が定着している人物を番組で取り上げるとき、その経歴や評価についてどこまで確認をとるべきなのか、番組制作の教訓として重くとらえている。以上のように、番組を制作した時点では、当時必要と思われた検討や確認は行ってきたと考えるが、結果として、事実とは異なる内容を放送したことを真摯に受け止め、反省しなければならない。

これからは、今回のようなケースもありうることを、制作現場のすべての職員・スタッフがしっかりと認識し、取材から放送に至るまでのあらゆる過程で、真偽を見極めるチェックの精度を高めていく必要がある。

NHKは、今回の問題を、様々な研修会や勉強会で取り上げ、再発防止の取り組みを進めていく。

「NHKスペシャル」について、筆者が番組制作の姿勢で気になったことは、「ラの音の耳鳴り」「絶対音感」など、「実際の映像とCGを組み合わせたような、一見、科学分析のように見えるシーン」を登場させながら、「科学的な(あるいは医学的な)分析」がなかったことだ。聴覚を失っての作曲はどのようにして可能なのかは検証すべきテーマだった。最初からそれがなかったことと、さらに結果的に被災で親を失った少女の心を傷つけたことは今後も反省すべきと思う。

佐村河内氏についてもこれですべてが判明したわけではない。

先日の記者会見で彼の言い分があらゆる点で真実だと感じた視聴者は少ないだろう。

NHKの報告書も、佐村河内氏の「言い分」に基づいたもので、「彼はこう言っている」と記されている部分が多く、まだ不十分だ。

なぜ見抜けなかったのか。今後どうすればよいのか。番組に登場させた被災者らへの責任をどうとるか。

今後も考え続けてほしい。

なぜなら、NHKは日本一の制作者集団であり、「NHKスペシャル」も日本一の番組だからだ。日本の放送文化やジャーナリズムにとっての「最後の砦」とも言える番組だからだ。

「記譜」のシーンが撮影できなかった時、番組をボツにするという判断もありえたはずだ。

ないものねだりかも知れないが、他の番組ならばいざ知らず、NHKスペシャルなのだから。

NHKの人たちは問題の検証をこれからも怠らないず、けっして萎縮することなく意欲的な制作を続けていってほしい。

自らを検証しなければならないのは民放も同じだ。

佐村河内氏の言うがままに再現シーンを撮ったり、事実かどうか検証されないナレーションで放送していた責任は民放にもある。

一例を挙げると、TBSの「中居正広の金曜日のスマたちへ」。佐村河内氏を紹介する時に、彼の幼少期に始まり、聴力を失った経緯、障害児に出会って作曲家として生きる決意を固めたという「美談」が再現VTRと本人のインタビューで構成されている。今回、NHKにねつ造を認めた「創作ノート」を手にとったタレントが感心するシーンや佐村河内氏が「盲目の孤児たちの施設」に行ったことで勇気づけられ、以後、障害を持つ人たちとの交流に積極的になったというエピソードが語られていた。児童養護施設にいる子どもたちは様々な事情で施設に入所している。このため、いまどき「孤児」という差別的な言い方はテレビなどのマスコミはほとんど使わないのに、この番組のずさんなナレーションの表現は筆者の記憶にも残っていた。

あれらの番組はどうして放送されたのか。

佐村河内氏を登場させた民放各局も検証して「公表する責任」を負う。

(2014年3月17日「Yahoo!個人」より転載)

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