最後に笑うのはアノ人!? NHKの"やらせ疑惑"は今後こうなるという予測!

私は、今回の『クローズアップ現代』のような、匿名の証言インタビューなどを集めたテレビ報道を長く経験してきた。今後、こうなるだろうという展開がおよそ推測できる。
文藝春秋

NHKの報道番組『クローズアップ現代』で浮上した「やらせ報道」疑惑。

週刊文春が3月26日号で「独占スクープ」として告発した。NHK側は「今の時点で」否定している。

問題の番組は、NHKの看板報道番組の『クローズアップ現代』で昨年5月14日に放送された「追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~」という回だ。出家すると名前を変更できる制度を悪用し、借金を重ねる多重債務者を出家させて、別人として融資をだましとる「出家詐欺」の実態を伝えた番組だった。私自身もこの番組を放送時に視聴していたが、多重債務者などの貧困層に近づく犯罪者グループの実態をよく取材しているなと感じたことを覚えている。

この番組のなかで、関西で出家を斡旋するブローカーの男Xと多重債務者の男Yの会話が放送される。

映像は外からビルの一室を窓越しに撮影した隠し撮り映像だ。

多重債務者(Y)「ちょっと金融の方が苦しくなりまして。こちらさんにさえ来ればもう一度やりなおせるとうかがって...」

(中略)

ブローカー(X)「まずは別人になるって方法があります...」

そのあと、相談を終えてビルを出てきた多重債務者Yを記者が追いかけて路上で直撃インタビューする。

多重債務者Yは「もうカードも作れないですし、ローンも組めませんし生きていくためにしかたがない」と答えている場面が放送されている。

文春は、番組内で詐欺に関わるブローカーとして匿名で紹介されたXが、NHKの記者に頼まれて「架空の人物を演じた」と証言する内容などを掲載した。文春の記事によると、NHK記者はもともとYとは知り合いで、XとYの会話はYのアレンジで事務所が用意され、記者から「ブローカーのような掛け合いをしてほしい」という依頼があったものだという。ブローカー役を「演じた」というXは「記者に依頼されて私が演技したもので、私はこの映像がテレビで流されることすら知らなかったのです」と証言している(週刊文春3月26日号による)。

【本日発売の雑誌】NHK「クローズアップ現代」の"やらせ"独占告白......『週刊文春』(3月18日)

NHKの報道番組である「クローズアップ現代」。今号では、同番組記者に架空の人物を演じるよう頼まれたという出演者が、その"やらせ報道"を告白するという。知人に「多重債務者」、「ブローカー」の役を依頼したという番組記者だが、これは佐村河内問題で話題になった「NHKスペシャル」の直後に行われたという。

【出典】RBB TODAY:【本日発売の雑誌】NHK「クローズアップ現代」の“やらせ”独占告白……『週刊文春』より 3月18日(水)8時0分配信

これに対して、NHK側は以下のように釈明している。

NHK総局長 「やらせ報道」を否定 「現在、調査中」(3月18日)

NHKは18日、都内で放送総局長の定例会見を開き、同日発売の「週刊文春」で情報番組「クローズアップ現代」でやらせ報道があったと報じられたことについて、森永公紀理事は「現在、調査を進めている途中です。取材のプロセスを確認したが、今の段階ではやらせがあったとは考えにくい」と報道を否定した。

【出典】デイリースポーツ:NHK総局長 「やらせ報道」を否定 「現在、調査中」より 3月18日(水)17時1分配信

興味深いことに、週刊文春以外のマスコミはこの疑惑については、双方の動きを伝える程度にとどめているのが現状だ。

この問題の真偽をきちんと伝えるには、多重債務者として番組に登場したX、ブローカーとして登場したY、取材をしたA記者、あるいは撮影したカメラマンや音声スタッフ、VTRを編集したスタッフらの証言を集めないといけないが、週刊文春以外はこれらの人物にたどり着いていないらしく、もっぱらNHK対文春の対決として、模様眺めの報道に徹している。

NHKと文春「やらせ疑惑報道」で全面対決(3月20日)

番組ホームページによると「クローズアップ現代」はスタートして22年目を迎え、放送回数は3500回を超える。「戦後の日本社会の大きな転換点と向き合い、格闘してきた」という老舗の企画報道番組だ。通称「クロ現」と視聴者にも親しまれ、看板番組として続いている。

