TBSや読売が報じた「TPP日米が実質合意」は誤報と判断? 朝日新聞が報じない理由を教えてほしい。

オバマ大統領が訪日中に「日米合意至らず」「日米合意先送り」としたままで、具体的な数字を出していない。TBSや読売新聞の報道を"黙殺"している。

大型連休中の5月6日、テレビのなかでTBSだけが日本とアメリカが「TPPで基本合意」したと報じていることについて「Yahoo!ニュース個人」で書いたら、マスコミ関係者から反響があったので、続きを書く。

TBSは5月2日、「豚肉にかかる関税を現在の1キロあたり最大482円の税率から15年程度かけて50円に引き下げ、牛肉は現在38・5%の関税を10年程度かけて9%に」することで日米両政府が基本合意したと伝えた。

新聞では、読売新聞も「実質合意」として突出していて、5月3日朝刊にTBSが報じたのとほぼ同じ内容を伝えた。

この2社が「具体的な数字」を出しているのに、他のテレビや新聞各社はどう報道しているのか?

オバマ大統領が訪日中に「日米合意至らず」「日米合意先送り」としたままで、具体的な数字を出していない。TBSや読売新聞の報道を"黙殺"している。

読売新聞の読者やTBSニュースを見た視聴者にとって「豚肉や牛肉の関税が大幅に引き下げられることは知っている事実」なのに、それ以外の読者や視聴者にとっては、「まだ日米で綱引きやっていて決着は難しそうだなあ」という混乱状態が起きている。

新聞やテレビを代表するマスコミ同士でこれほど「真っ二つ」に分かれることは珍しい。

「社説」で主張が分かれることはあっても、合意したのか合意していないのかという「事実」についてなのだ。

「事実」はふつう1つしかないのだ。

と、考えていたら、東京新聞が今朝、「こちら特報部」で書いた。

メディア真っ二つ TPP日米「合意」の真相は

2014年5月8日 環太平洋連携協定(TPP)をめぐる日米協議は、オバマ米大統領来日時の交渉で合意に達したのか否か。報道各社の見方は依然として割れている。「合意」派のTBSテレビや読売新聞は、牛・豚肉など農産物の重要五項目の関税について「豚肉50円、牛肉9%」と具体的な数字を伝えている。真相はヤブの中だが、日本が大幅譲歩を迫られているの

この後は有料記事になるので興味のある方はそちらを参照してほしい。

私自身もこの記事内でコメントしているが、よく考えるとこのTPPをめぐる報道には今のメディアの状況が凝縮されている。

日本を代表するクオリティペーパーである朝日新聞を例に上げてみたい。

朝日新聞にはいささか挑発的になるが、ジャーナリズムの現状にもっとも問題意識を持つメディアのひとつだとも考えているのであえて俎上にあがってほしい。

朝日新聞は、TBSが具体的な数字を出して報じた5月2日夕方のデジタル版で以下のように伝えている。

TPPは進展以上合意未満、特定品目の先行決着ない=内閣審議官

2014年5月2日18時01分 [東京 2日 ロイター]- 渋谷和久内閣官房審議官は2日、環太平洋連携協定(TPP)をめぐる日米交渉が実は合意していたとの報道が相次いでいたのを受けて会見し、大きく前進したのは事実としつつも、特定品目で合意したが隠していることはないと否定した。 豚肉など特定品目の関税について先行決着することはないと強調した。


<嘘をついたと取られたなら心外と甘利担当相>


オバマ米大統領の訪日と平行して都内で開かれた日米協議について「豚肉と牛肉の税率を引き下げるなど、全ての項目で合意した」(2日TBS)といった報道が相次いでいる。渋谷審議官は「協議前の喧嘩別れのような状態からは相当前進した」としつつ、協議結果について「進展以上合意未満」と表現するにとどめた。 また一連の報道について甘利明TPP担当相が「嘘をついたと取られたならば心外」と述べたことを明らかにした。


