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電通に遠慮せず!光るNHK"ブラック企業"取材

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広告代理店の最大手・電通で起きた過労自殺事件。東大を卒業した新入社員の高橋まつりさん(当時24歳)が過労の末に自ら命を絶った出来事は、毎年、学生を社会に送り出す立場の大学教員としては胸が痛くなるものだった。

電通は、筆者が教えるマスコミ志望の学生の中でも羨望の的で超優良企業とされ、入社するのも超難関の企業の一つでもある。今回の出来事が若い人たちに与えたインパクトはけっして小さいものではない。

厚生労働省・東京労働局が本社ばかりか子会社にも立ち入り調査を実施するなどで「長時間労働が全社的に常態化」していた疑いなどの実態が明るみに出つつある。
そうしたなかテレビのニュース番組は民放を中心にどのチャンネルも「立ち入り調査」があったなどのストレートニュースを断片的に報じるものが大半で、

特に民放各社は腰が引けている印象を強く受ける。

電通という日頃、番組関わりが深い会社への遠慮からなのか、あるいは電通と同じように「サービス残業の常態化」が蔓延する会社がほとんどを占めるという後ろめたさからなのか、放送の形態からも明確なほど抑制的な報道に終始し、リアルな実態や背景に何があるのかを視聴者に伝えようとしない。

そうしたなか、電通の過労自殺事件について、ひとりNHKが積極的な報道を繰り返している。

電通の新入社員だった高橋まつりさんの過労自殺が労災として認定されて大きく報道されたのは10月7日。
厚生労働省東京都労働局過重労働撲滅特別対策班、通称"かとく"が電通本社に立ち入り調査に入ったのが10月14日。
さらに電通の子会社に対して立ち入り調査に入ったことが判明したのが10月18日。

こうしたストレートの動きだけなら民放各社も報道しているが、NHKは11月に入ってから独自取材の豊富な映像を駆使して、長時間労働やブラック企業の問題を熱心に伝えている。

11月1日、朝のニュース「おはよう日本」で"隠れブラック企業"の存在を指摘。

"隠れブラック企業"とは、見かけ上は働く人間に優しい法令遵守の組織に見せかけながら、実際には働く人間を使い捨てにするブラック企業である実態がある会社を指す。

NHKは今回の電通への調査の主体になった厚生労働省の過重労働撲滅特別対策班(東京労働局と大阪労働局にそれぞれある)に密着取材することで(実は10ヶ月もの間、取材していたそうだ)当該企業名を明らかにした調査報道を可能にしている。

「そこで今、過重労働への対策の切り札として期待されているのが『かとく』です。
今回、ある企業の摘発の過程を10か月にわたって取材しました。
見えてきたのは、企業が労働環境の改善を掲げる中で新たに生まれていた問題、"隠れブラック企業"の実態でした。」

出典:NHK「おはよう日本」明らかになる"隠れブラック企業"の実態

11月に入ってからNHKはいろいろな番組でこの問題の報道を展開する。

11月2日(水)の『クローズアップ現代+』
まん延する"隠れブラック企業"~密着 特別対策班~

長時間労働の問題が今、改めて注目されています。表向きは休暇の取得や残業の制限を呼びかける「ホワイト企業」に見える会社が、実際は長時間残業が当たり前だったという実態です。そういった企業を「隠れブラック企業」と呼ぶ専門家もいます。

表向きは休暇の取得や残業の制限を呼びかけるホワイト企業に見える会社が実際には長時間残業が当たり前だったという"隠れブラック企業"である実態を厚生労働省の過重労働撲滅特別対策班(通称"かとく")の捜査に密着した。

出典:NHK「クローズアップ現代+」公式ホームページ

11月2日(木)の『ニュース7』。

電通では残業時間を過少申告している実態を社員が証言した。

匿名の男性社員が過少申告が蔓延する実態を話す。それは評価につながるからだと説明する。

「決められた時間に抑えろと言われていた」

11月5日(土)の『週刊ニュース深読み』の特集は「殺されても放すな」という電通の"鬼十則"を紹介。前述の『ニュース7』でも"鬼十則"の存在は報道されていたが、『週刊ニュース深読み』では高橋まつりさんの自殺について時間を割いて詳しく伝えた後で、若者と過労自殺の関係や長時間労働全般についてテーマを移してスタジオでゲストらが議論した。

どう防ぐ?若者の過労自殺 "会社と社員"のつきあい方

長時間労働などが原因で自ら命を絶つ過労自殺が若い世代で相次いでいます。仕事上の問題が原因で自殺した若者は去年1年間で955人。 先月(9月)労災と認定された大手広告会社「電通」の新入社員のケースでは、1か月100時間を超える残業や休日出勤、上司から叱責によるストレスなど、心身共に追い詰められていた様子が明らかになっています。 若者の過労死を防ぐために、「働き方」をどう変えなければならないのか深読みします

出典:NHK週刊ニュース深読み公式ホームページ

高橋まつりさんの自殺が大きく報道されてから、「キツいならば、なぜ辞めないのか」「月100時間程度の残業など甘い」という批判もネットなどで相次いだがブラック企業問題と長く向き合っている専門家らからそうした声への反論が展開された。

過労死などの相談に長くかかわっている川人博弁護士は

「あまりに疲れると合理的な判断ができなくなってしまう」

と語った。
過労で病気になった経験がある常見陽平・千葉商科大学専任講師は

「仕事の量を制限する規制を考えない限り、この問題は解決しない」

と述べ、
村田英明・NHK解説員も
「今時の若い人には奨学金の債務を卒業と同時に抱える場合もあって、辞められない場合もある」

と自分の過去の経験から一括りに論じることの危うさに警鐘を鳴らした。

こうした議論、本来ならば、民放テレビ局も午前中やお昼などの情報番組でもっと扱って良いはずなのに、電通という重石があるせいか扱わない。そのなかでNHKが報道機関として公共的な役割を果たしていることは評価して良い。

過労死という言葉は日本語発の国際語として市民権を得て久しい。
かつて2000年頃、テレビの特派員としてドイツに在住していた頃、ベルリン中心部に"Karoshi"というカフェが誕生して話題になっているというトピックスを取材したことがあった。

店のドイツ人オーナーはKaroshiという言葉の響きが単純にクールに感じたと語り、言葉の意味も欧州社会とは違う日本社会を象徴していて「働きすぎて死ぬなんてドイツでは考えられない。日本人はなんてバカなんだ」と言って歯をむき出して笑いながらインタビューに答えていた。

それから十数年が経過するが、電通の例を見ても日本社会は今も「過労死」という社会問題を克服することができない。そればかりかむしろ見えにくくなる方向へと事態が進んでいる印象さえ受ける。

電通での高橋まつりさんの自殺に関しては、彼女の部署が扱っていたインターネット広告という新しい分野と業務量との関係など、まだまだ不明の点も多い。今回の報道を皮切りにもっと実態に切り込んだ報道に広げていってほしい。
NHK取材班の報道から感じる「やる気」が、このところ何かと沈滞しがちなテレビ報道に光を射すことを願っている。

(2016年11月5日「Yahoo!ニュース個人(水島宏明)」より転載)