その番組でやらせがあったとなれば、局を揺るがす大問題になりかねない。報道が事実なら、記者の個人的な不祥事だったとしても、局に構造的な要因があったのかも問われよう。政界では、籾井会長問題でNHKへの攻勢を強めている野党にとって絶好の"燃料"。会長辞任要求が突きつけられても不思議ではない。

追及されるNHK側もその場しのぎで否定したわけではない。「現時点で」という前提つきながら"やらせはない"としたのには理由がある。

「文春がNHKに取材をかけた以降に、この担当記者から"事情聴取"を行ったところ、文春に情報提供したブローカーを演じたという男性の素性や、取材時の不審な点が出てきた。NHKとしては文春が偽情報をつかまされたと判断しているようです」(事情通)

大手メディア間で勃発した格好の"バトル"の行方はいかに――。

【出典】東スポWeb:NHKと文春「やらせ疑惑報道」で全面対決より 3月20日(金)7時30分配信

私は、今回の『クローズアップ現代』のような、匿名の証言インタビューなどを集めたテレビ報道を長く経験してきた。このため、このケースで今後、こうなるだろうという展開がおよそ推測できる。

●週刊文春の記事が正しいならば、NHKは近々「不適切な取材」(「やらせ」事件などを発表する時の常套句)だと発表せざるをえないだろう

あくまで文春の記事が事実だとして、という前提だが、取材にあたったA記者はNHKの社内調査に対して「やらせを頼んだ事実はない」と当初は否定するだろうと想像する。

だが、XとYの「会話」シーンがどのように撮影されたのか。

それは記者以外にもその場にいた撮影スタッフや映像をすべて見た編集スタッフに聞けばすぐにわかることだ。

NHK側が「現在、調査中」としているが、調べていけば判明するまでに時間はかからないだろう。

またNHKでは昨年の「佐村河内守」事件で、徹底的に社内調査が行なわれているので、もしもA記者が「やらせ行為」に関与したとしたら、それをかばう空気はまったくないだろう。むしろ、本人や上司などへの厳しい処分につながってくる。

今の段階では、何が本当に事実なのかを探る鍵は、この問題をくわしく報道している週刊文春の記事しかない。

ただ、週刊誌も一般的にこういう記事を出す場合は、名誉毀損で訴えられても問題ないように事実を確認して、弁護士とも相談してから世に出すのが常だ。

まったくのデタラメということは考えにくい。

少なくともX が週刊文春に対して、証言したということが事実だとして、テレビ批評の専門家として以下のことは断言できる。

●記者としてのアウトな点(1)確かな信頼関係のない人物を「重要な証言者」にした

文春の記事によると、ブローカーとして番組に登場したXにとって、A記者は多重債務者役のYから紹介されたにすぎず、A記者とYはかなり関係が深いと思われる一方で、A記者とXはそれほどの信頼関係があったとは思われない。そんな関係のXを鍵を握るブローカーとして証言させたことは、かりにX記者に「やらせ」や「ねつ造」の意図がなかったとしても、脇が甘すぎる取材だといえる。

Xが証言を覆すリスクは予想すべきだ。

テレビをめぐる「ねつ造事件」としては、日本テレビの『真相報道バンキシャ!』で2008年に起きた「岐阜県庁での裏金づくり疑惑」の報道がある。「岐阜県庁による裏金づくりを知っている」という証言者を匿名にして登場させて「スクープ」として報道したが、この人物の証言がウソだった。日本テレビ側もこの人物にだまされたわけだが、けっきょくこの事件では当時の社長が退任した。

そう考えると、Xが何者であるかという身元確認はシビアに行なうのがこうした告発報道の鉄則で、NHKの報道も当然のようにこうした鉄則は踏んでいるはずだ。

ところがその手順を踏んでなかったとすると、A記者およびその上司のチェックは甘かったという可能性が高い。

●記者としてのアウトな点(2)「再現シーン」と明記すべき場面を「リアルな交渉場面」のように放送した

また、ブローカーXと多重債務者Yの会話のシーンについては、週刊文春でのXの証言によると、A記者は「**さんがブローカー役で**さんが多重債務者役にしましょう」と言ったという。

そのものズバリの現場を撮影できない場合、こういう再現の場面を撮影することは報道現場でもある。

ただし、その場合は「再現シーン」であることを字幕やナレーションなどで明記するのが報道のルールだ。

それをあくまで「リアルなシーン」であるかのように放送したのはアウトである。

一般の人にはわかりにくいかもしれないが、なぜテレビの制作者が「リアルなシーン」にこだわるのか。

「・・・というような状況だった」と後からインタビューた再現シーンなどで振り返るよりも、「・・・という状況」そのものの映像を放送した方が、映像としての証拠能力は高い。リアルな、そのものズバリのシーンの映像は圧倒的な説得力に満ちている。