<「日米で確定した内容ない」、報道にはコメントせず>


渋谷審議官は、米国があくまで全品目パッケージでの合意をめざしているため「特定品目で先に合意し、隠しているということはない」とした。 報道されている関税率についてはコメントを差し控え、「誤報かどうか(指摘するのに)ためらいがある」とも述べた。交渉では税率などで仮の数値を置いて議論するが、一度決めた内容を米国は次の会合で見直してきた経緯もあり、「合意とは動かないこと」「確定した内容は日米でひとつもない」と指摘した。 (竹本能文)


*内容を追加し、写真を変更して再送します。

オバマ訪日中に合意には至らなかった、というスタンスのままだ。

さて、この記事の「進展以上、合意未満」という政府側の表現は意味深だ。

ある程度は煮詰まってきている、ということだろう。

ただ、合意と表現するまでにいたっていないと。

だとすれば読売やTBSが書いた「実質合意」か「基本合意」という表現になるかならないかは、現在の交渉の状態をどう見るかという「解釈」の違いでしかないということになる。

また、政府側のいう「特定品目で先に合意し、隠しているということはない」という言葉も、全品目のパッケージでの合意ができるまでは「合意」とは表現せず、公表もしないという「建前」を伝えているに過ぎないという見方もできる。

記事中の「合意とは動かないこと」という官僚の説明も苦しい。

少なくとも報道の時点ではそうした「一致点」があったと認めるような表現ではないか。

さて、このTPPの具体的な数字を他のマスコミはなぜ報道しないのだろうか?

前述したように朝日新聞を例に出す。

朝日新聞はなぜ具体的な数字を報道しないのだろう?

記者経験にもとづく想像も多少交えて考えられる理由を以下に述べる。

(1)TBSや読売新聞の記事は「誤報」だと判断しているケース

取材をしてみたら、「合意」とはとても言えない状況だったというケースだ。

日本かアメリカの一部の政府関係者が何らかの思惑でそうした情報を意図的にリークして、自国内での説得活動など有利にしようとする場合である。

もし、朝日新聞が読売新聞やTBS以上に情報を集め、分析をした結果として「とても合意とは表現できない」というのではあるなら、朝日新聞の見識の高さは評価すべきだろう。

先の記事で官僚がいみじくも言っているように「合意とは動かないもの」だと朝日新聞も判断し、まだ動く可能性がある、と見ているのかもしれない。

(2)政府関係者などへの取材が全然できていなくて、具体的な情報を持っていないというケース

朝日に限らず、最近の記者たちの取材力の低下はどこの社でも耳にすることだ。

何かあればパソコンで情報収集し、現場の人間に会うのは億劫がる。

また、政府が本当は秘密にしたいことを一社でも抜く社があった場合、関係者はその事実そのものが「なかった」として火消しの情報をわざと流すことが常なので、後追いの社は「やっぱり合意などなかったのだ」と納得しがちだという一般的な状況はある。

だが、仮にもマスコミの雄であり、マスコミ界でも最優秀な記者集団である朝日新聞が取材できていない、ということなどあるだろうか。

(3)「大筋合意成立」という取材はできているが、外交交渉への影響や政府などへの気づかいから、あえて報道しないという選択をしているケース

これも十分に考えうる。前述した通りで交渉はかなり煮詰まっている。

この状況で基本合意が出来ていると見るか、あるいはまだ合意に至っていないと見るかは「解釈」の問題でしかない。

TPPについては、政府も「合意成立前」にマスコミが途中経過で報道することに対してはピリピリしている。

最初から、それだけはしてくれるな、と外務省などが各社のデスクやキャップに念押しをしただろうことは想像できる。

今回のTBSや読売新聞などの報道に対しても、報道後で名指しで控えるよう異例の要請をしたほどだ。

それゆえ、朝日新聞として、交渉中は「分かっていてもあえて書かない」という方針を選んでいる、という可能性がある。

現在のところ、朝日新聞は(1)~(3)のうち、どの状態でTPPの合意について具体的に報道しないのか、それは筆者にも分からない。

ただ、言えることは、これほど各社の記事が真逆になっている以上、読者に対して、今はこういう状態なので書かないのだ、どういう段階に来たら書くのだ、という説明をすることは必要だと思う。

それをしないままに数週間後、もしもTPP交渉で合意が出たタイミングで報道したとして、TBSや読売新聞が書いた通りの合意が政府発表のタイミングで出てきた場合、朝日新聞の名声を落とすことになりはしないだろうか。

政府が記者会見などで発表したタイミングで「合意成立」と報道するのだろうか?

報道機関として、みっともないではないか。

(1)や(2)の場合はまだよい。

私が懸念するのは(3)のケースだ。

確かに外交交渉は微妙なことで風向きが変わる。

報道が先行したことで、固まりかけていた交渉が結局まとまらない場合もあるだろう。

政府関係者はそういう時に「国益をそこなう」という言い方をする。

報道によって国益がそこなわれた、と。

だが、TPP交渉がまとまることが本当に「国益」なのかどうか。中味が詳しく報道されない今の段階では、まとまること自体が国益かどうかなんて誰も分からない。

少なくとも、途中で具体的な数字が明らかにされて、養豚業者らがデモをしたり、自民党議員を突き上げたりすることにつながって国内産業の打撃を少なくできるなら、それは立派な「国民の利益」だと言えるのではないか。

そう考えると、(1)のケースでも、その時点で日米の間で一致点があったことが確かだったのなら、それを報じないことに正当な理由はあるのだろうか?

そもそもTPPをめぐる報道についてよく考えてみよう。

TPPについて、交渉途中では経過を具体的に伝えない、と言っていたのは元々誰か?

報道機関ではない。

アメリカや日本などの政府だ。

しかし、関税の数字が最終的にどうなるかはそれぞれの関係者(養豚業者、酪農業者、自動車メーカーなど多岐にわたる)にとっては生活に直結し生き死にかかわる重大な問題だ。

一刻も早く、交渉の「中味」を報道してほしいと考えるのは当然のことだろう。

TPP交渉がまとまった段階で数字が一斉に公表される。

その時点では、もう関係者は反対の声を上げることもできない。

すべては決まってしまった後だからだ。

具体的な数字も示されないで、すべては国家間で交渉の末に決まったことだと言われ、反対することも許されない。

そんな手順で国民に伝えられるとしたら、そんな物事の決め方は民主主義ではない。

それだけでない。特定秘密保護法もからんでくるのだ。

今回は農産物や自動車産業などの貿易にかかわることだから、特定秘密保護法とはリンクしないと政府は言っていたが、これが「原子力」「防衛」などにかかわる交渉だと今後は特定秘密だとされる可能性はある。

今回のTBSや読売新聞のように報道したら、そのことが処罰の対象として浮上するか、あるいは除外規定で報道機関は対象から外れるとしても、リークした官僚などが処罰対象になってくる可能性が大だ。

こうして考えると、TPPについてTBSと読売だけが先行していることは、特定秘密保護法施行後の「今後」へのシミュレーションにもなりうる。

そういう問題も含めて考えると、TPPをめぐって「合意成立」かどうかをマスコミ各社が報道するかしないのかは、けっして小さな問題ではない。

それぞれの報道機関が「国益」や「国民の利益」をどう考えるのか。

「報道の自由」と「外交交渉」についてどう考えるのか。

そんなことが問われる一大事でもある。

「報道の自由」に一番敏感だった朝日新聞だからこそ、ぜひ紙上で説明してほしい。

なぜ、まだ「基本合意」でも「大筋合意」でもないのか。

ネット上で各社の記事を読み比べて比較することが簡単に出来る時代なのだ。

マスコミも説明責任を果たせないと、読者の支持を失ってしまう時代でもある。

TBSや読売新聞は誤報だったのか? あなた方はどう受けとめているのか。

朝日新聞は現状をどう見ているのだろう。

(2014年5月8日Yahoo!個人より転載)

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