また、映像としてもスリリングだし、よりドキュメンタリーっぽく、リアリティがあるから、である。

そのため、私もそうだったが、できるだけ「リアルな場面」を撮影しようと努力することはテレビマンの基本中の「キ」である。

シーンとしても「その現場」を撮れているかどうかで、最初はニュース番組の企画ニュースからドキュメンタリー番組、あるいはローカル放送から全国放送へと、よりグレードの高い番組へと売り込むことができる。

だが、残念ながら、それが果たせなかった時には「これは再現です」ということは明記しなければならない、というルールは最近は各社で徹底されている。

「お芝居」なのに、「本物」のように放送する行為は、視聴者を裏切ることになるからだ。

現場では、「そのものずばり」のリアルな映像を撮れないと、記者やディレクターの能力が乏しいと評価されてしまうので、実際には「撮れなかった」とか「再現です」と正直に言いにくい雰囲気もある。

2011年に日本テレビの夕方ニュース番組『news every.サタデー』で発覚した「ペットビジネスやらせ」の事件では、担当したディレクターがペットサロンやペット保険を扱う会社を取材したものの利用客をタイミングよく見つけられず、そのペットビジネス会社の「社員」に頼んで、利用客のような「ふり」をしてもらって映像を撮影し、放送した。

このケースも「再現VTR」であることを字幕などで明示すれば問題はなかったケースだが、担当したディレクターはそれを言い出せずに「リアルな場面」だとして同様のカメラマンにも信用させて撮影させ、そのままに放送した。

これなど、「再現です」とはなかなか言いにくく、それによって評価が下がってしまうのではないかという恐れのなかでウソをついてしまう制作者の心境を物語っている。

そういう背景はあるとしても、この日本テレビの『news every. サタデー』に対して、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会は、けっして許されない「放送倫理違反」だとする意見書を出している。これに伴い、日本テレビはディレクターの上司である経済部長を更迭した。

この日本テレビのケースのように、実態は再現場面の撮影なのに、再現ではないリアルな場面だとして放送するならば、「放送倫理違反」として、関係者の責任が問われる可能性が高い。

『クローズアップ現代』の場合も、もしA記者が一種の再現場面だとXに説明して撮影しておきながら、そういう説明なしに「リアルな場面」であるかのように報道したのであれば、完全にアウトだ。

●記者としてのアウトな点(3)「再現シーン」の撮影を主導したのは"相談にやってきたY"だという不思議

通常、ドラッグの売買のシーンでも、ヤミ金融の相談でも、その事務所でも路上の売り場でも、通常はそこにいる人物(販売人、業者、弁護士、麻薬Gメンなど)と示し合わせて撮影するというのが、隠し撮りのセオリーである。

ところがこの『クローズアップ現代』のシーンは、その事務所の主であるはずのXではなく、そこに相談にやってきたYの手配で隠し撮りが行なわれた。これはA記者がYとつるんでXをだました、という撮影方法だ。

もちろん悪徳な犯罪者などの実態を描くシーンを撮る場合に、まったくこうした手法がゼロとはいわないが、しかし、非常にレアなケースだし、誰の許可でどこの事務所を使って、どう撮影したのかは検証が必要だ。

Xが文春に対して、「自分もだまされた」と怒っているのは、もし、この場面の設定がXによるものでなかったなら、当然ともいえる。

週刊文春でのXの証言が事実だとすれば、つじつまが合う。

XとYの会話の場面の取材が誰の手引きで行なわれたかをたどっていけば、事実関係は明らかになるはずだ。

●記者としてのアウトな点(4)多重債務者YにA記者が直撃インタビューをしている点

もしも、事前にA記者と多重債務者Yが知り合いで、かつ、つるんでいたとしたら、初めてこの場で顔を合わせたかのようにインタビューで直撃し、その返答を何食わぬ顔で放送していたとしたら、視聴者を裏切る行為である。

週刊文春もこの点を問題にしているが、もし事実ならば、これだけをもって「やらせ」と断定していい。

●記者としてのアウトな点(5)NHKの記者であるということをXに対して、名乗ったり、名刺を渡してもいない

これも週刊文春に出たXの証言によるものだが、XはA記者のことをNHKの記者だという認識もなく、名刺ももらっていなかったという。

だからこそ、一連の場面が「テレビで放送される」という認識はなかったのだろう。

名刺も渡さないで取材していたのであれば、これはアンフェアな行為だ。

相手明確な犯罪者であり、違法な行為をやっているその現場の撮影などでない限り、通常はこうしたアンフェアな行為は許されない。

知らないうちにテレビに登場していたというXからすれば、A記者の行為はフェアとは言えない。一般的に記者の取材行為としてはアウトだ。

週刊文春でのXの証言が本当ならば、A記者は「やらせ」「ねつ造」を自らやっていたことになる。もちろんアウトだ。

一方で、Xが週刊文春にウソを言っていた場合、XとYの会話の場面が再現でなく、本当の「リアルな場面」だったならば、今度はそれをどうやって撮影したのか、という疑問が出てくる。

Xでないとするなら、Yと示し合わせていないとあの場面は絶対に撮影できない。

そうなると(4)のようなYへの直撃インタビューがまるで打ち合わせなしでいきなり直撃インタビューしたように放送したことは「やらせ」だということになる。

つまり、A記者はXかYか、そのどちらかとツルんでいないとあのシーンは撮影不能だということになる。

A 記者は、いずれにしても、どう言い訳しても、何らかの「やらせ」にかかわっているとしないと説明がつかない。

NHKは「やらせ」「ねつ造」とまでは明言しなくても、A記者の取材が不適切だったということはいずれ認めるほかないだろう。

A記者は懲戒処分を受けることになるだろう。

そうなると、テレビ番組のお目付役である放送倫理・番組向上機構(BPO)も調査に入ることになる。

NHKは事実関係や再発防止を総務省や国会に対しても釈明しなければならなくなる。

もちろん、以上は週刊文春の記事が完全にでっち上げではない、という前提での推測である。

ただ、週刊文春がXの証言を信じて記事をつくり、どんな動機であれXが記事になったようなことを実際に証言しているのであれば、A記者の行為にまったく問題がなかったという結論になることはない。

週刊文春も続報を出すだろうから、組織の危機管理を考えると、NHKは早いうちに事実を明るみに出した方がいい。

●「やらせ」が確定した場合、一番、ほくそ笑むのは誰か?

ただ、A記者が「調査報道」として、実際には存在する「出家ブローカーの実態」を伝えようとした意図はテレビ報道の出身者としてはよくわかる。よりリアルに見せたい。貧困の広がりなどで多重債務者が増えて、それをブローカーが利用している実態の根の深さを伝えたいとしたのだろうとも想像する。

実は、このケースがNHKの局内調査で「やらせ」「ねつ造」だと判明した場合、ほくそ笑むのは誰かというと意外かもしれないが、NHKの報道、とくに『クローズアップ現代』などを中心とした数々の調査報道を、「偏向報道」だとして苦々しく考えている人たちだ。

具体的にいうと、安倍政権の幹部たちだ。

昨年、『クローズアップ現代』に菅義偉官房長官が生出演した際に、キャスターの厳しい質問が続いたことで首相官邸側が後で抗議したと伝えられる例など、『クロ現』は政権にとっては目の上のタンコブである。

また、NHKの番組が「偏向している」という認識を公言していた籾井会長をはじめ、政権の意向をひしひし感じている現在のNHKの経営陣にとっても、この報道番組に介入する口実ができたことになる。

もし『クロ現』での「やらせ」「ねつ造」がはっきりすれば、番組を打ち切る、あるいは、番組内容を大きく変える、とか、あたりさわりないテーマを多くするなどの「口出し」を露骨にしてくるに違いない。NHK局内では早くも『クロ現』つぶしの声まで上がっているという。

今回の「やらせ疑惑」が確定した場合、関係者の処分や再発防止の対策、体制見直し、BPOでの審議などへと発展してだろう。

だが、視聴者はよくよく注意してほしい。

それでもエッジの効いた調査報道を時々、見せてくれる『クローズアップ現代』の灯を消してはならない。

優れた調査報道を見せてくれた番組で起きた「やらせ疑惑」は非常に残念だが、私たち国民は「角を矯めて牛を殺す」ようなことになっていかないか、注意深く、事態の推移を見守っていくべきだと思う。

そうした監視の目を強めていないと、最後に笑うのはアノ人たちだという構図を理解しておいた方がいいだろう。

(2015年3月22日「Yahoo!ニュース個人」より転載)

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